わたしみたいなの

「へぇ、ジャンボ焼き鳥ってのがあるんですねぇ」

俺が弁当箱の下に敷いた新聞を見た宮下さんが意外そうな声を上げた。

「あ、ご存知ないとはいけませんね。モグリだと思われますよ」

わざと知ってて当然でしょと言わんばかりの返事をする。

「しょうがないじゃないですか。地元の阿部さんと違って、わたし転勤でこっち来てまだそんなに経ってないんですから」

宮下さん、困ったような顔をして抗議の声を上げる。


宮下さんは東京の本社から去年転勤してきた女性。

幹部候補生だからずっと本社にいても良さそうなものなのに、現場を知りたいってわざわざ転属願いを出したほどの強者。

それで配属になったのが俺のいる盛岡の営業所。

そんな話を聞いていたので、最初はみんな腫れ物に触るような扱いだった。

でも、当の本人は明るく表情豊かに接してくれる。

コロコロと表情を変える彼女に営業所のみんなが虜になるのはすぐだった。

歓迎会で酒好きなのもすっかりバレて、今じゃうちのアイドル的な扱い。

それでも、年上の俺たちに敬語を崩さないあたり、都会の人だもんなあというのは、どっかにあるわけで……。


「知らないなら食べに行くしかないでしょ?」

ひとつ提案をしてみる。

「食べに行くって、これ通販の広告じゃ……」

「競馬場行けば、焼きたてが食べられるんですよ。もちろんビールも一緒にね」

「ビールも!?」

「ええ、外で飲むビールはうまいですよ。入場も解禁になりましたし、いかがです?」

新型コロナウイルスのおかげで競馬も長いこと無観客だったが、この間から入れるようになった。

「え、でも、競馬場って耳に赤ペン挿してヤジ飛ばすおじさんしかいないんじゃないんですか?」

宮下さん、競馬場に行ったことがないらしい。

ずいぶんと昔の話ですよ、それ。

「……俺がそんなおじさんに見えます?」

若干ひきつった笑顔で聞くと、「いいえ、全然」と食い気味の返事。

「じゃあ決まりですね。昼間から食べて飲んでリフレッシュもいいもんですよ」

「そうしたらぁ……、今度の土曜日でいいですか?」

お、早速ですね。仕事が早い。

「了解です。じゃあ土曜に駅前で」

「楽しみにしてますね」

宮下さん、にっこり笑って自分の席に戻ってった。


土曜日。

競馬場行きのバス乗り場に着くと、宮下さんはもうそこにいた。

「少し早く着いてしまったので、そこでお買い物してました」

手にしたレジ袋の中には、日焼け止めやポケットティッシュの他に、競馬新聞と赤いボールペンが入ってる。

さすが宮下さん、仕事が早い。

でも、ボールペンよりは赤いフェルトペンなんだけど、まあ知らないよな。

「あのバスですよね。乗りましょう」

宮下さん、いつの間にかバスが来てるのをしっかり見てた。

さすがだなぁ。


バスに乗り込んでしばらくしたら、宮下さんがこんな事を言いだした。

「仕事以外で外に出るのって、ずいぶん久しぶりな気がします」

そうだった。

コロナ騒ぎでみんな外に出歩かなくなったし、出歩ける場所は軒並み閉鎖。

飲み屋も時短じゃあ仕方ない。

「お誘いいただいて、ありがとうございます」

こちらを向いて、ぺこりと頭を下げる。

「いやいや、ひとりで出歩くのもアレなんで、むしろ助かりますよ」

「こうして出かけるって、なんだかデートみたいですね」

宮下さんの目がいたずらっ子のように光る。

「デート……、まあ色気はありませんが」

答えに詰まってると、こんな事を言いだした。

「じゃあデートにしましょう。そうしましょう」

そう来ましたか。ではこっちも。

「デートだからお互い敬語はナシで。使ったら一杯おごりね」

「……承知しました。あっ」

困ったような顔をして窓の外を見る宮下さん。

「今日で決めちゃうかな……」

こっちに聞こえないよう、小さくつぶやいてた。

何を決めるか、わかんないけど。


競馬場に着くと、宮下さんの表情ががらっと変わる。

「わぁ!なんだか楽しそうな雰囲気。なんでかなぁ」

きっと、開催中はお祭りみたいなもんだからなあ。

そう言うと、宮下さんは納得した様子。

「小さい頃、よくお祭りの屋台であれこれ買ってたなぁ。ね、なにか買ってっていい?」

「いいけど、ジャンボ焼き鳥とビールの分はお腹空けておかないとだね」

「食べて飲んでリフレッシュだもんね、了解!」

そう言うと、宮下さんは俺の腕にしがみつく。

びっくりしてると、俺の顔を覗き込んでこんなことを言う。

「せっかくのデートなんだから、それっぽいことしなきゃ、ね」

これは一本取られたなぁ。

苦笑いしながら宮下さんと腕を組んで屋台村に向かう。


屋台村と言いながら、実際はかなり立派な造りの食堂。

適当な席に場所を決めて、ジャンボ焼き鳥を頼む。

唐辛子をたっぷりと伝えて出てきたのが、名物ジャンボ焼き鳥。

赤ん坊の腕くらいはあろうかという代物。

「すごく大きいのねぇ。これは食べごたえあるなぁ」

宮下さんはもうビール片手に臨戦態勢だ。

「じゃあ、まずは乾杯」

「はーい、乾杯!」

こうして、楽しい時間は始まった。


食べて飲んで、たくさん話しをして。

一息ついた頃、宮下さんはこう聞いてきた。

「ねぇ、言い出したのはわたしだけど、なんで今日にしたの?お休みは明日もあるのに」

「うん、できれば今日見てもらいたい馬が出るんだよ」

「わたしに?どんな馬?」

うん、それはね……。


競馬新聞を広げてもらって、メインレースのすずらん賞の出馬表を見せる。

「今日のメイン、6枠6番のヒガシウィルウィンって馬なんだ」

「印がいっぱいついてるね。勝てそうなの?」

「そりゃもちろん。でも、それだけじゃないんだ」

宮下さんは不思議そうな顔をしてる。俺は続けた。

「こいつ、前は東京の大きなレースをいくつも勝ってきた、いわばスターだったのさ」

「その、東京で強かったスターがなんで盛岡に?」

「東京でバリバリやるにはもう力が足りないらしくてね。それでもこっちならまだやれると思われたのかもしれない。それでもスターだからさ」

「そっかぁ……。なんだかわたしみたいだな」

宮下さん、少し寂しそうな顔で笑う。

「え?宮下さんってスターだったの?」

「違う違う、スターじゃないよ。でも、東京でバリバリやるには力が足りなくてさ……」

あ、地雷踏んだ?

宮下さん、ビールをおかわりしながら話を続ける。


「転勤願い出したのも、本社でバリバリやるのに疲れちゃったから。辞めようかとも思ったけど、地方でリフレッシュしたらいいよって上司がね」

「それでこっちへ……」

「うん。最初は現場の勉強しながらいつ辞めようかって思ってたけど、辞めるのはやめにしたの」

「どうして?」

「阿部さんや営業所のみんながいい人ばっかりだから、ここから動かしたら辞めるってこの間宣言しちゃった」

ここまで言って宮下さん、ビールを一気にあおる。

「本社の連中はテレワークだかなんだかで家から出てきてないって言うし、じゃあこっちにいますって言っちゃった」

「そっかぁ……」

「盛岡も気に入っちゃったし、たぶん辞めるときは阿部さんと結婚して寿退社だよぉ」

そう言うと、えへへと笑う。

「……だいぶ酔ってる?」

「酔ってなきゃ言えないよねぇ。……って、迷惑かな?」

「いいえ、全然」

この間のお返しみたいに食い気味で返事する。

「よーし、じゃあわたしみたいな馬を見に行こう」

宮下さん、そう言うとすっと立ち上がって歩きだす。

……とても酔ってるようには見えないな……。


パドックに着くと、ちょうどすずらん賞の出走馬が出てきたところ。

ヒガシウィルウィンは他のどの馬よりも光って見える。

「あれがその、わたしみたいなの?」

「うん、他とは違うよねぇ。他の馬もみんな強いんだけど」

パンプキンズもタイセイビクトリーもいい出来だが、今日はヒガシウィルウィンに敵うまい。

そのくらい良い出来に見える。

「じゃあ馬券はおまかせするね。あの馬から買うんでしょ?」

「まかせといて。スタンドに入ったら買ってくるからさ」

そう言って、宮下さんをスタンドの適当なところに座らせる。

あちこち規制のテープだらけでなかなか良い席はなかったけど、それでもきちんと見える席。

そうして、馬券を買った俺もすぐ近くに座った。

大した配当にはならないだろうけど、本命サイド。

あとはヒガシウィルウィンの単勝を100円だけ。

しばらくするとファンファーレが鳴りだした。


ヒガシウィルウィンは逃げたパンプキンズのすぐ後ろ。

4コーナーで差を詰めると直線は追い比べ。

それでも残り100メートルで振り切ると、最後は2馬身の差をつけてゴール。

「わたしみたいなのが勝ったぁ!!やったねぇ!!」

宮下さん、大喜びではしゃいでる。

それを見ながら、俺はホッとしてた。

あれだけでかいこと言った手前、負けたら格好つかなかったなぁ……。


帰りのバスの中。

宮下さんに、買っておいた単勝馬券を差し出した。

「はい、今日のお土産。大した払い戻しにはならないけどね」

それを見て、ぱぁっと明るい顔をする。

「すっごく嬉しい。払い戻ししないで取っておくね。ありがとう」

「いいの?」

「うん。今日の記念だもん、大事にするよぉ」

「記念?」

「寿退社決めた記念。……ダメ?」

「いいけど、あの馬ほど自信ないよ?」

「いいのいいの。わたしが決めたんだから」

そう言うと、宮下さんは大事そうに馬券をしまいこんで、俺に向き直る。

「不束者ですが、よろしくおねがいします」

「早すぎだってばさ」

俺はもう、苦笑いするしかなかった。


あれから一ヶ月。

宮下さんはまだ会社を辞めてない。

その代わり、仕事以外では俺を含めた営業所のみんなに敬語を使わなくなった。

そして、俺の机に近寄ると、こう言い出した。

「ね、今度の日曜、また競馬場に行こ?」

「ん?また飲みに行く?」

「それもあるけど、わたしみたいなのがまた出るんだって」

そう言って、スマホを差し出す。

画面には今度の日曜の出馬表。

メインの青藍賞にヒガシウィルウィンの名前がある。

「また会いに行こうよ、ね」

ああ、そりゃ行かなきゃだね。

「今度は飲むのは控えめで、応援に行きたいんだ」

「了解。じゃあ日曜に駅前ね」

「それと……」

ん?まだなにかあるの?


「日曜はうちの親連れてくから、よろしくね」

えええええ!?

あれ、酔った勢いじゃなかったのかぁ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る