第3話 ~埋め込まれた邪心~
「ひとまず安心、といったところだな」
病棟では、ノギと医師団がコ―ディンの治療にあたっていた。
重傷を負ったコ―ディンだったが、次第に回復しつつあった。
「ノギさん!」
慌てた様子の非戦闘員が駆け込んできた。
「どうした」
「社長からの緊急伝達が……!」
何かを耳打ちされ、ノギは青ざめた。
「なに!?令嬢がヌクリアに……!?」
「……そうか」
コ―ディンを再起不能にした張本人であるボイルにも伝達は伝わっていた。
「すぐ向かう。精鋭部隊を集めろ!」
「さて、これが最後の工程だ。これを終えればもはや君は人間ではない」
「わかってる……」
「しかし令嬢の身でありながら自ら人体改造に志願するとは殊勝な心掛けだね、ミセル」
「私のためじゃない。我が社のため、そして……」
バースコーポレーション令嬢のミセルは喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
コ―ディンのため。
ミセルは以前から戦力部隊がボイル一強になることを危惧していた。
そんな時に、自分と同世代でありながら次期隊長候補と名高いコ―ディンと出会った。
「ねぇ、コ―ディンはさ、今の戦力部隊のことどう思ってる?」
ある日、ミセルは思い切ってコ―ディンに聞いてみた。
「ああ?」
突然の質問に困った顔をしながらも、コ―ディンは答えた。
「少なくともスマートではないな」
スマート。それはコーディンにとっての指標であった。
真に洗練されたパワーは無駄な破壊を伴わないとも考えていたぐらいだ。
「このままだと、戦闘員はどんどん減るだろうな」
ミセルも同感だった。
この時、ミセルはコーディンに惹かれていた。
会う回数こそ少なかったが、自分と同じ考えを共有できる初めての相手だと考えた。
しかし、それと同時に一種の危うさも感じた。
そして今、ミセルの心配が現実のものとなった。
コ―ディンが再起不能になったのだ。
もし今後ボイルがいなくなったら、主力部隊はたちまち崩壊するだろう。
しかし、もし非戦闘員でも強力な戦闘力を発揮できるようになりさえすれば状況は改善するだろう。
それを証明したい。この身を犠牲にしてでも。
今こうして人体改造を受けているのもそのためだ。
「なんだって?」
感傷に浸っていたミセルはヌクリアの呼び声で現実に引き戻された。
「なんでもないわ。早く終わらせて」
「了解……」
ヌクリアの顔に下品な笑みが浮かんだ。
「……来てくれたかボイル」
「これはこれは社長殿」
バースコーポレーション本社5番塔。その最上階にヌクリアの研究室はあった。
ミセルは人体改造が公認企画だと思っていたが、実際は違った。
全てはヌクリアの越権行為。そして令嬢は囚われの身。
この事態に対処すべく、精鋭戦力部隊と社長が直々に殴り込もうと合流した。
「できれば勝手な行動は慎んでもらいたい。何せ社長は戦造人間じゃあない」
「ふん、どの口が言うか!」
戦造人間でないものの、社長もなかなか胆のすわった男だった。
さすが世界を牛耳る大企業のトップなだけのことはある。
対ヌクリアの作戦はこうだ。
最上階にボイルを含めた戦闘員20名と社長、残りの戦闘員はヌクリアが逃げたときに備えて下の階で待機。
全員が配置についたことを確認し、社長達は研究室に突入した。
「ヌクリア!貴様私の娘を……!」
社長は驚愕した。
娘が怪しげな機械をとりつけられてベッドに横たえられていたからだ。
「えっ……?」
ミセルも驚いた。
「どういうこと……?この計画はお父様にも承知のことなのでは……?」
「とんでもない!娘が改造されるなんて、そんな話は一言も聞いておらんぞヌクリアァ!」
「ああ~ッ!そういえば……言い忘れてました。ふっハハハハハハハ!」
狭いヌクリアの笑い声が響き渡った。
「ふざけるな!今すぐ娘を開放しろ!!」
「いいですよ」
次の瞬間、ミセルは社長のもとに駆け寄っていた。
「おお、ミセル……ッツ!?」
安堵したのも束の間、社長は顔を引きつらせていた。
______________________ミセルの手が自分の腹をえぐっていたのだから。
「!?」
予想外の展開に、側にいたボイルも面食らった。
「えっ……そんな、噓、こんなっ……!?」
しかし一番驚き、怯えていたのはミセル自身だった。
手が本人の意思と無関係に動いたのだ。
それも驚異的なパワーで。
「んふふふふッ!見ましたねッ?今の彼女のパワー!そして彼女の胸部にあるものこそそのパワーの源であり私の最高傑作!あえて名付けるとすれば”邪心回路”ッッ!!」
ミセルの胸元には、確かにヴァイタルコアのようなものが埋め込まれていた。
しかし通常のコアが緑色に発光しているのに対し、こちらは濁った赤色をしていたが。
「ミセルッ……どうしてぇっ……」
社長は力なくどさりと倒れこんだ。
「そんな……お父様っ、違うのこれは私じゃ……」
「いーいや!社長を殺したのは他の誰でもない、君だよ!そう、君は既に支配されている!!」
ヌクリアが興奮気味に叫んだ。
「恐ろしいのかい?大丈夫今慣れさせてあげよう!」
いつの間にかヌクリアは拳銃を倒れている社長に向けていた。
「父親の頭蓋骨が砕け散るところを見ッッッ」
しかし、頭が砕け散ったのはヌクリアの方だった。
ヌクリアが発砲するよりも早くボイルの空気弾が命中していたのだ。
「下衆が口を開くな……!」
「うああああ~はは……!」
顔をぐちゃぐちゃに潰されているにも関わらず、ヌクリアは笑っていた。
「かま……わない……!」
ヌクリアはがくがくと震える手をコンピュータースクリーンにかざした。
「なっ……!?」
次の瞬間、ヌクリアが消えた。
死んだという意味ではない。
正真正銘、言葉通りに”消え失せた”のだ。
「一体どこに消えた…………ッ!?」
倒れた社長に目もくれず、コンピューターに駆け寄ろうとしたボイルの前に立ちはだかる者がいた。
ミセルだ。
「何をなさ…ッ!?」
次の瞬間、ミセルの蹴りが空を切った。
「ミセル様!?」
その場にいた戦闘員達は突然の事態に唖然としていた。
凄まじい衝撃が遠く離れていてもビリビリと伝わってくる。
ボイルはとっさに後退りしたが、もし食らえば大きなダメージを負っていたことだろう。
「ミセル様!」
一人の戦闘員が駆け寄ろうとした。
「一体どうしてしまったので……!?」
べちゃっという音が聞こえ、彼は。
自分の身長はご令嬢よりも大きいはず。
なのになぜ自分の目線は彼女の足と同じ高さしかないのか……?
そんなことを考えてを中断させるかのように、真横でどさりと音がした。
何故か首が動かないから、目線だけを……
「………………!?」
そこにあったのは、首から上がなくなった男の体。
「これはッ……俺の……!?…………ということは……」
目を下に向ける。
そこにあるはずの胴体がない。代わりに冷たい床と生暖かく赤い液体だけがあった。
その意味を認知すると同時に訪れた断末魔の痛みに絶叫せずにはいられなかった。
「ぎ痛だぁアアアいいいいいいいいいいいいいい!!俺の首ッッッッひっあああちぎられてるぅぁぁぁああああああああああああああああいづのまにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「どうした……だァァァ?」
ミセルが戦闘員の首を見下ろす。
おしとやかなイメージのある普段のミセルとはまるで別人。
悪魔にでも憑りつかれたかのようなおぞましい顔だ。
「どうしたってェェェェェェェェェ?そんなのわっかんないわよぉぉぉォォォォォォ……わかんないけどぉぉなぁんかぁぁぁ"HIGH"ってヤツよねェェエエエエ!」
「ぶ”っ”」
ミセルは叫びながら地に転がった戦造人間の首を西瓜のように踏みつぶした。
「見てよコレ!戦造人間の頭ァァァ粉々に砕けちゃった!スゴォォォいパワーよォこれはアアアアアア!!」
「撃てぇぇぇぇぇぇ!!」
見かねた戦闘員達が発砲した。
全戦闘員の共通装備の一つ、"イレイザー"。
それは戦造人間のために特殊な銃であり、戦造人間の生命力を材料にエネルギー弾を発射する。
使い手の実力に比例して威力も上がる。
18名の精鋭達の集中射撃ともなれば、並のリバース獣なら簡単に倒せる代物だった。
しかし、ミセルは違った。
全弾をノーガードで受けて傷一つ負っていない。
「あんた達の威力ってそんなモンなのォ……?」
「……何ッ!?」
「そういえばさァァァ、熟練した戦闘員はイレイザーを介さずにエネルギー波を出せるらしいわよねェェェェ……私もやってみようかしらァ」
ミセルが腕を振った瞬間、18名の戦闘員達の胴体が吹っ飛んだ。
彼らは口を開く暇さえ与えられないまま息絶えた。
「……どうしてそうなったのかは知らんが、大したパワーだ」
しかし、一人だけ生き残りがいた。
ボイルだ。
「こういうのはどうでしょうお嬢様。乱心した令嬢が突如発狂し、戦闘員数名を殺害。しかしその正当防衛として戦力部隊隊長ボイルによって処刑された、というのは……」
口調こそ丁寧だが、その目は殺意に満ちていた。
令嬢を殺して鬱憤を晴らせる。責任も経営側に押し付けることができる。
正に一石二鳥。またとない好機だ。
「あらぁァァ……いいんじゃなあい?」
興奮しているのはミセルも同じ。
今や彼女は人でも戦造人間でもない。もはや殺戮マシーンそのものだ。
膨大な殺気を放ちながら睨みあう二人。
周囲の大気がうねり始めていた。
「応答がありません!」
「一体最上階で何が起こっているんだ!?」
一つ下の階で待機していた小隊は混乱していた。
状況が把握できない。
確かなことは、上から凄まじいパワーを感じるということだけだ。
「くそっ……今日は厄日か?」
訓練生のシナプスもそのメンバーだった。
本来なら精鋭部隊に参加するのはコ―ディンのはずだったが、補欠としてシナプスが呼ばれたのだった。
「俺も無事で帰れるかどうか……!」
シナプスはコ―ディンの、いや、戦力部隊全体の心配をしていた。
嫌な予感がする。
とてつもなく嫌な予感が……
to be continue…
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