想い出になる前に
「ねえねえ、お願いがあるんだけどぉ~」
珍しく彩花から電話だ。どうせロクな頼み事じゃないんだろうが。
「競馬場連れてってくんない?」
「……んあ!?」
変な声が出たじゃねぇか。
「康平くん競馬やるんでしょ?連れてってよぉ~」
……はぁ。
スマホにかからないよう、ため息をつく。
電話の主は俺の高校の同級生。
高校の時はあまり目立つ方ではなかったけど、卒業して東京行ってずいぶんと派手になって帰ってきた。
前はどこにでもいる普通の子だったのに、今じゃ遊び歩いてる金髪のケバい子。
たまにかかってくる電話は遊びの誘いか軍資金の無心。
遊びならまだいいが、無心はいささか気安すぎだろ。
「連れてくのは構わないけど、パチじゃなくていいの?」
「競馬はドカーンと大儲け出来るんでしょ?ねぇおねがーい」
どうせパチで負けるのにも嫌気が差してきたんだろう。
「馬券買うだけなら場外でもいいんじゃない?」
「ちゃんとお馬さん見て買わないと当たらないって聞いたし、馬券の買い方わかんないしぃ~」
……そういうことね。
「じゃあ、今度の日曜な」
「はーい。楽しみにしてるよ~」
それで電話が切れる。
今度の日曜は新潟記念か。
開催最終日だし、少しは混むかな。
少しは早く出ないと、車置くとこなくなるなあ。
それ以前に、きちんと予想しとかないとだな。
日曜日。
当然のように彩花は待ち合わせに1時間遅れた。
急いで新潟競馬場に向かったけど、着いたのは2レースが終わった頃。
「ごめんね~。顔作るのに時間かかっちゃってさぁ~」
車の中で、彩花は悪びれもせずにこう言った。
「当てようと思ったら馬きちんと見なきゃ。それには最初からいなくちゃだったのにな」
「ごめんごめん。次からは遅刻しないよ~」
……次?
3レースはパスすることにして、4レースのパドック。
彩花に馬の見方を教えなくちゃ。
地元の大学行って、競馬サークルに誘われて。
そのまま競馬好きになった。
馬の見方は先輩方からみっちりと仕込まれて、少しだけ自信はある。
なんとか彩花に当てさせてやりたい。
……でも、なんで俺なんだろ。
「さぁさ、バンバン予想してよ~。大きいの当てておいしいもの食べようね~」
パドックに着いてすぐ、彩花は俺の手を引いてこんな事を言い出す。
「俺が馬の見方教えてあげるから、彩花も予想しなよ。人の予想に丸乗りだと面白くないよ」
「えー。康平の予想なら間違いないって、葵ちゃんも言ってたしー」
葵の彼氏は競馬サークルの先輩。
そして葵と彩花は仲良しだったもんな。
高校出てから5年も経って、いきなりLINE来たのにはびっくりだったけど。
きっと葵が先輩から聞き出して教えたんだろう……。
「ねーねー。どの馬が勝ちそうなのー?教えてよー」
彩花は馬を見ないでずっとこっちを見てる。
「そんな急かさなくても……」
苦笑いしながら馬を見る。
3歳未勝利戦。どの馬も力は大差ない。
となると、見極めのポイントは……。
「ねぇ康平、馬ってきれいだねぇ~」
ふっと、彩花がこう言った。
「うん、みんなきれいだよね。特に今日は」
「今日は?どうして?」
うん、それはね……。
「このレースで勝てない馬のほとんどは、もう中央の競馬場にいられないからね」
こう言うと、彩花はびっくりした顔をする。
「どういうこと?」
「ここにいる馬たち、このレースで勝てないと、もう出られるレースがないんだ。他に行くしかないんだよ」
「そっかぁ……。だからきれいにしてもらったんだねぇ……」
彩花はそう言うと、食い入るように馬を見始めた。
「あたしのじいちゃん、あたしがうんと小さいうちに死んじゃったんだけど、三条にあった競馬場で仕事してたんだって。きっとこうしてきれいな馬を扱ってたのかなぁってさ」
「そっかぁ。きっとそうだったかもね」
「あたしも小さい頃にパパに連れられて三条の競馬場に見に行ったんだあ。でも行ったことしか覚えてないんだよねぇ」
彩花は馬を見ながら話を続ける。
「今日で走るのが最後になるかもしれない馬たちなんだよね?なら、あたしがしっかり見て覚えておいてあげる」
……え?
「頑張ったんだってのをしっかり覚えて想い出にするの。康平とデートした想い出と一緒に」
「デート!?」
今度はこっちがびっくりする番だ。
「……今頃気づいたか。そりゃあ5年も気づいてないんじゃ仕方ないよねー」
彩花はこっちを見て、小さく笑う。
「卒業式の日にさ、康平にコクろうと思ってたんだよ。でも、康平はインフルにかかって出てこられなかったじゃん」
あー、そうだった。
「そのままあたしは東京に働きに出なきゃ行けなかったし、ずっとコクるタイミングなかったんだよねぇ。最悪な想い出よ」
「それは済まないことをしたね。ごめん」
「だから、康平が好きなこと全部教えて。馬のことでも何でも教えて。あたしも好きになる」
「うん……」
「今日のことが想い出になる前に、康平のこと、馬のことでもなんでもだよ。教えてもらうんだから」
彩花はまっすぐ俺を見て、こう言い切った。
「うん、わかった」
高校出てから5年、いやもっと前からかな。
そんなに想われてるとは思わなかった。
「これからは康平といい想い出い~っぱい作るんだから。そのためにも今日は頑張って当ててね」
そう言うと、彩花はとびっきりの笑顔を見せてくれた。
これはもう、頑張るしかないよな。
最終レースまで頑張って、俺も彩花もなんとかプラスで終われた。
「楽しかったね~。大儲けとは行かなかったけど」
帰りの車の中、彩花はそう言って笑う。手にはぬいぐるみやらキャップやら、競馬グッズがぎっしり詰まった袋を提げて。
「そんなにお土産買ったら今日の儲けなんてもうないんじゃない?」
「うん。でもまた来ようね~」
「そうだねぇ……。でも、来年の春までここで競馬やんないんだよ」
「え!?次はどこでやるの?」
「次は中山とか東京とか。あと関西もあるね」
「東京って、府中の大きな競馬場のとこ?」
「そうだよ。よく知ってるね」
こう言うと、彩花は得意そうな顔をする。
「府中は前にバイトしてたホテルもあるし、おいしいお店もたくさん知ってるー。ということで、今度は府中に一緒に行こ」
「そうだなぁ……」
「大丈夫だって。あたしもちゃんと働いてお金貯めるんだから。ねー、一緒に府中行こうよぉ~」
「そういうことなら、一緒に行こうか」
「うん!」
それからしばらく経って、彩花から弁当屋で働き始めたと電話が来た。
髪も黒く染め直したらしい。
「康平は真面目なサラリーマンなのに、あたしが派手じゃ釣り合わないもん」
そう言って、彩花は笑う。
「府中行って大儲けして、楽しい想い出いっぱい作ろうねぇ~」
そうだねぇ……。
楽しい想い出、いっぱい作りたいね。
でもね。
大儲けだけは期待しないでね。
大当たりしたこと、ないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます