6 夏を愛でる君の話

7/13 知らなかったこと

 目が覚めても何となく体を起こす気になれず、ベッドで寝転がっていた。

 別に、こうしていれば昨日みたいにオオタキが来てくれるかも、とか、そんなことを考えていたわけじゃない。……いや、ちょっとは考えてたけど。

 布団もかけずに目を腕で覆ってはぁあ~と長い息を吐いたり、頭を抱えてダンゴムシみたいに丸まってみたり、ごろごろ寝返り打ちまくってみたり。とにかく、落ち着かない。なんでかと言えば、それは、もう、あれだ。アレ。書かせるな。


 着替えてご飯を済ませて、遅刻ぎりぎりまで粘ったけどなぜか今朝、オオタキは家まで来てくれなかった。連絡がマメな彼女にしては珍しく、携帯を確認してもメールも電話も来ていなくて、もしかして今日は休みなのかななんて勝手に思って結局、先に学校へ行くことにした。


「あら、今日は一人なの。なに、喧嘩でもした?」


 家を出るとき、母さんにそう聞かれた。

 喧嘩というか、仲良すぎるあまり気まずい感じですかね。冗談みたいに考えて、口にはせずに家を出た。

 一応、オオタキに『今日、どうしたの?』とだけメールしておいた。昨日のアレと、何か関係はあるのかな。……あるんだろうな。これから、普通に接することはできるかな。そもそもどうして、あんなことをしようと迫ってきたんだろう。思いを巡らせて、炎天下での出来事が頭に浮かんで。それよりも前の色んな出来事に込められた、オオタキの想いとか理由を考えて。


「はぁー……」


 熱い息が溢れる。夏の火照った空気が浸透するように、頭や体が熱を持つ。

 立ち眩みにも似た感覚がして、足元がぐらつくようだった。

 いくら私のことが好きだからって、あれはさすがにさぁ、となる。

 好きって言葉とか、手を繋いで歩くとか。そういう段階みたいなものをすっ飛ばして、キスをせがんできたわけだし。手を繋ぐのは、割と前からしていたけれど。前触れが一切なかったかと問われれば、そんなことはなかったな。私が鈍感すぎるあまり気付いてあげられなかっただけで、それらしい素振りは何度も見せていたように思う。でもだからといって、アレは、違うじゃん。なんか、関係の進展のレベルって言うか、ベクトルって言うか。かといってちゃんと順々追ってけば良かったのかっていうと、ちょっとわからないけど。そもそも、正しい順番なんか知らないから。それが存在するのかもわからないし、もし従っていたとしてもきっと、同じように苦悩して身悶えるに決まってる。


 身体の奥で何かが暴れるような感覚があり、走り出したくなる。

 全部放り出して、衝動に身体を任せてしまいたくなる。

 でもローファーはやはり走り辛いと思うので、やめておいた。


 教室に着いても、オオタキは居なかった。登校中にメールの返信も来なかった。

 その後ホームルームが終わっても四時間目の授業が終わっても、とうとうオオタキは教室に顔を見せることはなかった。メールの返信も同じように、来ないままだった。昼休みに一人になるのは随分久しぶりに感じて、心なしか口で噛む鮭の塩焼きも味が薄い。


「ようよう、オガワちゃん。今日は彼女はお休みかい」


 そうして一人黙々とご飯を食べていたら、アサハラがくねくねと鬱陶しい動きで近づいてきて、オオタキの椅子に座ってくる。一人で居るコイツにそんなことを言われると、そういうお前こそ、と言い返したくなる。


「そっちだって、フジワラは」

「購買」


 エビマヨ海苔巻きのラップを剥きながら言う。不器用なオオタキと違って包装を綺麗に剥がしていて、さすがコンビニバイトしてるだけあるな、関係ないかな、なんて考える。

 この感じ、何となく懐かしいなと思う。中学生の頃は、ずっとコイツとフジワラの三人で昼休みを過ごしていた。


「で、なんでオオタキは今日休みなんだ?」

「知らない。私が知りたい」

「聞かねーの? メールとかで」

「返信が来ないんだよ」

「あららら。喧嘩でもしちゃったのかな」


 なんで母さんと言いコイツといい、そんなことばかり言うんだろう。そんなにべたべたしてるかな、私達。普段の振舞いを想像して、言われてみれば、なんて気持ちになって赤面しそうになる。


「うっざ」


 強い口調で、羞恥を隠す。思えば、モミジさんにも似たようなことを言われた気がする。

 お弁当を口に運びながら、そんなことを考えていると。


「ただいまぁ。もう、混んでてメロンパン買えなかったよ」


 ヒェ~、と疲労の滲むような笑みを浮かべたフジワラが、教室に戻ってくる。人混みに揉まれたせいか、長い髪が少し乱れているように見えた。


「ミオ、膝」

「あぁ。はいよ」


 席に近づいてきたフジワラに名前を呼ばれて、アサハラが少し椅子を引く。流れるような動作でフジワラがそこに腰を下ろして、封を切った惣菜パンを頬張る。

 私は見慣れているので何とも思わないけど、そうじゃない人が見たら二度見か三度見くらいはしたくなる光景だと思う。赤の他人をそこまで注視するのも、変な話ではあるけれど。

 昔からアサハラの膝の上は、フジワラの特等席だった。


「……あんたら、ホントに仲いいよね」

「お前とオオタキも、大概だろ」

「そうだよ」


 さすがに、そこまでではない。血の繋がりも無いくせにちょっとした仕草の端々が似ている二人に対して、心の中で否定する。呆れたような表情も、互いに面影を共有していた。


「なぁ。お前とオオタキって、付き合ってんの?」

「んぐ」


 クリームパンを食むフジワラの背後から、アサハラがなんでもないことのようにさらりとそんなことを言う。なんの脈絡もなく聞かれて、動揺がこれでもかというくらいに表へ出てしまう。

 こんなの私らしくない、と取り繕おうとするけど、私をよく知るこの二人の前では無意味なことだった。


「わかりやす」

「あはは」

「ち、ちが、いや、そりゃ仲はいいけど、それは、おかしいでしょ」


 たしかに、かつての私をずっと傍で見ていた二人からすれば今の私は、もう、別人みたいに見えてしまうのかもしれない。それは理解してる。たった一人の誰かに対してここまで入れ込む姿を見て、違和感なんか覚えるのもうなずける。わかってる。でもただそれだけで付き合っているとかどうとか、いくら何でも早とちりというか、拡大解釈も甚だしいっていうか。焦燥とそれに伴う熱で、思考も言語もぐつぐつ煮込まれるように滅茶苦茶になる。あんなことがあった翌日にこれだ、乱されないはずがなかった。


「あたしらの仲だろ。隠さず言ってみな」

「そうだよ、ナツメちゃん。言っちゃいな」

「だから、そんなんじゃないってば……もう、うざいなぁ」


 雑にあしらっていると、制服のポケットに入れた携帯が震動する。半ば癖のような具合で手に取り、何気なく机の上で通知を確認してしまって。オオタキからのメールで、どきりとする。同時に、明るくない感情が込み上げてメールを読むのを躊躇いそうになる。



『昨日は変なことしてごめんなさい

 連休のどこかで会えませんか?

 話したいことがあるの』



 やっぱり、こういう流れになるよね。

 昨晩から、何が無しに予想めいた気持ちで考えていたことと酷似してる。と思うと同時に、ハッとする。もっと周りに目を配るべきだった。いくらなんでも、タイミングが悪すぎる気がする。

 少し視線を上に向けて二人の顔を見ると、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。しっかり、読まれた。読まれてしまった。思わず急いで画面を消して机の陰に隠す。が、二人の表情は変わらない。


「……オオタキちゃんに、なにされたの?」

「べ、別に、なんにも」

「そういやお前ら、野球応援途中で抜け出してたよな。あたし、見てたぞ」

「な」

「え、ミオ、それほんと?」

「ほんとほんと。それから帰ってこなかったもんな。なにしてたんだ、あれ」

「なにって、」


 聞かれて。昨日のことを思い出して、ぼっと顔面が熱くなる。他人に自分の恥部を覗かれているみたいで、感じたことのないむず痒さが身体を支配する。

 こいつらにこんな顔を見られるのは嫌だったので、と目を逸らして伏せる。

 それも、今思えば逆効果だった。


「オガワ、そんな顔できたんだな」

「こりゃあオオタキちゃんも惚れちまう訳だね」

「だな。あたし、コイツのこと好きになっちゃいそう」

「うっさいうっさい、もう、黙れバカども。黙れ黙れ」


 顔を覆って腕を振り、その様子を見てけらけらと眼前のバカ二人が笑う。

 やめろやめろ。


「じゃあ、どっちも好きなんじゃん。はやく付き合っちまえよ」

「そうだよ。相思相愛じゃん」

「いや、や、聞いてよ、違うんだって。そりゃ私はたしかに、オオタキのこと、嫌いじゃあ、ないよ。ない。ない、けどさ、でもオオタキは、私を好きとか、なんか、違うんだって。そういうのじゃないんだって」


 必死になればなるほど、的外れな指摘を肯定しているようなものだった。口が滑る、なんて表現じゃこれっぽっちも足りない。潤滑油がぶ飲みでもしたんだろうか。焦燥で肌がちりちりして、もう自分でも何を伝えたくて口を動かしているのかも、よくわかっていなかった。


「そうだ、そう。その、フリって言うかさ、その、幼馴染遠ざけるのにさ。そのためのアピールって言うか、なんか、見かけだけって言うか。そういうので、でもほら、私なんか、全然、いいやつじゃないしさ、多分オオタキは、その、」

「わかったわかった。ちょっと、一旦落ち着けよ」


 声が裏返りそうになって、もう取り繕いようのない醜態を晒している私を、アサハラが肩を叩いてどうどう、と鎮めようとする。

 そこで我に返り、何を言ったのか思い返して二人に気味悪がられないか、とかオオタキに悪いことをしたかも、とか考えて、でもどうしようもない。この馬鹿な頭と口はもう、黙らせておくことにした。



 それで、えっと。


 放課後、駅前のファミレスに連行されて。

 アサハラとフジワラに、オオタキのことを色々、聞いて。聞いちゃって?

 曰く、入学してすぐの頃に、オオタキは二人に、なんか、相談? みたいなのを、してたみたいで。私が想っていたのとは、大分、違ったみたいで。そもそもオオタキは、私のことを、あー……なんか、好きってのは、間違いじゃ、ないってのも、なんだろう、……あぁ、上手く書けない。全然言葉が出てこない。頭が熱くなって、語彙が溶けてる。何をどう書いていいのか、さっぱり分からない。

 お風呂、入ってくる。



 風呂で頭を冷やすというのも変な話ではあるけど、少し落ち着いたと思う。

 学校が終わってから、アサハラたちに誘われて駅前のファミレスに行った。

 決して乗り気なんかじゃなかった。昼休みにオオタキが送ってきたメールの返信を、家で一人考えるつもりだったから。

 どうせバレているのだからと、それを二人に伝えたら、まだ返信してないのかよアホかお前はと怒られた。じゃあそれならとその場で返信をしようとしたら、そこは電話だろバカタレこの、とまた怒られた。もう、どうすりゃいいんだっていう。

 そして席に案内されてから、別に聞いてもいない昔話(言っても二か月前かそこらだけど)をされて。曰く、入学当時からオオタキと二人には関わりがあったこととか、その頃から、なんというか、その、オオタキは私に対して、きょ、興味? みたいなのが、あったらしくって。だけど直接話しかける勇気がなくって、だからまずはアサハラたちに、みたいな。

 たしかにその点は頷ける。私には友達らしい友達なんて、こいつらしかいないし。でも「あの」オオタキがそんな日陰者みたいな湿った立ち居振る舞いをする姿が想像できなくて、いやそんなことを言うのはちょっと、どころかかなり失礼ではあるのだけど。

 だって、オオタキ、可愛いし、明るいし、恋の経験だって、私なんかよりずっと沢山しているものだとばかり、思っていたから。そんなところばかり見てきたらそれは、こう、勘違いしてしまうのも無理はないだろうと。


 というか、論ずるべきはそこじゃない。

 つまり、なんだ、要するに。


 この日記を書き始めるよりも、前から。

 オオタキは、私を、好きで、いてくれた、って、ことが。

 結構、重要な気がする。


「えぇえ……」


 いろんなことを踏まえると、顔面を外気に晒すことさえ嫌になる。両手で顔を潰すのではという勢いで、熱くなった頬を覆う。手と手の間から、これまた熱い息が出ていく。


「なに、それ、」


 私はてっきり、付き合っているフリをしているうちに、好きになってしまったのだとばかり思っていた。間違いと言ってしまえば冷徹だけど、事実と私の思い過ごしと、見比べたら似ているようで大きく違う。

 彼女は、私のどこを、どう、好きになったんだろう、なんて考える。顔、所作、雰囲気、声。

 風呂場の鏡くらいでしか目にしない自分の姿を頭に浮かべて、その隣に、オオタキを並べてみる。天使みたいにかわいい彼女と、ちょっと背が高いだけの無愛想な、ちんちくりん。

 不釣り合いだと思った。


「なによ、それは……」


 考えれば考えるほど、頭蓋が溶けて脳と融合でもしているみたいに頭が熱くなってぐるぐる流動する。眠くも無いのに、微睡むようだった。


 アサハラたちとファミレスで別れた、その帰り道で。

 夕の迫りかけた空の下。携帯を取り出して、電話のアプリを開く。

 通話履歴は、「オオタキ」の文字でいっぱいだ。思えば、電話なんてオオタキと連絡とり合うときくらいしか使ってないかもしれない、と笑いそうになった。

 いつも、電話をするのはオオタキの方からだ。

 私は、それに応答するだけ。だけど今日は、逆。

 発信のボタンをタップして、携帯電話を耳にあてる。

 寂し気なひぐらしの声が、コール音に混じって聞こえてきた。早くオオタキの声が聴きたくて、でも胸の内を口にするにはまだ緊張が邪魔をしていて。

 いつも意識しないでしている呼吸が、妙に下手になる。

 吸って吐くリズムが整わず、喉が震える。

 そして、コール音が止む。無音。

 応答してくれたことにまず安堵して、今にでも全て伝えたくなってしまう。

 ぐっとそれを堪えて、無音が続く中、私から口を開いた。


「もしもし? 聞こえてる?」

『…………も、もし、もし』

「あ、よかった。繋がってるよね」

『……うん』

「メール、見たよ。返信、遅くってごめんね」

『う、ううん……別に』

「何してたの? 今日」

『ずっと寝てて、あと、本、読んだり、とか』

「サボりはダメよ、リコちゃん」

『だ、だって……』

「あはは。まぁ、そうだよね。わかってる」

『……』

「風邪とかじゃなくて、よかった」

『…………いじわる』

「ごめんごめん」


 あははと笑い声を混ぜて、だけどきっと、顔は笑っていない。

 私は、オオタキとこんなことを話したくて電話をしたわけじゃない。


「ねぇ、オオタキ」

『……なに?』

「知ってたの?」


 切り出すとき、自然と脚は止まっていた。いつだかオオタキと来た覚えのある公園の前。中には立ち入らず、門の前で耳にあてた携帯に意識を集中させた。


『何を、だろ』

「……この間ね。モミジさんと、話したんだ。二人だけでね」

『……』

「もう邪魔はしないって。リコのことよろしくって、言われて。でも、オオタキには黙ってたんだ、そのこと。言っちゃったら、オオタキと一緒に、いられなくなっちゃうかも……離れることになるかも、って、思っちゃって」

『……』

「バカだよね。ホントに、大バカだ」

『……』

「……ねぇ。オオタキも、同じだったんでしょ?」

『……』

「だから、あんなことしようとした」

『……』

「……違う?」

『ごめん、なさい』

「謝らないでよ。同じことしてたんだから、私だって」

『…………』

「実は、今日ね。アサハラとフジワラに、色々、聞いちゃったんだ。オオタキのこと」

『……え』

「ごめん。きっと、オオタキの口から聞くべきだったことも、知っちゃった」

『…………』

「もっとはやく、気付いてあげればよかったって、思ってる」

『…………』

「悪いことしたな、とも思ってる」

『…………』

「まぁ、その、明日……明日、もっと、ちゃんと話すから」

『…………』

「楽しみにしてるよ、会えるの」


 ずっと黙っていたから、まさか切られたのか、なんて思っていると。


『………………………………うん、わたしも、楽しみ』


 鼻を鳴らしながら、泣きそうな声でオオタキがそう言った。それでいて湿った声は少しだけ明るい声色に聞こえて、電話の向こう側でオオタキが笑っているような気がした。


「じゃ、また明日ね」


 珍しくこっちから電話を切り、携帯を鞄にしまう。


「ふぅ」


 まだ全部が済んだわけでもないのに、何か一仕事終えたような心地になる。できるだけ冷静なのを演じて話していたけど、未だ暴れる心臓は収まることを知らない。

 緊張が鎧みたいに身体を覆っていて、それが融解するような心地だった。

 数分、振り返ってみれば。


「ほとんど、言っちゃったかもな」


 呟いて、苦笑いする。

 無趣味で、友達も少なくて、彼氏なんか当然いない。話もつまらないだろうし、気の利く性格でもない。顔だってきっと、オオタキみたいに可愛くない。笑うのは疲れるし、できるのなら無表情、無感情でいたかった。

 そんな私に、好き好んで会いたがる相手なんて、現れるはずがない。

 つい最近まで、そう思っていたのに。


 ましてや、オオタキが。

 私にとって、一番の、大切な人が。


 まるで、夢みたいだ、って思う。

 口角が上がっているのに、すぐに気付いた。

 これが、私の妄想であれば良いのに。瞼を閉じて頭の中で思い描いている、甘い甘い夢ならば、なんて。そんな風に、思ってしまう。同時に、そのせいで馬鹿を見たんだと自嘲する。

 今私の身に起こっている幸せは、紛れも無い現実のこと。手を伸ばせば容易に届くような、触れればその温度を感じることが出来るような、それと同時に、ずっと前から願ってやまなかったもの。けれどいざ与えられると、それを躊躇ってしまい、容易には触れ難い代物。少し扱いを間違えれば、それは簡単に壊れて無くなってしまう。

 私はその幸せを今まで、ずっと、めちゃくちゃに打ち砕こうとしていた。

 変化を恐れて、勝手に悪い方へと考えを巡らせて。

 それを、何もかもオオタキのせいにして。


「本当、最低だ」


 ローファーを鳴らして夕に染まる商店街を歩きながら、呟く。

 以前抱えていた、どろどろした真っ黒い感情の濁流。あれは、その感情のせめぎ合いだ。

 めんどくさい私の性格を忠実に示した、心の毒。

 それらはもう私の中から、きれいさっぱり消え失せてくれた。

 アサハラたちに、気付かされた。

 背中を押してもらった。


 私は、オオタキのことが、好きだ。

 彼女が、可愛いかったから。始まりは、それだけだった。ただ、視界に入れているだけで幸せだった。満足だった。手の届かない場所にいるのを、当然のことだと受け入れていた。そもそも女同士で恋愛なんておかしな話、あってはならない。そんな風に諦めたことを、さも理論的に言い訳していた。

 けれど実のところは、その幸せや満足は、まやかしに過ぎなかった。

 本当は、彼女に触れたかった。私だけを見て欲いてしかった。オオタキにも、私と同じように私のことだけを想っていて欲しかった。私はオオタキを、私だけのものにしたかった。だからこれは友愛じゃない。友達として、一緒にいて楽しいからとか。それも決して間違いでは無いのだけど、でもきっと突き詰めていけば、その回答は不正解になる。

 日記にすら書かないような、胸の奥の奥の奥底で暖め続けた、そんな気持ち。

 私はそれを、わざとふざけた日記を書くことで、抑えていた。


 本当は、ずっと、わかってた。

 気付いていた。

 でも、目を逸らしていた。

 間違って表に出てこないように、「自分はこういう変な目でオオタキのことを見てます、ゲヘヘ」と、間違った方向へ行き過ぎた好意を、演じていた。

 確かにそれと比べれば、本当の気持ちはめんどくさいものだ。全然、楽じゃない。好き、好き、可愛い。と思うだけじゃ、足りない。互いに想って想われなきゃ、満足できない。できるはずがない。無償の愛とかある訳ない。

 私じゃダメだなんてそんなの、言い訳じゃないか。苦労や面倒から逃げてるだけだ。オオタキは私がいいって言ってくれて、私も彼女のことが好きで、それだけでよかったんだ。

 自惚れだって言われてもいい。女同士とか関係ない。理由なんかいるものか。好きは理由だ。一緒になりたいには、十分すぎる動力源だ。

 整理なんかいらない。複雑なことなんか、何もない。


 本当に彼女のことを想うのなら。幸福を心から願っているなら。

 手でも繋いで、二人でそこに辿り着かなければならないような気がした。

 だから私は、明日。

 オオタキに、伝えなければならない。

 

 まずは、ごめんなさいを。

 それから。


 あなたのことが、大好きです、と。

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