3 落下というより、沈降

7/2 たまには私から

 今日から三日間、期末テスト。今日は、その初日。この土日でびっくりするくらい勉強したから、それなりに出来は良かった。と、思う。当然まだ結果は出てないけど。

 うちの高校は、テストが終われば即下校。他のとこもそうだろう。この前の中間のときは今ほどオオタキと仲が良くなかった(悪かったわけじゃなくお互いのことをまだよく知らない感じだった)ので、早く学校が終わっても特に何かするということは無かった。

 でも今だったらきっと「ご飯でも食べない?」とかそんな感じで、誘ってくるだろうな。と、昨日までは思っていた。そう、昨日までは。というか実際、テスト終わってから遊ぼうねーって、勉強しながら話したし。


 でもなぁ。昨日、泣かせちゃったんだよな。いや、私が何かしたわけじゃないけど。でもきっかけを作ったのは間違いなく私だ。元を辿ればあの幼馴染のせいにしてもいいのかもしれないけど、あんなことがあった翌日に、何も気にせず「やっほーオオタキ! 今日学校早く終わるし、幼馴染ぶっ殺しにいこうよ!」なんて明るく振舞えるほど、図太い神経なんか持ち合わせちゃいない。そんなバイオレンスなこと、言えるわけない。


 何回も書いていることだけど、いつだって動くのはオオタキからなのだ。昔から受動的な人間で、私から誰かを何かに誘うとか、そういうのが苦手で。だから今日、いつもよりも明らかに口数の少ないオオタキを前にしても、これという行動は起こせなくて。

 振り返れば、どうしようもないヤツだなって思う。

 なんて考えている間にテストが終わり、下校の時間になる。結局「おはよう」以外の言葉は交わさないまま。テストなわけだし、休憩時間にお喋りに興じてる場合じゃないんですけどね。


 張り詰めていた教室の空気が弛緩する中。オオタキが荷物をさっさとまとめて椅子から立ち上がり、「じゃあね、オガワ」と言って教室を出ていってしまう。

 多分、いつもの私ならここで黙って背を眺めるだけなんだろう。

 そして今日の夜。日記に「冷たかったけど、なんかあったのかな」、「どうせ私なんかにできることなんて、何もない」とか書くんだろう。

 でも今日は。オオタキの抱える悩みを知った今は。

 気付けば、勝手に身体は動き出していた。

 一斉に下校する生徒たちで、狭い廊下はいつもより混み合っていた。そんな中でだって、彼女の姿はすぐにわかる。目で見るよりも先に、頭のどこかで先に理解するような感覚がある。

 だって高校に入学してから私が見ていたのは、オオタキのことばかりだったから。

 ……なんて綺麗に書いてはみたものの、結局やってることはストーカーとなんら変わらないんだよな。文章って、すごい。


 そんな美少女を遠巻きに見つけても、この人混みの中じゃ簡単には近づけない。人と人との隙間に割り込むようにしなければ、ただ大きな流れに身を任せるだけでは、彼女の手は掴めない。それと一緒に、幼馴染である彼のことが脳裏を過る。もたもたしていると、また彼女の隣に並ばれてしまいそうな気がして。

 そうして、人の波に揉まれるなか。

 かつての私と、重ねる。流し流されやり過ごしてきた日々を想う。

 オオタキのために、変わらなきゃと決意めいた気持ちが肥大した。


 スミマセンスミマセン、と言いながら肩を窄めて、たまに舌打ちを浴びれば前方を歩いていたオオタキはもう目と鼻の先にいた。行き場なく揺れていた右手を、一瞥して。手中に収めなければ、宙を舞ってひらひら飛んで行ってしまいそうに思う。そういう、儚さを帯びているように見えた。

 以前、オオタキが私に、そうしてくれたように。

 絆創膏は、もう貼られていなかった。あの日、私の手を攫ったあのとき。オオタキも、こんな気持ちだったのだろうか。そんなことを考えながら。

 引き寄せるように、小さい手を握る。


「オオタキ、」


 そこまでやって来て、あぁそうだ、なんて声をかければ良いだろうと思う。遅いよ。

 ゆっくりとオオタキが振り返り、それから右手に視線を送り、また隣に並ぶ私を見る。なにこれ、なにしてんの、なんて言葉が聞こえてくるような表情。それが、数秒待てばかあっと赤くなった。


「な、なんですか、オガワ、さん」


 明らかに動揺している。なんでさん付けなんだ。


「えっと、今日、一緒に勉強、しませんか」


 そして私も動揺してしまう。なんで敬語なんだ。


 オオタキの快諾を経て、学校からそのまま我が家へ向かうこととなった。制服姿を見た母さんが「オオタキさん、制服もかわいいね」とか言ってた。だから、ナンパするなってば。

 部屋のクーラーをつけて、机に教科書類を広げる。

 オオタキが部屋に居るのは、今日で四日連続。もうすっかり見慣れた光景だった。


「布団、片付けちゃったんだね」


 少し残念そうな顔で、オオタキが言う。もし出しといたら、泊まっていってくれたのかな。昨晩、片付けるときに布団カバーの匂いを嗅ぐかどうかで、三十分ほど葛藤したのを思い出す。

 いや、きもすぎるでしょ、私。

 でもさ、外して畳むときに、図らずとも香ってくるもん。明らかにウチで感じるものじゃない、ちょっとだけ甘くってくらくらするようなあの匂いがさ。それすらキモい認定されてしまえば、もう、どうしようもないじゃないですか。不可抗力じゃないですか。


「…………今日、びっくりした」


 一人で苦悶していると、ペンを握るオオタキがそう切り出してきた。


「……何が?」


 思いのほかテストの出来が悪かったとか?


「いつもさ、わたしから何かしないとオガワ、何にも言わないでしょ? ……だからそっちから誘ってくれたの、すっごい嬉しかったの」


 あと、手握ってくれたのもね、と右手をひらひら顔の横で動かす。それこそ不可抗力と言うか、不慮の事故と言うか。あの人混みじゃ声だけで気付いてもらうの厳しかったとか、そういう……えっ、待って、それも、嬉しかったの。勘弁してよ、可愛いんだから、もう。


「わたしだけ楽しんでたら、どうしようって。ちょっとだけ不安だったんだ。ほらオガワ、すごい優しいし、しかも全然顔に出ないし。だからこうやって誘ってもらえると、なんか、安心するっていうか」


 ねぇ。

 彼女か。

 聞いてるときも、絶対顔赤くなっちゃうなこれ、と思って掌で口を覆うように頬杖をついて「ふうん」なんて言うだけだったんだけど、改めて思い出して文字にすると、もう、なんだよ。彼女か。私の彼女か。お前は。

 安心する、って言ったときの顔。ほっと安堵したような穏やかな笑み、やばかった。あれは人を殺せます。間違いない。


「……なんか、きもいね、今の。忘れて」


 言い終えてから恥ずかしくなったのか、そんな言葉と一緒に気の抜けるような笑みを見せてくる。忘れるとか、無理でしょ。普通に考えて。日記に書くんだもん。

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