7/1 お泊まり 3
今朝はオオタキと一緒にツヨシの散歩に行った。彼女は朝に弱いことを昨日知ったので、寝てても良いんだよとは言ったのだけれど。
行く、行く、と半開きの目で言って聞かなかった。
朝の日差しで暖まり切らない冷えた空気の中。ふらふらと覚束ない足取りのオオタキをエスコートするように、いつものお散歩ルートを巡る。犬が一匹増えたような気分で、なんならオオタキよりツヨシのほうが利口な気がした。
家に戻って朝食を済ませ、そして部屋に戻りまた勉強。一人で居る時よりも、たくさん勉強している気がする。
そこまでやらなくても、私もオオタキも、そこまで成績悪くないし。こんなに頑張る必要なんか、お互いに無いはずなんだよね。オオタキが真面目な子なのはよくわかるのだけど、それを加味したとしても、やっぱり不思議というか。ふと、中学生の頃、親になにか言われるのが嫌で勉強するふりをしていたことを思い出したりしてしまう。
うーん、って思う。
つまるところは、この三日間。
オオタキが、私の家に泊まりに来た理由はなんなの、という話だ。
あとであとで、と言われ続けて、もう今日で最後の日になってしまった。
聞いてみると、あぁ、やっぱり聞くよね、なんて言う風に苦笑いして。話すと長いかも、と前置きして、それを頷いてどうぞと促して。
本当、考えなしだったなぁって思う。後悔している。
聞かれたくないから話さなかったんだって、気付くべきだった。
「モミジ、って言うんだけどね」
そんな言葉が、始まりだった。
「他のクラスのヤツなんだけどさ。こないだ、ほら、階段で会ったじゃん」
わかる? と聞くように顔を見てきて、うん、と返す。
爽やかな笑顔が特徴の、オオタキの幼馴染のことだろう。正直、彼に対してあまりいい印象はない。穏やかに見えて高圧的で、若干周りの見えていない人というイメージ。思えば、彼の名前は聞いたのは初めてだった。
モミジ。
珍しい名だと思う。
「昔から、わたしなんかと仲良くしてくれててさ」
「……なんか、ってこたないでしょ」
早速口を挟んで、話の腰を折ってしまう。だって、黙ってられない。むしろオオタキと仲良くさせてもらえてお前がオオタキに感謝すべきだろ。とまでは言わないけど。
「ふふ、ありがと。まぁ、それは置いといてさ」
「……うん」
「まぁ、その。あんまり、言いたくないんだけど。高校入ってから、急に、なんだろ。妙に、距離が……近い、って言うか。やたら話しかけてくるように、なってさ。……なんか、自慢みたいでやだね。ごめんね」
目を伏せたまま、たどたどしく。
切れ目無く、ずるずると粘つくように言葉が繋がる。
「あいつさ、会えないって言ってるのに、家まで来るの」
「えっ」
「家が、隣同士だからさ。それで、金曜もね。土日、遊ぼうみたいなメールが来てて。いつもなら我慢するんだけど、なんだか、そんとき、すっごい嫌で……自分でも、なんでだろって思うんだけどさ。もっと、他にもあっただろって思うんだけどさ。……あ、オガワ、いるじゃんって」
「えぇー……」
「そんなに、変かな」
「いやぁ……家まで来るのは、うーん……どうかと、思うけどなぁ……」
考えなくてもわかるくらい、異質に思う。いや、だって、いやぁ……。幼馴染とはいえ、一応男女なんだし……。その辺りはしっかり線引きをしておかないと、これからもっと面倒にこんがらがって、蟠りが増えていくだけじゃないだろうか。
「もっと強く言っても、いいと思うけどねぇ……」
幼馴染、モミジさんに対する印象が、どんどん悪くなっていく。
「でも、男の子とあんまり喋らないから、その……得意じゃ、ないからさ、そういうの。親同士も仲いいから、あんまり、強く言えなくて……だから最近のモミジ、なんか、怖くて、……でも、本人には言えないでしょ、こんなことさ」
あぁ、そういうことか、と思う。
彼の前で、いまいち話し辛そうにしていたのは。
あれが好きとかって感情に伴う強張りじゃなかったことに、心のどこかで安心して。それはそれとして、ちゃんとオオタキの悩みに向き合わなきゃと襟を正す。
オオタキは可愛いし、色恋沙汰に不慣れだというのは正直意外だった。私なんかより、ずっと場数を踏んでいるものだとばかり思っていた。こんなときに思うべきことでは無いのだけど、初心で、可愛いなって思った。
「それに、オガワだって、逃げ場所に使われたみたいで、嫌かもしれないって、だから、言い辛くなって……わたしね、遊びたかったのも、オガワの家に来てみたかったのも……ちゃんと、ほんとだよ。楽しかったし、嬉しかったし、それは、嘘じゃなくて……ねぇ、雨の日、覚えてる? あのときもね、わたし、ほんとはさ、オガワと一緒に、帰りたかったんだ、だけど、あんなの、変じゃん、だって。オガワは、友達だから、」
「大丈夫。もう、いいから」
きっと、彼のことを悪く言ってしまっていることに、罪悪感でも覚えたんだろう。声はどんどん涙で濡れて、語彙も崩れて心と喉が直結したように、意味のない言葉が増えていく。
「ごめん、聞かなきゃよかったね」
駆け寄って隣に座り、震える肩を抱くように優しく背中を撫でる。こんなことして大丈夫だろうかという危ぶみを消し去るように、オオタキが私のシャツの裾を指先で摘んできた。
「ごめんね、ごめん、オガワ」
「大丈夫だって」
私には、異性の幼馴染なんかいない。
無理と言っても家まで押しかけてくるような友人だっていないし、他人の好意を一身に受けて怯えたことなんてある訳が無い。友達すら少ないんだ、そんなの有る方がおかしい。
だからオオタキの気持ちや悩み、それに伴う苦痛は与り知ることはできなくて、寄り添えなくて。可哀そうだとは当然、思うけれど。知ったつもりの仮初の同情なんて、したくない。
そんな私でも、助けになれるなら。彼女に頼ってもらえるなら、逃げ場所にでもなんでも、すればいい。それでオオタキが悲しまずに済むなら、喜んで受け止めてあげたい。
でも。同時に、じん、と染み入る汚れのような違和感があって。
「…………」
嗚咽を漏らすオオタキを直視していると、居た堪れなくなる。
私の抱えるこの想いが、もしもオオタキに知られてしまったのなら。
彼と同じように、怖いだなんて、思われてしまうのかな。
そうしたら、オオタキは、誰を頼ればいいんだろう。
だから私は、隠し通さなきゃいけない。
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