第2話 ~暴圧は止まらない~
ボイルより先に試合の舞台に到着したコ―ディンは、ヴァイタルコアを胸部に押し当てた。
その瞬間、胸に触れた部分から大量の黒い糸が飛び出し、白タンクトップだけだったコ―ディンの上半身がたちまち漆黒に染まっていく。
指先から首元まで、顔を除いた全ての体表が黒い繊維に覆われた。
下半身も例外ではない。
ズボンやシューズで隠れていて見えないが、股間や足も余すところなく覆われていた。
これこそが、全戦造人間の共通装備だった。
ただの布のようにも見えるが、圧倒的な強度と柔軟性で戦造人間の肉体を保護している。
装着者の生体エネルギーを吸い上げて構築されたものだ。
戦闘員だけでなく、非戦闘員も同じ装備を着けている。
もっとも戦闘員と非戦闘員のコアは規格が違い、戦闘員用の方は装着者への負担が遥かに大きいため、戦場にいない時は外されていることも珍しくない。
しかし、熟練した戦闘員の中には、常にコアを着けっぱなしにしている者もいた。
現戦力部隊隊長のボイルもその一人だ。
これは試練だ。
試合開始を目前にして、コ―ディンはそんな考えを抱いていた。
武舞台の周りの客席からの沢山の視線。
特に上層部からの視線を意識せずにはいられなかった。
奴らはきっと俺を見極めようとしているに違いない。
ボイルとは違う強さを見せつけなければ。
保身のためだけではない。
これから起こることは、俺の人生において非常に重要な糧となるはずだ。
これといった理由こそ無いが、コ―ディンはそう確信していた。
そんなことを考えているうちにボイルも武舞台に上がってきた。
「ただいまより、隊長ボイルと訓練生コ―ディンの試合を開始します!」
審判の声が響き渡ると同時に、コ―ディンはボイルに向かっていった。
先手必勝。
それが今のコ―ディンの信条なのだ。
しかし、ボイルはそれをかわそうともせずに完全にガードしていた。
「大丈夫なんだろうね……」
観客席でボイルの上司が苦い顔をしていた。
コ―ディンならボイルを倒せるかもしれないと聞いていたからこそ、この試合を企画したのだ。
しかし現状は圧倒的にボイルが有利。
このままでは上司の計画は破綻してしまう。
「なぁに、心配いりませんよ。計算通りならね……」
上司の心配を他所に、隣に座っているヌクリアは怪しげに微笑んでいた。
(くそっ……)
コ―ディンは焦り始めていた。
実力差は覚悟していたがまさかこれほどとは。
(こんなに厚い壁なのかッ!)
コ―ディンはボイルの方針に不満を持っていた。
いくら敵を倒すためとはいえ、仲間の犠牲を厭わない戦い方はスマートではない。
だからこそ自分が次期隊長に就任し、方針を変えようと思っていたのだ。
しかし、この有様だ。
ボイルに手も足も出ていない。
このままでは、ボイルに口出しする権利など得られるはずがない。
(いくらなんでも……この厚さはねえだろう!!)
「づりゃぁああああああああああああああああああ!」
(若造が……)
ボイルは失望していた。
今回の試合に上層部の悪意を感じていたため多少警戒していたが、実際戦ってみると拍子抜けした。
あまりにも弱すぎる。
わざわざ本気を出すまでもなさそうだ。
「づりゃぁああああああああああああああああああ!」
コ―ディンが拳を振りかざして向かってきた。
一方的な展開に焦っているのは明らかだった。
疲労からか、それとも恐怖からか、足取りもふらついている様に見える。
「ふんっ」
ボイルは右手の平をかざし、そこから空気弾を放った。
小さいが、この距離で食らえばどんなに強く踏み込もうと確実に場外に吹っ飛ぶ。
(終わった……所詮クズだな)
ズメキャアッ。
次の瞬間、鈍い音が響いた。
「……うん?」
一瞬、ボイルはそれをコ―ディンが場外に落ちた音かと考えた。
しかし、次の瞬間にその認識が誤りだと悟った。
「……なんだとッ!?」
自分のすぐ横でコ―ディンが拳を地面にめり込ませていたからだ。
音の正体は、武舞台にヒビが入ることで生じたものだった。
「馬鹿な……」
「うおりゃあああああっ!!」
間髪入れずにコ―ディンが第二撃を加えてきた。
彼自身、どうして自分が無事なのかを理解してはいなかったが、とっさに体が動かすことが出来た。
生まれ持っての天才的な素質の賜物だ。
「舐めるなこの餓鬼ッ!」
「うわぁっ!」
大きく振りかぶった拳をボイルに手で払いのけられ、勢いでコ―ディンは吹っ飛ばされた。
たしかしギリギリで場外はまぬがれた。
ボイルも不意を突かれて動揺していたため、腕に力が乗らなかったのだ。
「ハアッハァッ、ふざけた真似を……」
今にも飛び掛からんとしているボイル。
しかし次の瞬間、不思議なことが起こった。
突然ボイルの頭に強い衝撃が走り、横に転倒して頭を勢いよく地面に叩きつけられたのだ。
試合に立ち会っている全員が息をのんだ。
「何が起こったんだ!?今……」
観客席にいたシナプスは絶句した。
「おぉおっ!?」
上司達は驚き半分喜び半分といった様子だった。
観客はもちろん、近くでその様子を見ていたコ―ディンさえも状況が理解できずにいた。
しかし、ボイルだけは自分が何をされたのかを理解した。
(今、衝撃は斜め下から飛んできた。その方向にあるものは……)
ボイルの目線の先にあるのは、先ほどコ―ディンの拳によって割れた地面の"隙間"。
(そしてあの触感は……間違いなく俺自身の空気弾そのものッ!)
常識的に考えて、コ―ディンに放った空気弾がボイルの方に向かってくるなんてあり得ない。
いくらコ―ディンが天才とはいえ、実戦経験の無い訓練生のパワーで空気弾をはじき返すなど不可能だ。
しかもすぐではなく何秒かのタイムラグがあった。
返ってきた攻撃。時間差。そして"隙間"。
にわかには信じ難いが、仮に自分の立てた仮説が正しいとしたら……
考察が終わる前にコ―ディンの飛び蹴りがボイルに命中した。
「ぐはぁっ!」
「ふんっ!」
「ぐぅうっ!」
命中しては離れ、命中しては離れる。
所謂ヒットアンドアウェイ戦法だった。
ボイルはスマートで洗練されたコ―ディンの動きに対応できず、一方的に攻撃を受けている。
(何かわからんが、勝てる!)
もはや形勢は完全に逆転していた。
(こいつ……生かしておけないッ!生かしておけば確実に俺の邪魔になるッ!!)
目を前に向けると、コ―ディンが眼前に迫ってきていた。
アッパーの体勢だ。
「来るか……」
「づあッッ!……ああ?」
今度はコ―ディンが驚く番だった。
目の前からボイルが消えていた。
空振りしたはずなのに、一体どこに消えたのか。
「だが次の一手で終了だッ!」
上空から声がした。
見上げると、ボイルは真上に飛び上がっていた。
既に豆粒ほどの大きさにしか見えなくなっている。
その時、コ―ディンはようやく気が付いた。
辺りに不自然な風が吹いていたことに。
ボイルが能力で風を起こし、自分の体を上に運んでいたのだ。
しかし時すでに遅し。
「アアハァアアアアアアアア!!」
雄たけびと共に時速100km重さ100kgの膝蹴りがコ―ディンの胸に叩きつけられた。
「ぐげっ」
ミシミシッとヴァイタルコアにひびが入り、コ―ディンの意識は黒に塗り潰された。
観客席にざわめきが広がる。
致命傷だった。
いくら戦造人間といえども、ボイルの全力の落下攻撃を食らって耐えられるわけはない。
「そんな……」
「おい、判定はどうした」
引いている審判をボイルは睨みつけた。
「えっ……しょっ、勝者、ボイル!」
これに慌てたのは上層部の人間だ。
頼みの綱のコ―ディン敗北してしまった。
しかも、建前とはいえ練習のための試合で相手に致命傷を与えるなど前代未聞だ。
この一件が世に出回れば、バースコーポレーションは多大なバッシングを受けることになるだろう。
「ヌクリア貴様ああああああああああああ!これはどういうことだ!」
上司の一人が血相を変えてヌクリアの胸ぐらを掴む。
しかしヌクリアの方は悪びれる様子も無かった。
「あぁあぁ残念です。ちょっと予想が外れましたね」
「ちょっと……だと……?もういい!貴様はクビだ!」
そう吐き捨てると、上司たちは足早に去っていった。
しかし、ヌクリアは何故か余裕げだった。
「いいんですよもう……私の計画はこれから始まるんですから」
「ボイル!お前一体どういうつもりだ!」
部屋に戻ったボイルの元にノギが駆けつけてきた。
「なんの話だ?」
「とぼけるな!ナンバー1の訓練生を故障させるなんて!わざとやったんだろう!」
「あぁ…まあ、本気を出し過ぎてしまったかな」
「なんだと貴様ぁ!隊長として、恥を……」
恥を知れ、とノギは言おうとした。
しかし言えなかった。
ボイルがこちらを見ていた。
その目で見つめられるだけで、気力を砕かれるような感覚に襲われた。
「……弱者が恥を語るな」
その一言で、ノギの中で何かがキレた。
「っッ…!もういいッ失望したッ!お前との付き合いも、今日これまでだッ!」
そう吐き捨て、ノギは部屋を去っていった。
向かった先は病棟。
そこには重傷を負わされたコ―ディンが搬送されており、ノギがその治療を担当することになっていた。
バースコーポレーション本部の最上階に存在する秘密の部屋。
その存在を知る者は誰もいない。
ただ一人、ヌクリアを除いて。
「さて……私のために働いてくれよ」
そう呟くヌクリアの手元には濁った赤色をしているヴァイタルコアに似た円盤。
そしてその目線の先には、一人の少女がベッドに横たえられていた。
to be continue…
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