6/25 暑い放課後
書く前に、昨日の日記を読み返してみた。ひどいものだ、と思った。昨晩の私は、随分とハイになっていたみたいだ。何だよフラワーパークって。しかも達筆すぎて、自分の文字なのに読むのが非常に困難だった。どんな気持ちであれを書いたのか、昨日の自分に聞きに行きたいくらいだ。
オオタキが関わると、一気に思考能力がどん底まで落ちる。だからあんな頭のおかしなことも(書いてるその瞬間は)平気で書いてしまう。
振り返れば、自分のしていることが如何に気持ち悪くって憚られることなのかを自覚して、でもどうせ誰にも読まれないんだからいいじゃん! と開き直る。この日記に収まっている内なら、生活に支障はないから。
変な好意が、誤って外に出てこないようにって。このノートには、そういう意味もあるのだ。
多分。
今日のオオタキは、様子がおかしかった。いつもの落ち着いた物腰なんか忘れたように、一言でいえば、挙動不審と言った感じだった。
まず朝、昨日のことを否応にも想起してしまうのは、予想していた。だからそれを変に思われたくなくて、いつも通りをいつもより意識して(?)おはよう、とあいさつしたのだ。
そしたら、「ぅぉはゆぉ」と明らかに呂律の回っていない返事をされた。
なんだなんだ寝ぼけてるのかいオオタキ、と笑う。が、特にこれという反応も無く、すぐに前に向き直って懐から取り出したイヤホンを装着したりしていた。
そのまま腕の中に顔を埋めて、昼休みまで起きなかった。
「あれぇー…………」
どうもその様子は怒っているとか、そういう風には見えなくて、じゃあどうしてそんな反応をするのかって言えば、それは…………やっぱり、アレだよな。そんな推察混じりの想像をして、いいや、と頭を振る。
いくら何だって言えど、それはおかしな話だ。あり得ないよ。
だから、私の知らないところでオオタキの身に何かがあったのだろう。
そう思うことにした。
居眠りオオタキを眺めていると午前の授業が終わり、昼休みになる。
チャイムで身体を起こしたオオタキは、いつも通り椅子を回してこっちを向いてくれるけれど、やはりと言うべきか、目を合わせてはくれなかった。
ずっと下を向いていたりふと上げたかと思えばすぐに左右に泳いだりと、とにかく、落ち着きなくきょろきょろしてた。
ぎくしゃくしてるオオタキも可愛いから、眺めてる分にはいいのだけど。なんてお気楽に観察している最中、私の机に置いてあったオオタキの携帯が震動した。少し遅れて、暗かった画面にメールアプリの文章がポップアップ表示される。
オオタキがちょっとびっくりするくらいの速さで携帯を手に取り、そのメールを一切見ることなくスカートのポケットにしまい込んだ。りんごのマークが背面に刻印されてる機種。ちなみに私のは、銀河的な名前のヤツだ。
画面に映し出された文言を、私は見逃さなかった。
『今日、会えない?』ってメッセージだった。
根拠なんかないけれど、あの幼馴染だろうな、と思った。
「……あーえっと、何の話してたっけ、ははは」とオオタキがあからさまに話題を逸らそうとする。
まぁ、深く言及することもないんだけど。
これで私が男だったら、嫉妬なんかしちゃっても普通の感情なんだろう。
でも、私は女だ。それは揺ぎ無い。当たり前だ。
そうして、納得したように諦める。何も思うことが無いわけじゃ、ない。
気になるし、悔しい。
そんな性格の悪いことをつい考えてしまうけど。でもそれは、どうでもいいことだ。オオタキが好きかもしれない相手なんだ。私なんかが、否定しちゃいけない。
そこまで言えた立場でも、仲でもないんだから。
このあとオオタキは例の彼と会うんだろうな、じゃあ今日はひとりで帰るのか、寂しいな。
授業が終わってから、そんな風に思いながら帰り支度をして廊下に出る。
先へ行ったと思っていたオオタキは、普通にロッカーの前で私を待っていた。
あれ。あんた、幼馴染ほっといていいんですか。先に帰るって言わないんですか。
そんな気持ちを汲まれたか、「……どしたの? 帰ろうよ」と訝しむように言われた。いや、うん。帰るけど、いいのかな。まぁ、いいのか。
幼馴染君とすれ違ったらどうしよう、と若干周りの生徒の顔に気を遣いながら昇降口で靴を履き替える。校門を出るまでそれらしき人影は見つからなくて、というかよく考えたら幼馴染君の顔面の造形、はっきりと覚えてなかった。たはは。
帰る頃には、幾分か普段の落ち着きを取り戻していたオオタキ。鼻歌なんか歌って、歩道橋の階段を降りる鞄が上下に揺れる。なんだかご機嫌みたいだ。そんな様子を目にすると、こっちまで元気になってしまう。
「いやぁ、今日、あっついね」
「ほんと」
ワイシャツの襟を指先で摘み、ぱたぱたしながら言うのに、軽く相槌を打つ。
襟の隙間から覗く鎖骨と肌色に蠱惑的なアレを覚えて、イカンイカン、と理性でそれを打ち消す。もっと激しく動かさないと下着が見えないじゃん、とか、思ってない。
「なんか飲も、わたし、干からびちゃうよ」
暑さでへろへろな表情で、オオタキが青と白の看板のコンビニを指差した。断る理由はない。店内は冷房が効いていて、ほぼ二人同時に「はぁー」みたいな声が漏れて、少し遅れてから今、ハモったね。と笑い合った。
私はサイダーを、オオタキはスポーツドリンクを買った。立ち寄った公園には人っ子ひとりおらず、本来子供が遊ぶ場所を高校生が二人で占領するのはどうなのかと思った。
小さい頃にはあったはずの遊具の大多数が無くなっていて、幼い目で見た景観とは結構な違いがあった。ぐるぐる回るジャングルジムみたいなやつとか、バネでグヨグヨ揺れる動物のやつとか。どちらも正しい名前は知らないけど、その見た目と遊び方はしっかり覚えている。
激しく回りすぎて怪我したことも、泣きながら友達におぶさって帰ったことも。バカだ。
今そこにあるのは小さな滑り台とブランコ、ベンチに、砂場だけ。しみじみ見てみると、ずいぶん寂しくなったなぁと思う。
木陰のベンチに並んで座り、表面が濡れたペットボトルのキャップをひねる。同じタイミングで、缶のプルタブを開ける音が横から聞こえてきた。傾けて一口含むと、炭酸の冴える刺激と清涼感のある甘さが口に広がる。冷えたそれが喉を通っていくのがはっきりわかる。
久しぶりに飲んだけど、暑さのおかげもあってとても美味しく感じた。
サイダーを堪能する私の隣で、オオタキはごっくんごっくんと音が聞こえるくらいに勢いよくスポーツドリンクを飲んでいた。顎を上げて首筋がぴん、と反り返り、そこをつーっと汗が伝っていくのが見えた。
その様は完全に部活動に打ち込む活動的な学生のそれで、それにしては肌の色が白すぎるし身体が華奢すぎるよな、あと髪も長いし。なんてことを考えた。
「……っはー、生き返るわぁ」
濡れた口元を手で拭って、息を吐く。
「今まで死んでたの?」
「うん、半分くらいは死んでた」
そんな返事をされるとは思わなかった。半分死ぬってなんだよ。
木の葉の隙間から漏れる日の光に目を細めて、それを手の甲で遮るとオオタキが横から「なんか今のオガワ、絵になるかも」なんて言った。
「写真とか撮らないでよ」と冗談めかして笑い、恥ずかしいのを隠すように残りのサイダーを飲み干す。喉と胸が若干痛んで、顔をしかめそうになった。
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