第11話  ~水と油と蟲の群れ~

急遽開発された新武器、”ツヴァイレイザー”。


圧倒的な火力で二匹の上位種を一度に葬り去るが、その力の代償は大きく、コーディンは戦闘不能になってしまう。


「この前出てきた上位種に隊長が使ってた新武器って、あれはいったいどういう仕組みなの?」


基地のトレーニング室。


そこではカスケードとテルミットが世間話を繰り広げていた。


テルミットはレッグプレス、カスケードはラットプルダウンを行っている。


「いや、多分ありゃ俺たちが普段使ってるイレイザーの強化版だろうな。リミッターを外したって感じか」


カスケードの推察は当たっていた。


”イレイザー”。それは戦造人間が使う特殊な拳銃。


その実態は使用者の生命エネルギーを弾丸に変えて打ち出す装置だ。


その出力を高めたものが”ツヴァイレイザー”である。


しかし、ツヴァイレイザーは強すぎた。


開発時に想定されたある人物以外の者が使用すると、エラーを起こして膨大な破壊力と引き換えに精力を際限なく吸い取ってしまうのだ。




「隊長が復帰するまでの一週間、オレ達が前線に出ないとなぁ」


「!?」


声のした方を見ると、そこにはランニングマシンで走るファラデーの姿があった。


「えっ、ファラデー!?なんで!?入院してたはずじゃ!」


「緊急度測定が4下回ったからさ、こっそり病室抜け出してきたんだよ。三日間ずっと寝たきりだったから、体動かさないとな!」


緊急度測定とは、戦造人間の負傷度合いを測る数値である。


1から10まであり、7を上回った戦闘員は絶対安静を課せられる。


この制度には、たとえ隊長であっても逆らうことは出来ない。


「とにかく、今日から復帰することにしたから」


「いやいやダメでしょ!まだ退院許可は出てないのに勝手に出てきちゃ!!」


「別にいーだろそれぐらい、もうどこも痛んでないぜ」


未来のエースは、あっけらかんとしているのだった。







4人の戦闘員に招集がかかった。


リバース獣が出現したのだ。


レーダーによると敵は各地に散らばっているようなので、二人づつで分かれることとなった。


ヤコブは、自分のペアになる男に声をかけた。


「よぉ、お前さん復帰してたのか」


コーディンと入れ違いで戦線復帰した男が一人いる。


ロクショウだ。


「……」


「……なんだよ、まさかまだ根に持ってるってわけじゃあねぇだろうな」


「当たり前だろ。俺はお前らに殺されかけたんだぞ?」


そう、ロクショウは一度ヤコブに放り投げられた。


もっともその後直接止めを刺したのはヤコブではなくゾルなのだが。


「大げさだなァ、あの場面ではああするのが一番手っ取り早かったんだ。俺の近くに都合よく転がってきたお前が悪いんだぜ?」


「お前ら、二人で結託して何を企んでいる?」


「何のことやら?そんなことよりこれから戦う敵に集中しろよ」


目標地点にいたのは、小さい虫だった。


普通の虫よりはいくらか大きいが、それでも精々電子レンジ程の大きさしかない。


「おいおい、なんだこいつはたまげたな……小さい虫けらじゃあねえか。これぐらいなら簡単に始末できるな」


その虫が体当たりをかましてきたが、ロクショウはそれを片手であしらい地面に落下させた。


「拍子抜けにも程があるな!これじゃあ病み上がりのウォーミングアップにもなりゃしないようだ!」


地面に転がった虫は、体を小刻みに震わせている。


そしてしばらく震えた後に、先ほどよりも強い速度で突進を仕掛けてきた。


「むぅ!来るか……しかしッ!」


瞬間、ヤコブの腕が虫を叩き落としていた。


「最後の馬鹿力ってところだろうが、残念だったな。俺は機械のように精密な動きをする……相手が悪かったってわけ」


虫は地面にへばりついたまま動かなくなっていた。


「こっちは今終わった。死体を回収しに来てくれ」


その後、駆け付けた解析班員によって死亡確認がとられ、遺体はビークル内に運び込まれた。


別の地点で沢山の虫と戦った後のカスケードとテルミットと合流し、一同は基地に帰還することにした。


しばし機内に気まずい沈黙が流れる。


以前のカーマ戦でトラブルが起きた時と全く同じ面子だったからだ。


「お、ロクショウのとこのは赤色なんだな」


気まずさを破るためか、カスケードが話題を振った。


「ん?そういえば色が違うな」


カスケード達が狩った虫達の体表は緑色。


それに対してロクショウ達が狩った一匹の虫の色は赤で、心なしか他の個体よりもサイズが大きい気がした。


「群れのリーダーだったのか?はぐれたのが運の尽きだったがな」


しかし、ビークルが基地の近くまで進んだその時、ロクショウは異変に気が付いた。


死んでいたはずの虫達が特殊ケースを突き破って飛び出してきたのだ!


「なっ……何ィーーーーッ!?おい!操縦席から離れろーーッ」


「えっ……うわああああぁぁァァァッ!?」


ビークルを操縦していた非戦闘員に赤い虫が突進し、左腕を吹き飛ばした。


「痛でえぇぇぇぇ!馬鹿な!確かに死んでいたはずなのに……息を吹き返したというのかーーッ!?」


カスケードはイレイザーを構え、銃弾を乱射した。


しかし、一発も当たらない。


各々の虫達が素早い動きで弾を避けるのだ。


「スットロイゼェェェェ拳銃使イ!」


「喋った……こいつ上位種か!!」


大抵のリバース獣は破壊衝動に支配されているが、言葉を話すほどの知能を持つ者が一部いる。


それが上位種なのだ。


「俺達ノ名ハ、ヴァーミン!!オ前ラ乗リ物ニ乗ルトコロヲ待ッテタゼェ!」


「ああっ!?」


テルミットが悲鳴を上げた。


先ほど攻撃を受けた運転手の顔がどろどろに溶けていたのだ。


「ヴァァァァァァァァァカ共メ!俺達ハワザトヤラレテタンダヨォ!体液ヲ分泌サセルタメニナァ!!」


そう言うと、ヴァーミンはウジュルウジュルと音を立てながら液体を垂れ流している自らの触手を見せびらかした。


「酸!?」


カスケードが間髪入れずに銃撃するが、全く当たらない。


「マダワカランノカ!当タラネエンダヨォ!!テメェモクタバレーッ!」


しかし、カスケードの左手には二つ目のイレイザーが握られていた。


テルミットから投げ渡された物だ。


「ナンダト……」


「もらった!」


エネルギー弾を発射。赤い個体に命中するかに思われたが……


「……ナァァァァァァァァァァァァァッンツッツッツッツテ!!」


ヴァーミンは鎧のように硬い表皮で弾をはじき返してきた。


「ぶっ」


避ける間もなくカスケードの顔面に直撃。


倒れて床に頭を強打し、動かなくなってしまった。


「そんな……」


「俺ノ装甲ニ飛ビ道具ガ効クトデモ思ッタカ間抜ケガァ!ギャハハハハハハハハハハ」


「だったら、直接ぶっ叩くしかねぇな。おい、どっちでもいいからビークルを不時着させな……俺がこいつを始末する」


揺れる機体の中でも安定して歩ける脚を持ったテルミットが先に操縦席につき、ロクショウは本部へ報告を行った。


一同は基地付近の岩山に緊急不時着し、外に出た。


「大丈夫カスケード?しっかりして!!」


「くうぅ……」


カスケードの体を肩で支えながら運び出すテルミット。


「密閉空間カラ逃レタダケデ勝テルトデモ思ッテンノカァ?コノドグサレドモガァァァァ~ッ!」


「おーい!大丈夫かお前ら!」


「!?」


聞き覚えのありすぎるやかましい声が近づいてくる。


ファラデーだ。


「ちょっとあんた何してんの!?」


「何とはなんだ、助太刀しに来たんだよ!カスケード、怪我してんだろ?お前が付きっきりで守ってやれよ、俺に任せてさ」


「マタ一人無駄死ニシニ来タカ……」


「三人か……丁度いい、俺が本体を叩く。お前らはその他大勢をどうにかしろ」


「……勝手にしろ!」


言うが早いかロクショウが緑ヴァーミンの群れに突っ込んでいった。


ヤコブがその後に続き、ファラデーはその場にとどまる。


虫達は獲物のロクショウに突進していくが、独自の拳法によって勢いを殺され後ろに飛ばされる。


ロクショウがヤコブの道を開け、ファラデーがその後始末をするという寸法だ。


「他ノ奴ラヲ分散サセテ本体デアル俺ダケヲ狙オウトイウノカ!ダガ、俺ニ攻撃ヲ当テルコトハ絶対ニ出来ン!!」


赤ヴァーミンは素早い体当たりでヤコブの足をへし折った。


「ぐうっ!?」


正面から地面に倒れ伏すヤコブ。


「足ヲ封ジテヤッタゼ!コレデモウテメエハ無力!!終ワッターーーーーーッッッッッッ!!」


ヴァーミンは、ヤコブの顔に酸を浴びせようとした。


しかし、それは叶わなかった。


ヤコブの手がヴァーミンの背中を鷲掴みにしていたのだから。


「ゲッ」


「やはり安全地帯はこの背中のようだな……ご自慢の装甲を溶かすわけにはいかないからよぉ~」


「シ、シカシ馬鹿ナ!!人間ノ関節ガソンナ曲ガリ方ヲスルハズガ……ブベッ」


ヴァーミンは凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。


確かにヤコブの肩関節の可動域は普通の戦造人間と比べて明らかに異常だった。


しかし、彼には特に苦しそうなそぶりは見えない。


「プライバシーにあんまり深入りするんじゃあねえ……まぁちょっとしたブラフってやつだ。行くぜダメ押しのラッシュ」


「グ……ググ~~ッ」


文字通り虫の息のヴァーミンのうめき声など微塵も気に留めず、その腕が振り下ろされる。


何度も、何度も。往復して。



「ブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブラブブルアァッ!!」



赤ヴァーミンの体は木っ端みじんになった。


「……思い知ったか、このダボが」


そう吐き捨てると、ヤコブは足の関節を無理やり曲げて直してみせた。


その時、闘いの終わりを告げるかのような小さい軋む音がしたのだった。









「ロクショウ!後は俺に任せてくれ!新技がある!!」


「何だと?」


「……ふんっ!」


その時、不思議なことが起こった。


ファラデーの体から漏れ出ている電流が火を噴いたのだ。


「痺れるこのスパーク!燃え上がるほどにヒート!STAGE2!見参!」


「STAGE2?じゃあ今までのはSTAGE1か?」


「あ、そういえば今まで名前なんて無かったよな……じゃあさ、能力に名前つけようぜ!」


「やっとる場合か、早く行け!」


「そうはいかない。名前がある方がちょっとカッコいいからさ……よし」


ロクショウは内心呆れた。


闘いの真っ最中だというのに油断しすぎだ。


「……名づけて、ライディーンSTAGE2!!今までのはライディーンSTAGE1ということにしてくれ!」


「GSYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


当然、敵が待ってくれているはずもない。


しかし。


「ふっ、はぁっ!」


10匹。


「おらおらぁっ!」


30匹。


「ずあぁっ!!」


60匹。


「これで……どうだぁぁぁぁぁぁっ!!」


100匹。


瞬く間に全ての緑ヴァーミンを葬り去ってしまった。


「凄まじいパワーだなお前……」


「へっへーん、だろう?」


しかし、ロクショウはどこか違和感を感じていた。


上位種の癖にあまりにもあっけなさすぎではないか?


今度は燃えて灰になっているため、確実に死んでいるのだが……


(あんまり会いたくないが、このことは直接隊長に報告した方がいいかな……)


「終わったみたいね」


声の主はテルミット。


何やら不機嫌そうな顔をしている。


「早く帰るわよ、ファラデー。あんたのこと、隊長に伝えておくから」


「ええっそんな!?勘弁してくれよ!!」


敵を制して基地に帰還する4人。


しかし、ファラデー達3人は気が付いていなかった。


テルミットの口周りに怪しい灰が付着していたことを。












「テルミットの様子、おかしくないか……?」


「基地内に敵がいます!!」


「レーダーに反応がないんだぞ!?」


「見舞いに来てあげたわよ……カスケードォォォォォォォん」



次回 『アンレスト』

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