7/3 ウソの記念日

 テスト二日目。出来は、そこそこ。今日、学校であったことは以上。

 終わってからオオタキとご飯を食べに行こう、と言う話になり、国道沿いのファミリーレストランへ足を運んだ。そこで、まぁ、色々あったのだ。正直あまり日記には書きたくない、失態だった。まぁとりあえず、書こう。


 テスト後というだけあって店内には制服を纏った学生でごった返し、若干待たされた。がやがや騒がしいのが余り心地よくは無くて、あぁ、人混みって苦手だなぁと思う。同じようにオオタキもあまり得意じゃなかったようで、「昨日みたいに、コンビニで買ってオガワんち行けばよかったね」なんて言っていた。今からそっちに変えてもいいんだぞ。

 そうやってゆるゆると話しているときだった。

 オオタキの顔ばかり見ていたから(きもい)、すぐに気付くことができた。私の背面、押して開けるタイプの戸を凝視して、あっ、と何かに気付いたような顔をした。


「……オオタキ? どうかした?」

「奇遇だね。今からお昼?」


 違和感から質問するのとほとんど一緒に、振り返る前にそんな声が聞こえてくる。

 すぐにそれが誰なのかを理解して、うんざりする。

 

 そして。

 どうしてこうなったんだろう。現状を呪わずには居られなかった。

 席が空くのを待っている間に、モミジさんと出くわした。この前、階段で駄弁っていた二人を連れていて、こちらに気付くなり話しかけられた(オオタキが)。

 ここまでは、まぁ、いい。いや、全然良くはないけど。


「おいしそうだね、期間限定なんだ、これ」

「うん」

「…………」


 それがどうして、二人のお友達を放っておいてこっちの席にいるんだろ、コイツ。

 私が通路側の椅子に座り、オオタキとモミジさんが窓側のソファに腰を下ろしている。おい。そこ、代われよ。オオタキの隣に座るのは私だよ、バカ。組んだ脚が小刻みに揺れて、自分は不機嫌だとこうなるんだなと他人事みたいに感じた。

 メニューを見て、水を飲み、なんてしている間にも、こう、苛々、悶々としてしまう。

 目に入る光景の端々に、舌打ちしそうになる。

 先日の、彼に対してあまり強く言えないんだ、というオオタキの苦言の通り、モミジさんに拒否的な言葉を寄越すことができないように見えた。

 一緒に食べようと誘われても、少し困った様な表情で「う、うん」と頷くだけで。別にオオタキを責めるつもりなんか、一切ない。悪いのは、この幼馴染だけだ。


「オガワさん、決まった? 店員さん、呼んでもいいかな」

「はい、どぞ」


 わざとモミジさんの方は向かず、天井のシーリングファンへ目線を向けたまま返事をする。

 これで私の不機嫌が彼に伝わればいいのに、なんて性格の悪いことを思いながら。

 テーブルの空気は、二人と一人、といった状況だった。モミジさんは矢継ぎ早にオオタキへ話題を振り、オオタキがそれに曖昧に返し。何も言わずに同席している私。

 なんだ。なんなんだ、これ。早く帰りたいな。この後、どうするんだろ。無理やりオオタキの手を引いて、ウチまで連れて行ってしまおうか。そしたら、コイツはどんな顔をするだろう。


「今日の問題、簡単だったよね。プリントのまま出すとは言ってたけど、まさかあそこまでとはって感じだよ。あれで成績つけるの、ちょっとどうかと思っちゃうよね」

「そうだね」

「…………」


 考えながら二人のやりとりに目を呉れて、また舌打ちしたくなる。

 とにかく、距離が近いんだ。上手く言えないけれど、絶対に付き合ってない男女が人前で見せてはいけない距離間。というか、多分同性でもあれはおかしい。友達以上でしょ、君たち、って言いたくなると思う。

 ちょっと左右に揺れれば肩がぶつかるだろうし、私がオオタキの立場なら、間違いなく「近いんだけど」と突っぱねると思う。オオタキがそうせずに黙っているのは、きっと幼馴染であることに対する負い目みたいなものだろう。

 だからさして好きでも無い彼のことを悪く言うだけで、涙を流したりしたわけで。

 不器用だけど、優しい子なんだよな、と微笑ましくなり。


 そんな子に、お前はどうして、となる。

 歯ぎしりして、奥歯がちょっとだけ痛い。

 そんなときだった。


「リコ。ソースついてるよ、口」


 運ばれてきた料理に口をつける頃。細やかにオオタキの様子を観察していたであろうモミジさんが、にこやかに微笑んで紙ナプキンを一枚手に取った。

 ほら、と言って促すと、折り畳んだそれをオオタキの口元へゆっくり持っていって、それをオオタキが大袈裟に仰け反って避けようとして。そりゃ、そうなる。普段の振舞いですら恐怖を抱いてる相手に、触れられそうになっているんだ。怯えないはずがないだろう。

 どうしてお前にはそれが理解できないんだ。幼馴染なのに。何年も一緒にいたのに、どうしてわかってあげないんだ。頭の奥が熱くなっていて、握った拳の中で爪が食い込んだ。

 ああくそ、どうにかしてコイツに一泡吹かせたい。邪な思いが膨らんでいく。

 と。


「…………なに? オガワさん」


 自分でも、何をしていたのか分からなかった。それくらい動揺していたし、困惑してた。

 憤ると表現した方が正しいか。腹立たしくて、苛立ちが衝動に変わっていて。

 気付けばテーブルを挟んで向かいに座るモミジさんの右手首を、身を乗り出して掴んでいた。


「……力、強いんだね。ひとまず、離してくれないかな」


 至って冷静に穏やかに、振り払いはしないまま、私から離すように促してくる。その態度さえも、胸に沸き立つ怒気を滾らせる燃料にしかならない。薪をくべられて、火の勢いが増す。

 ここまでやってしまったなら、もう、いっそ。衝動で動かした腕を、今度は理性的に制する。

 食い下がらずに、握った手に力を籠めた。


「オオタキ、嫌がってるじゃないですか」

「どこがかな」


 気付いてないふりか、若しくは本当に気付いていないのか。どっちでもいいな、どっちにしたって、コイツは敵だ。そう強く意識する。以前にも見たような気がする、すぅっと目を細めて刺すような鋭い眼光。それを睨み返して、あぁ、こんな顔をオオタキに見られるのは嫌だなと思う。でも、勝手にそうなってしまうんだから、仕方がなかった。


「大体、近くないですか、さっきから」

「そうかな。昔から別に、これくらい」

「昔からって。いつの話をしてるんですか。もう、高校生ですよ。いつまでも仲良しやれると思ってるの、あんただけじゃないんですか」

「君はただの友達だろ? リコのなにがわかるんだよ」

「そっちこそ、たかが幼馴染でしょ。家が近くて付き合いが長いとか、それだけで。ただそれだけで、オオタキのこと、何もわかってないじゃないですか。わかろうとさえ、してないじゃないですか。なのに、そうやって自分勝手に都合よくわかった気になって、オオタキが本当にしたいことも、させてあげないで、何が幼馴染ですか。大体、だいたい、」


 お前は、オオタキが泣いていたのも、知らないくせに。そんなやつが、オオタキの隣に座るなよ。そこはお前の場所じゃないんだよ。オオタキはそんなこと望んでない。なんでわからないんだよ。推察に過ぎないけど、オオタキのこと、好きなんだろう。そこだけは同意してやるけど、好きならちゃんと向き合えよ。目を逸らすな、受け入れろよ。相手を第一に考えられないなら、心から幸福を願えないなら。お前にオオタキは相応しくない。はやく退場しろ、邪魔だ、邪魔だ、消えろ、失せろ、どっかいけ。

 心中での口調が荒くなり、落ち着け、と自分を諫めて冷静さを欠いているように思われるのを防ぐ。


「あのさ。さっきも言ったけど、君はさ、ただの友達だろう? 僕はさ、こんなにちっちゃい頃からリコの面倒を見てきてるんだよ。それからさ。リコが本当にしたいこと、って、何? 君には、それがわかるって言うの?」


 はぁ、なんて呆れの混じる息とともに、またコイツは自分の立場も弁えない発言をする。ただの友達が、ここまで必死になるのはおかしいだろ。僕は幼馴染なんだから、君よりオオタキに近い場所にいるんだから。しゃしゃるなよ、お前こそ邪魔だよ。そんな意思が伝わってくる言い分だと思う。

 なるほどたしかに、一理あるかもしれない。それじゃあ。

 友達じゃなければいいんだろ。

 幼馴染よりも、優先されるものであればいいんだろ。

 私とオオタキの関係を言い表す言葉がさ。

 私の火照った頭が吐き出した言葉は、その場を凍てつかせるに、十分過ぎた。

 

「付き合ってるんです、私達」

 

 頭の中で、ぴし、と何かが割れるような音がした。

 沈黙が訪れて、周囲の雑音がいやに鮮明に耳に届いて、一瞬、あれ、となる。スクロールバーを操作するように、数秒前の自分の言葉を思い出して、脳内で再生する。頭が真っ白になり、ヤバい、と冷や汗が噴き出るように皮膚が冷たくなる。


「……あぁ、えっと」


 眼前の二人も、唖然としていた。当たり前だ。私だってそうなっていた。交互に見やって、あぁもう、どうにでもなれ、と吹っ切れる。吹き消そうとした心中の灯に、燃料をやる。


「……こ、恋人が男に言い寄られてて、そんなの、黙って、見てられますか? ムリでしょ、そんなの。普通に考えて。イラつくし、なんで、ってなるじゃないですか。今日だって、二人で過ごしたかったのに。いや、今日だけじゃないです。この前の雨の日、覚えていますか。私は、忘れません。根に持つと言っても、過言じゃないです。知られたくないからあの時は見逃したけど、こうも続いてしまえば、もう黙ってもいられないんですよ。一緒に、一緒に、帰りたかったのに。あまつさえ、そんなに近づいてべたべたされて。……す、っ、す、すき、な人が、そんな風にされて、何とも思わないワケ、ないでしょ。それから、先週の土日。聞きましたよ、オオタキの口から。あんたね、いくら幼馴染だからってそんなストーカーみたいなこ」

「お、オガワ、もう、もういいから」


 ほとんど我を忘れてまくしたてる私の口を、オオタキがそんな言葉で封じてくる。

 見れば、赤面して湯気でも出そうな具合だった。


「モミジ、わ、わたしたち、もう帰るから。ごめん、お会計、これで」


 言いながらお財布から三千円を出して、机に叩きつけるようにしてほら行くよ、と私の腕をぐいぐい引っ張ってお店を出る。

 それからのことは、断片的にしか覚えていない。私が、ただひたすらオオタキに謝って、いいから、大丈夫だから、わかってるから、と返されて。


「オガワは優しいね」

「こんなことになるとは、思わなかったけどさ」

「あんなこと言ったからには、それらしく振舞わないとだね」

「次からは、打ち合わせとかしようね」

「そしたら、離れてくれるかもしれないしさ」


 そんな感じのことを言われて。

 要するに、つまり。

 私とオオタキは今日から、付き合っている「フリ」をすることになった。

 らしい。

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