7/4 付き合うならこんな風に

 もうオオタキとの間に何かしらあった日の翌日はお決まりの文だ。昨晩、寝れなかった。

 昨日の私に、まるで別人でも見るように驚く。しかし意外と、ひとつひとつ紐解いていけばああした理由も衝動も、理解はできた。因果はそれなりにはっきりしている。だけど傍から見れば、オオタキやモミジさんから見たら、私はどう見えただろう。当人でない人から聞いた私の言葉は、どんな意味を孕んでいただろう。

 普通に考えれば、変。それに尽きると思う。だけど誰が誰を好きになろうと、それに他人が口を出すのはお門違いも良いところで。自分のことを棚に上げるつもりはないけれど、その点で何か指摘されるようなら私は異を唱えたい。

 それはそれとして、オオタキは。

 分かってるよ、大丈夫だよ、そんな言葉を私に投げかけて。

 怒られても、悲しまれてしまっても、何らおかしくない出任せを吐き出してしまったのに。

 なんで、笑っていたんだろう。たとえ幼馴染を遠ざけるための手段でしかないと飲み込んでいたとしても、あんな振舞い、するだろうかと思う。

 それだけが、どうしても、解せない。

 そんなことを考えて、考えすぎて、眠れなかったという話だ。

 いつもより少し遅めに起きて、寝ぼけ眼を擦りつつ制服に着替えている時。インターホンが鳴り、こんな早くに誰だろうか、と思っていたら母親がドア越しに「ナツ、友達が迎えに来たよ」なんて言う。

 友達って、誰よ。小学生の登校班以来、一緒に学校へ行く相手なんて一度もいたことが無いんだけど。訝しみながら廊下に出て玄関に歩きながら、昨日のことを思いだす。というか、閃く。頭に浮かんで、がぁっと体温が上がる。寝起きでいまいち働きの悪い頭を手で掻くと、毛穴から蒸気でも吹き出るような感覚があった。

 来てる友達、オオタキだ、多分。

 だいぶ前、オオタキに起こされてみたいなぁとか書いた気がするけど、まさか本当にこうなるとは思っていなかった。いや今一番予想外なのは、オオタキと便宜上付き合ってることなんだけど。マジで、夢みたいだ。でも心境を数値化すれば、喜ばしい気持ちが八割に、どうしてあんなことを言ってしまったのだろうという後悔が一割。そしてこれからの過ごし方への憂いが一割といった具合で、ただただ現状をわぁいと楽しんでいるわけでもなかった。

 ……散らかしたのは自分なのに、なんか、ひどく無責任。自覚はしても、じゃあどうすればいいのか分からなくて気が重くなる。

 そして玄関を開けたら、やっぱりオオタキがいた。


「ごめんね、いきなり来ちゃって。一応電話したんだけど、出なかったから……あ、じゃなくて、おはよう、オガワ」


 挨拶を忘れて言い直すところが可愛い。真面目な彼女らしくて、頬が緩みそうになる。

 その頃、私の携帯電話は部屋の充電器に刺さりっぱなしだった。謝るのは、こっちの方だ。


「台風来てるらしいよね、今朝のニュースで言ってた」


 朝食を済ませて、二人で学校へ向かうなか。

 強い風に煽られる長い髪を手で抑えながら、オオタキが言う。舞う砂埃に若干目を細めて、スカートも控えめに踊っている。なんだか、少女漫画の一コマみたいな絵だって思う。

 それからテストを受けて、出来はそこそこ。ここ三日間、同じことしか書いてないな。でも仕方ない。終わりのチャイムと一緒に、教室の空気が急激に緩くなるのを感じる。つられるように、硬くなった胃の底が溶かされるみたいだった。どれだけ勉強して余裕があったって、テスト中の緊張は当然感じるものだった。


「終わったねぇ」


 腕を伸ばしたオオタキが席に張り付くようにして放心している。その背中を見下ろしながら、ずっと持ち帰り続けていた教科書類を鞄から出す。軽くなった鞄を肩にかけると、解放感に身体も軽くなる。


「オガワ、今日予定ある?」

「ないよ」


 即答した。仮にあったとしても、全部放るに決まってる。


「昨日、ずっと考えてたの」


 私の部屋で、チーズおかきをぽりぽり摘みながら他愛も無い話をしているとき。


「同い年の付き合ってる人たちって、具体的に何してるのかな、って」

「……はぁ、なるほど」


 なんでそんなこと考えたの、まさか、付き合いたい人でも……と思案したところで、あぁ、そうだった、と思い出す。幸せ過ぎて脳が事実と認識していないのかもしれない。

 具体的に何を、ですか。

 映画を観に行ったり、買い物に行ったりとか。あとは、手を繋いで歩いたりとか。口にできるのはこれくらいで、そこから先は言えずに胸の内に仕舞いこむ。というか、私とオオタキじゃ、ほら、できないじゃん。同い年の子たちがしてるようなことって。なにを書いてんだよ。


「でもそんなの、気にする必要ある?」

「だって、フリするならさ。ディティールっていうの? そういうの、あるじゃん」

「そうかなぁ」

「しっかし、まさかオガワがあんなこと言うとは思わなかったよ」

「それは、ほんと、申し訳ないです……」


 思わず謝罪が口から零れて、それを聞いたオオタキがあははと笑う。


「昨日も言ったけどさ、いいんだよ、謝らなくて。わかってるから、ちゃんと」


 そうは言っても、気にしないなんて無理な話だった。分かっているという言葉も、どこまで知られているんだろうと思索、深読みして打ち切る。考えただけで、背筋が寒くなった。

 後悔が募って、自分の気持ちを悟られないよう努めねばと思う。


「ところでさ。オガワ、彼氏とかいたことある?」

「ないよ。一回も」


 そもそも、私を好きになるようなもの好きがいるわけない。

 もしもいたら眼科とかに診てもらった方が良い。もしくは心の病院に。言い過ぎか。


「そっか、じゃあ、わたしが初めてなんだね」

「まぁ、そうなるね」


 フリだけど、と付け足す。


「オオタキは? あるの?」

「ないよ。あるわけないじゃん、こんなちんちくりんが」


 ないない、と右手を顔の前で左右に振る。オオタキがちんちくりんと評されるなら、全国の女子高生の九割くらいはちんちくりん判定を受けてしまうんじゃなかろうか。

 つい先日も似たようなことを思ったが、オオタキは自己評価が随分低いみたいだ。こんなに可愛くて、真面目で、優しい子なのにな。

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