第4話 ~暴圧の終焉~

異変が起こってから既に10分が経過していた。


 


上の階から凄まじいエネルギーを感じる。


 


それも一つではなく二つだ。


 


二つのエネルギーが激しくぶつかりあっている


 


そのせいでエレベーターは故障し、精鋭部隊のほとんどが下の階に取り残されていた。


 


戦闘員の一人がモード変更の操作をし、胸部からヴァイタルコアを取り外した。


 


ヴァイタルコアには通信機器としての機能も搭載されているのだ。


 


「ボイル氏からの連絡は?」


 


「まだ来ていません!」


 


既に何でも通信を試みているが、いずれも応答なしだ。


 


「我々が階段で上がります!」


 


「あっ、おい待て!」


 


上司の制止を無視して戦闘員4名が階段を駆け上がっていった。


 


「……うわああああああああああああああああああああ!!」


 


程なくして悲鳴が響き渡った。


 


上司が様子を確認しに行くと、そこにはおののいている戦闘員3人と、道を塞ぐ瓦礫だけがあった。


 


瓦礫の下からは、人の腕と赤い液体がはみ出ている。


 


「ここはもう無理です……!」


 


一人が絞り出すようにそう言った。


 


もう


立ち向かおうとする気力さえもへし折られたようだ。


 


「一体上で何が起こっているというのだ……」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「くっ……なんて奴だ……!」


 


ボイルは戦慄していた。


 


ボイルの空気弾をまともに食らったはずのミセルが無傷で立っていたからだ。


 


遡ること10分。


 


血が広がった最上階でボイルとミセルは向かい合い、互いの様子を伺っていた。


 


最初に攻撃を仕掛けたのはボイルだった。


 


西部劇のガンマンの如く、腕を上げると同時に空気弾を発射。


 


たちまち爆煙が舞い上がった。


 


「……なんなのォォ?今のさァァァァァ」


 


ボイルの自信が揺らいだ。


 


俺の空気弾は並の戦造人間では耐えられない。


 


既に部下で実験済みだ。


 


(一体こいつの体はどうなったというんだ……!?)


 


「それじゃ次はこっちの番……ほらほらほらほらぁっっ!!」


 


ミセルの 反復攻撃ラッシュがボイルを襲った。


 


「ぐふっ……ッ!」


 


ボイルの胸骨がきしんだ。


 


スピードも、パワーも、いかにもお嬢様といった風な華奢な外見に似合わない程に上昇している。


 


「なんか反応しなさいよぉぉぉぉぉ隊長さぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 


「ぐおあああああっ!?」


 


ミセルの拳に吹き飛ばされ、ボイルは壁に叩きつけられた。


 


「さぁぁぁて……とどめ、刺しちゃおうかしらねェェェェェェッ!」


 


「ぐぅぅ……アアハァアアアアアアアア!」


 


ボイルは力の限り叫んだ。


 


それと同時に大量の気がボイルの体内から放出される。


 


「あらァ……まだやれるんじゃん」


 


「はぁ…はぁっ…よくもこの俺にここまでやってくれたな……!」


 


密室の中で、強烈な風が吹き荒れた。


 


「そんなお嬢様には……この、戦力部隊隊長ボイルの真の威力、思い知らせてくれるッッッ!!」


 


勢いよくボイルが飛び出す。


 


弾丸よりも速いそのスピードに対応できず、ミセルはその突撃をガードできなかった。


 


「くぅゥゥ……ッ!今までは本気じゃなかったとでも言いたいわけ!?」


 


吹っ飛ぶ途中で地面に足を立てて体勢を立て直したミセル。


 


「調子ぶっこいてんじゃあないわよ35のオッサンがあアアアアアアアア!!」


 


追撃せんと向かってくるボイルに蹴りを入れる。


 


威力は相殺され、ボイルが一瞬よろける。


 


その隙を逃さず第二撃を……___


 


「ッツ!?」


 


ミセルの拳は空を切り、地面に当たっていた。


 


視界からボイルが消えていた。


 


普通なら、あの姿勢で攻撃を避けるなど不可能なはず。


 


だがその瞬間にボイルがどうなったのか、ミセルには見えていた。


 


彼は空気で自分の体を運び、超スピードで回り込んだのだ。


 


回り込んだ先は……当然、”背後”。


 


「そらぁッ!」


 


ボイルの強烈な正拳突きが背中にめり込む。


 


「ギッ」


 


その衝撃と激痛に耐えかね、ミセルはあえなく吹き飛んだ。


 


「ギアぁアアアアアアアア……!!」


 


勢いのまま地面を転がるミセル。


 


その顔からは先ほどまでの余裕は消え、代わりに激しい憎悪がそこにあった。


 


「ぶっ殺す……!許さないブッ殺すゥゥゥゥゥゥ!!」


 


「許さないだと?」


 


反撃の姿勢をみせるミセルに対してボイルも身構える。


 


「こちらは最初から許すつもりなど無い」


 


「………………」


 


数秒の沈黙の後、二人は同時に駆け出し、攻撃に移った。


 


「こォの下衆がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 


「アアハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 


激しい 反復攻撃ラッシュのぶつかり合い。


 


ゴンゴンという凄まじい音と衝撃波が部屋中に響きわたる。


 


「アォボォッ……!」


 


競り勝ったのはボイルの方だった。


 


拳が土手っ腹にクリーンヒットし、ミセルは今にも吐きそうな苦悶の声を漏らしている。


 


「終わったな……。結局この俺に風が吹いていたというわけだ」


 


「くっ……」


 


情けなく倒れこんだミセルを見下ろすボイル。


 


もはや勝負は明白なように思われた。


 


だが、違った。


 


「……自分の勝ちだ。そう思ってるんでしょ?」


 


ミセルの顔に笑みが浮かんだ。


 


「……何?」


 


「確かにあんたは強い……間違いなく最強の戦造人間よ……さっきだって徐々にパワーが増しつつあった……あんな短期間で急成長するなんて正直今の私にも不可能」


 


淡々と言葉を述べるミセル。


 


「もしこれ以上戦いが長引いていたら……負けていたのは私の方だった」


 


その言葉にボイルは疑問を抱いた。


 


「貴様一体……ッ!?」


 


ボイルの質問が終わるよりも早く、弾丸がボイルの胸を貫いていた。


 


「…………何だとぉぉォォォォォォォォォォォォ!?」


 


「かかったわねェ間抜けがァアアアアアア!!」


 


ボイルの断末魔の叫びに被さるようにミセルの高笑いが響いた。


 


「さっきあんたが私の攻撃を避けたとき!地面に小型のミサイルを仕込んでおいたのよォォォォォッ!!これこそヌクリア様の技術力の賜物よねェェェェ…………えっ……?」


 


一瞬、ミセルの顔に正気が戻った。


 


(私、今”ヌクリア様”って……なんで…………!?)


 


ミセルの心に迷いが生まれていることなど知らないボイルは激昂していた。


 


「この……俺がっ…………この俺がああああああっ!」


 


「!!?」


 


その時、ミセルは見た。


 


ボイルの体から、目に見える黄金のオーラが漏れ出始めている所を。


 


その瞬間、恐怖が疑問を塗りつぶし、ミセルは再び殺人マシーンに戻ってしまった。


 


「いい加減……くたばりなさいァァァァァァァァァァ!!」


 


腕が振り下ろされ、のめり込む。


 


胸骨を粉砕され、心臓が潰される。


 


「ごっ」


 


ボイルは、息絶えた。


 


体を纏いつつあったオーラも、みるみるうちに消えていく。


 


「勝った……ッ!」


 


しかし安堵も束の間、ボイルの遺体から凄まじい突風が発生した。


 


「!?」


 


部屋の中の機材はもちろん、壁や床まで抉り取っていく。


 


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?……」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「……そんな!?」


 


「どうした?」


 


下の階で待機していた小隊に悲報が届いた。


 


「た……隊長の生体反応が……消えました、完全に……」


 


「なんだって!?」


 


その場の全員が示し合わせたかのように驚いた。


 


リバース獣の最上位種さえも倒したあのボイルが死んだ。


 


その知らせは、戦造人間達の士気を打ち砕くには十分過ぎた。


 


「一体どんな化け物が相手だっていうんだよ……」


 


メンバーの大半が完全に意気消沈する中、とあるメッセージを入力している男が一人いた。


 


シナプスだ。


 


(すまんコ―ディン、俺はもうダメかもしれない……!)


 


シナプスは死を覚悟していた。


 


いくら将来有望とはいえ、訓練生では戦闘力はお察しだ。


 


ならばせめて、ある重大な事を伝えておきたい。


 


(これが、遺言ってヤツなのか……)


 


次の瞬間、塔が振動した。


 


「なんだ……!?」


 


上を見た瞬間、その意味はわかった。


 


床が崩れ落ちてきていたのだ。


 


その瓦礫は、当然戦闘員達に降り注ぐ。


 


「うわああああああああ……」


 


それだけではない。


 


瓦礫に続き、暴風が吹き荒れ、壁を抉り、潰された戦造人間達をフードプロセッサーの如くかき回した。


 


 


 


____こうして、バースコーポレーション本社5番塔の頂上部は崩壊。


 


戦闘員達は……ほぼ全滅した。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


「くそっ…………!」


 


「落ち着くんだコ―ディン!過ぎたことだ、もうどうにもならん!」


 


治療室から出ようとするコ―ディンをノギが制した。


 


「違うんですよノギさん!俺が心配しているのは今後のことです!戦闘員がいなっくなったら、残っているリバース獣をどう駆除するんですか!!」


 


「大丈夫だ、最近生まれたばかりの新世代がいる!」


 


「じゃあそいつらが成長するまで待てというんですか!?そんなことはできない!」


 


「そうだな……」


 


正論を突き付けられ、ノギは黙ってしまった。


 


「……俺が戦うしかないのか」


 


コ―ディンは冷静さを取り戻していた。


 


「そうだ……今や君が希望なのだから……?何をしているんだ?」


 


コ―ディンがベッドの下に手を突っ込んでいる。


 


「すみません、ちょっと……おかしい……またコアが消えた……さっき新品をもらったばかりなのに……?」


 


探し物をしているようだが、コ―ディンが貴重品を簡単に紛失するとは思えない。


 


不審に思ってベッドの”隙間”を覗いてみると……


 


「これは……!?コ―ディン!ベッドの下を見ろ!」


 


「一体どうしたんで……!?」


 


二人は目を疑った。


 


そこに広がっていたのは、”亜空間”だった。


 


言葉には形容し難いが、その異様さは一目でわかった。


 


「これはッ……!?」


 


コ―ディンが手を引っ込めると同時に、空間は元に戻った。


 


「あっ……あったね、ヴァイタルコア。」


 


「ああ……はい」


 


ノギの言う通り、そこにはヴァイタルコアがあった。


 


ノギからコアを手渡されながらもコ―ディンは驚きが消えない様子だ。


 


「まさか……これは俺の、”能力”だというのか……?ボイルのような……?」


 


「隙間に亜空間を生み出す能力か……」


 


隙間に手を入れることで亜空間を生み出す。


 


お世辞にも戦闘向きとは言い難い。


 


「だが、能力が発現したのだから、高い戦闘力を持っているということは間違いない……コ―ディン!」


 


ノギは何か思いつめた顔でコ―ディンを見た。


 


「……しばらくの間、最前線で戦ってくれないか?」


 


ノギは”覚悟”を要求しているのだ。


 


不況の中意思を黒く保ち続けることに対する覚悟を。


 


「……もちろん」


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


それから16年が経過した。


 


とある山奥の川沿いに悲鳴が響いた。


 


空から巨大な鳥のリバース獣が降りてきたのだ。


 


キャンプ中の一団は全員一目散に逃げ出したが、一人の子供が石に躓き転んだ。


 


「KYOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 


鳥は逃げた大人達を追いかけようと走り出した。


 


道に転がっている子供の頭上に、巨大な足が振り下ろされ……


 


「ズブゲッ」


 


しかし、子供は無事だった。


 


足が地面に触れるよりも早く、鳥は何者かに蹴りを入れられ、吹き飛ばされていたからだ。


 


弾丸のように突っ込んできた”それ”は、人の形をしていた。


 


”それ”は壁にめり込む鳥を尻目に、子供に声をかけた。


 


「今のうちに、早く逃げろ」


 


 


 


 


 


 


彼の名はコーディン。年齢34歳。


 


バースコーポレーション戦力部隊隊長であると同時に、この物語の主人公。


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