7/5 嫌いな自分のこと

 今朝もオオタキが来るだろうな、と思って早めに着替えて待っていたら、ほぼ昨日と同じ時間にオオタキが来てくれた。健気だ。どうでも良いけど、健気を小さい頃「けんき」って読んでた。本当にどうでもいいなこれ。

 じゃあ行ってきます、って言った時に母さんがあんまり見ないような神妙な顔をしていて、思わず「なんですか、その顔」と聞いてしまった。今思えば、失礼な口のきき方だ。


「いやね、アンタ、友達とか家に招かないし。仲良い子が居るんだなって思ってね。……何言ってんのかしらね。リコちゃんのこと待たせてんだから、早く行きなさい」


 しっし、と追い払うように手を振ってくる。

 なんで母さんはオオタキの下の名前を知ってるんだ。教えた覚えないぞ。私より先に下の名前で呼ぶなよ。彼女(のフリをしてるん)だぞ、こちとら。

 母さんにこういうことを言われるのは、なんだか少しこそばゆい。私が小さい頃から冷たいというか、棘のある物言いと態度の人だったから、ちょっと慣れないっていうか、らしくないっていうか。とにかく、意味も無く恥ずかしくなってしまう。

 本を読むのは結構好きなのに、自分の思うことを言葉にするのって、案外難しい。オオタキへの愛の言葉は、こんなにすらすら書けるのにね。おかしいな。


「へぇ、そんなことが」


 曇り空の下を歩きながら、オオタキと今朝の母さんの話をした。


「オガワってさ、母親似だよね」

「よく言われる」


 私の性格や振る舞いは、母さんにすごく似ている、らしい。私から見た母さんのイメージと周囲が語る私のイメージがまるっきり同じ、と言うべきか。自分で自分のことを「あぁ母さんに似てるわぁ」って思っているわけじゃなくて、他人を介して間接的に似てることを知った感じ、と言うか。うん、それが一番しっくり来るかも。いやいや、何を真面目に解説してるんだろう。意味あるのかな、この数行。


「母さんは美人だから、顔も似てたらよかったのにな」

「オガワは、美人だよ」


 答えを用意していたのか、ってくらいのレスポンスの速さでオオタキがそう言ってくる。


「……さいですか」

「なに、その喋り方」


 大体の人がそうだと思うけど、自分の顔面を他人より優れたものだなんて一度も思ったことはない。同じように、他人から容姿を誉められたことも無い。だからオオタキから貰ったそんな言葉も、心から信じることも喜ぶこともできなくて、戸惑ってしまう。


「……そう、かなぁ」


 生まれてはじめてだった。

 昔から、可愛くないやつだって言われ続けてきたから。

 ……本当にさ。別に、わざわざそういう態度とってるつもりは無いんだよね。言っちゃいけないことも分かってはいるつもりだし、なんでなんだろう。そりゃ確かに人と比べれば誰かと仲良くするとかそういうことは避けがちかもしれないけどさ。それだけで冷たいとか言われたらちょっと困ってしまうよな。母さんも、小さい頃からこんな風に周りに言われ続けてきたのかな。……言われたんだろうなぁ。笑えよ、とか、つまんねーやつだな、とか。最近じゃあんまり言われなくなったけど、昔は酷かったな。隣の席の男の子、名前も顔も覚えてないけど、言われたことだけはしっかり覚えている。なんでいつも怒ってるの、とか。むしろなんでお前らはそんなにころころ顔が変えられるんだってずっと思ってたし、それでおかしいのが自分だって気付いた時が一番…………あぁ、ダメだダメ、暗くなっちゃう。だから自分のことは書きたくないんだ。

 そんな感じで、登校するときはオオタキが隣にいるのに少しブルーだった。改めて自分のことを顧みると、少し嫌になる。自分の感情とか気持ちが表情に出にくいこと、この時は少しだけ有難く思えた。そのせいでブルーなのにね。

 取り立てて書くようなことでも無いけれど、今日のオオタキはどこかそわそわしているというか、落ち着かない雰囲気があった気がする。理由は、聞かなかったが。

 授業はほとんどテスト返しで、それから放課後にバイトがあり、暇だった。

 今日の日記は、いつもより控えめな内容だったかな。

 たまにはこういう日があっても、いいんじゃないかと思う。

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