6/30 お泊まり 2
土曜日の朝。犬の散歩をしないと、と身体が勝手に六時半に目を覚ました。
ベッドから体を起こして部屋を見渡すと、なにか違和感があって、数秒待ってから頭が理解する。とぼけていたわけじゃない。他人の匂いがして、視界には見慣れない布団と人。
「かわいい……」
そうだ、オオタキが泊まりに来てたんだ。と思い出す前にそんな言葉が口から漏れてはっとした。口を押さえたけど、意味はない。
うわ、寝てる。すやすや寝てる。掛け布団が乱れて、ほとんど身体が丸出しだ。大きめの寝間着が捲れて、少しだけお腹が見えている。内股気味の長い脚は蠱惑的で、直視できない。
……えっ、てか、いや待て、待って。起きたら部屋にオオタキがいるの、ちょっと幸せすぎない? 目覚めて最初に見るものが彼女の可愛い寝顔とおへそとか、最高すぎる。
しっかり目に焼き付けねば、と彼女を凝視していたら「んっん~~」って声を漏らしながら寝返りを打って、びっくりした。もっと出してくれませんか、その声。録音するので。
しばらく眺めていても起きる気配が無かったので、そのままオオタキを放置して犬の散歩に行くことにした。一応、携帯で『犬の散歩行ってくるね』とメールを入れておいた。
七時過ぎくらいに帰ってきても、オオタキはまだ寝ていた。なぜか掛布団がちゃんと体を覆ってて、ははーん、さてはコイツ二度寝したな、と思った。
結局オオタキが目を覚ましたのは、八時を過ぎたくらいだった。昨日、寝たのは十時くらいなのに。もしかして、たくさん寝るから背が高いのかな。言っても、私と同じくらいだが。
上半身だけ起き上がったオオタキ。髪が乱れて、ワンピースの肩が片方ずり落ちて白い肌が露わになってて、目も半開き。
もはや「オガワ、襲っていいよ」って表情で言ってる。それくらい無防備だった。変なヤツに乱暴されたりしないかと、心配になっちゃうよね。
はい。それは私のことですね。すみません。自制します。
母さんがパンを買っておいてくれたので、二人でそれを食べながらニュースを流し見る。
オオタキは目覚めが良くない方みたいで、リビングの椅子に座ってるときもずっと中空をぼんやり見つめながら、もっそもっそと遅いペースでパンを食べていた。この時は目もほぼ閉じていた。話しかけても「んー……」と小声で返されるだけ。
「今日、なにする?」
「んー」
「どっか行きたいとことか、ある?」
「ぅーん」
「やっぱり、勉強かな」
「んぅー」
か、か……かわいい……。死ぬ……。殺す気か……お前……。
私ね、オオタキの「ん」って声が、好きなのよ。声って言うか、喉の奥から息を漏らすみたいな、そういうのが、たまらん。かわいい。寝起きのオオタキはそれを連発してくれるから、もう、最高ってわけだ。意味が分からないかもしれない。私にもわからない。
そういえば、結局なんで泊まりに来たいなんて言い出したんだろう。昨日それを聞けないままオオタキは寝てしまったから、それが気がかりだった。今のオオタキに聞いても、多分無駄だけど。
食べ終わると多少頭も冴えてきたみたいで「あぁそうだ泊まりに来てたんだっけ」なんて言っていた。それを分からないままパン齧ってたのかよ。
そのあと部屋に戻り、ようやく当初の目的である勉強をした。何度か書いた気がするけど私もオオタキも勉強は特に苦手でないから、人に聞くようなこともなかった。特別に変なことなく、交わした言葉の数も少ない。集中すると黙るタイプみたいだった。
そうそう、今日知ったのだけど、オオタキは目が悪いらしい。普段はコンタクトをしているみたいで、あまりメガネをかけるのは好きじゃないとか。いつもと違う印象で、可愛いんだけどな。
もとより彼女は年齢のわりに垢抜けているというか、少し大人っぽい雰囲気の子だから、眼鏡がすごく似合っているように思う。
勉強する合間、休憩代わりに、座卓の下に伸ばした脚でじゃれ合ったりした。ほんと、もう、えっちなんだから。足を絡めながら手を口元に持っていって、いたずらっぽく笑うの。すっげぇ、えっちだよね。はぁ。かわいい。
午後になってから、息抜きするね、とオオタキが部屋の本棚と向き合いだした。
出会ってすぐの頃は「本とかぜんぜん読まないんだよね~」と言っていたような気がするのだけど、最近はよく読んでいるところを見る気がする。
学校で本を読んでいるときに「なんか面白いの教えてよ」と言われて何冊か貸したのをきっかけに、よく読むようになったらしい。
「ねぇ、これの続き、ないの?」
上中下構成の中巻を本棚に戻して、上から順に人差し指を動かしながら確認している。自分で言うのもどうかと思うけど、わりと丁寧に並べてるからそこに無かったら多分、買ってない。もしかしたら、まだ発売してないかもしれないね。そう伝えてから、あれ、と思う。
「え、それさっき読み始めたやつじゃん、もう読み終わったの?」
「面白いと、すぐ読み終わっちゃうよね」
それにしたって、早すぎやしないだろうか。私は昔から本ばかり読んで生活してきたという自負があるのだけど、その経験を用いてもオオタキには敵わないかもしれない。
オオタキは、本を読むのがとても早かった。それでいてテキトーに文字を追うだけの読み方ではなく、先に読んでいた私が解釈違いなどを知れる程度には読み込んでいるから、すごい。
彼女には、本を読む才能があるのかも。もしくは、私が読むの遅いだけか。
「先月発売してるね。もしかして、買ってない?」
スマホで調べながらオオタキが言う。どんだけ読みたいんだ。
まぁその気持ちは、わからないでもないが。
その出版社の本なら、発売日から一週間くらいは平積みされてるだろうし、本屋さんにはちょくちょく行くから気付くと思うんだけどな。もしかして、人気無いのかな、この人。
新刊買いに行かなかったわけだし、私には合わない作品だったのかも。
「お昼食べながら、本屋さん行こっか」
時間も、時間だし。と提案して。
「お、いいねいいね。行こう行こう」
さっそく準備だ、なんて言って、オオタキが鞄から私服を取り出した。着替えるなら部屋から出た方がいいかしら、なんて考えている間にオオタキが寝巻を脱ぎだして、すぐに目線を逸らした。
できるだけオオタキの方は見ないようにして、外着に着替える。絹擦れの音が頭の中で響くようで、落ち着かない。
オオタキに見られることも恥ずかしいけれど、オオタキのそれを目にしてしまうことよりは遥かにマシに思えた。
「女同士じゃん。別に、気にしなくてもいいのに」
言いながら、けらけら笑う。オオタキは私の下着姿を見ても、特に何とも思わないみたいだった。いや、それが普通だから。私が、おかしいだけだから。私だって、アサハラの全裸見たって何とも思わないもん。どこで張り合ってるんだよ。
あぁ、見られてる、って肌を触られてるような違和感を覚えつつ、クローゼットから引っ張り出したシャツを着る。
「オガワ、可愛いのつけてるよね」
「やめて」
「肌もきれいだし」
「やめてって」
「かわーいーい」
「もう」
なんのプレイなんだ、これは。
家を出る時に「行ってきます」と二人そろって言うことに、不思議な感覚があった。オオタキと一緒というだけで、同じ出来事を共有しているだけで、その価値や尊さは幾数倍にも跳ね上がる。涼しい部屋から出て覚える不快な熱も、二人で「暑いね」と言い合えば思い出に変わる。
この歳になって漸く、あぁ、友達っていいなって感じたりした。
そうこうして本屋へ行き、目当ての本をすぐに見つけた後に、お昼を買うためにコンビニに寄った。そこではアサハラがバイトをしていて、テスト前はバイト禁止だぞ、と小馬鹿にした風に言ってやった。
「てかお前ら、いつの間に休みに会うほど仲良くなったん?」
訝しむように言われて、何と答えるべきか悩んで。
ここで悩むのが変なんだよね、と日記を書きながら思った。
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