真夏の夜と、都市伝説
小高まあな
真夏の夜と、都市伝説
「ちっとも進まないわね」
助手席のママのイライラした言葉に、
「だからもう一泊しようって言ったんだよ」
運転席のパパも同じような温度感で言葉を返した。
「そりゃあ、あなたは自分の実家だからいいかもしれないけど。もう一泊なんて肩身が狭くてヤダ」
「よく言うよ、昼頃まで寝てた癖に」
「ほんと、進まないわね」
「混んでるのはしょうがないだろ、Uターンラッシュなんだから。もう一泊が嫌なら、お盆外せばよかったのに」
「お盆以外、絵美香の塾があるから無理って言ったでしょ」
「別に塾ぐらい休ませればいいじゃないか。まだ四年生なんだし」
「そんなんじゃ中学受験失敗するでしょ」
「いや、そもそも中学受験する必要あるか?」
どんどんヒートアップしていく。後部座席の私を置いて。
山口のおばあちゃん家からの帰り。高速道路改め、低速道路。正直、毎年毎年同じようなことを言っているうちの両親は進歩がないと思う。
そんなことより、
「ねぇ」
声をかけると二人は驚いたような顔をした。
「あら、起きたの?」
ママが慌てて笑う。寝てたとしてもあの声で言い争われていては、多分起きただろう。
「ラジオつけて」
もうすぐ始まるから、と付け加える。ママが笑顔を貼り付けたまま、カーステレオに手を伸ばす。
日曜の夕方に始まる番組は、今私達のあいだで流行ってる。人気のアイドルグループのメンバーが週替わりでパーソナリティを担当するから。いつもこの時間は塾だから、後で配信使っているので、リアルタイムで聞けるのはなんだかちょっと嬉しい。
少しノイズが混じった中、いつものオープニングが聞こえてきた。
「はい、こんにちは! ネナトウーラの日曜日は終わらない。今週はオレ、レンと」
「ナツの担当ですー。よろしくお願いしますー」
「さてさて、お盆休みも今日で終わりって人も多いんじゃないかなーと思いますが。あれかな、車の中で聞いてる人も多いんじゃないかな?」
「レンは夏どっか行ったの?」
「行ってないわ、仕事だわ。ってか、八割一緒だったじゃん」
「ああ、そっか」
「そんなへにゃへにゃ笑われても。まあ、いいや。サクッとお手紙いきましょうか。今月のテーマは夏だし、都市伝説だったんだけど……」
「色々きたよねー。じゃあ、まずこれから。栃木県のシューくん大好き! さんから」
「あー、今日、シューいなくて申し訳ない……」
「ネナトウーラの皆さんは、宇宙人って信じますか? 実は既に地球に住み着いているらしいんです。もうずっとずっと前に、住む星が無くなったからと地球に来て、地球への移住を希望している宇宙人がいます。政府の偉い人達は知っていて、彼らと交渉をしています。帰る場所がない彼らを追い返すことも出来ず、移住させる方向で話が進んでいます。でも、私たちは宇宙人を見た事ないですよね? ……レン、ある?」
「ないよ。宇宙人ってどんなん? クラゲみたいな?」
「書いてあるよ。えっと、その宇宙人というのは、身長が三メートルぐらいある他は、とても人間にそっくりらしいです」
「人間そっくりでも、三メートルあったら目立つだろうね」
「そして、一日起きたら四年間眠り続けるそうです。それが、その星の生活リズムだそうです。四年間寝ていて、たった一日しか起きないから目撃情報が少ないらしいです。あと、政府との話し合いが進まない」
「移住したいのに、致命的だな、それ」
「噂によると次に起きるのは今年のお盆ぐらいだそうです。この話、どう思いますか? だって」
「お盆? じゃあ今の時期じゃん。どっかで出くわしたりして」
「レンは信じる派?」
「オレは最近、世の中には奇妙なこともあるんだなって思うと楽しい派」
「楽しいさなんだ」
「ナツは? ナツこそ、こういうの好きじゃないの?」
「あー、自分で見たもの以外、信じない派なんで」
「へー、意外」
「三メートルもある人間なんて……、八尺様の見間違えじゃないの?」
「んー、話がおかしくなってきたぞ。八尺様ってあれでしょ、ぽぽぽぽとかいって歩く妖怪みたいなやつ」
「そうそう。サイズ的には……」
「いや、サイズ云々じゃねーよ。見たもの以外信じないんだろ? 八尺様見たことあんの?」
「ふふふ」
「いや、ふふふじゃねーよ、こえーな」
「ぽぽぽぽっぽっぽっ」
「真似すんなよ! こえーから!」
「……あれ?」
いつの間にか、眠っていたようだ。
顔を上げると、運転席にパパの姿はなかった。ママは助手席で寝てる。
外を見る。どこかのサービスエリアのようだった。パパ、トイレ休憩かな。
時計を見ると、日付変わってすぐぐらいだった。さすがに山口から東京は遠いよね。パパは明日休みだけど、私は塾だ。ちょっとめんどくさい。
しーんとしてる。
なんとなく外を見る。トラックの運転手が、自分の車に戻っていく。
トイレの方には人がいるんだろうけど、ここからじゃよく見えない。端っこのベンチに腰かけた女の人が一人見えるだけ。自動販売機の明かりで照らされた髪が、赤い。派手な人だなー、不良かな。
そこまで考えて、何かが変なことに気づく。違和感。
隣の自動販売機との、高さの比率がおかしい。すごく背の高い人かも知れないけど、でも、こんなに背が高いことある? まるで三メートルぐらいありそうな。
そこまで思って、ラジオの話を思い出した。宇宙人。目覚めるのはお盆ぐらい。もしかして……今日?
女の人が顔を上げた。目が合った、気がした。遠い距離なのに。顔、よくわからない距離なのに。
女が立ち上がる。やっぱり、大きい。自動販売機よりも、かなり……。
女が一歩前に踏み出す。こっちに向かって。
ひっと喉の奥で悲鳴が上がって、慌てて両手で口を塞ぐ。刺激しちゃダメだ。
ママは起きない。
外を見てられなくて、頭を膝のあいだに突っ込むようにして、体を低くする。
見たら殺されるのかな。ラジオではそんなこと言ってなかったけど。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。
どれだけそうしてたか、わからない。
ガチャっと、ドアが開く音がした。どうしよう、あれが入ってきたら。あれがっ……!
「ふー、よっこいしょ」
聞こえてきた間抜けな声に、張り詰めた気持ちが緩んだ。
顔をあげる。パパだった。
「あれ、起きた?」
私に気づくと笑う。
「まだもうちょっとかかるよー」
「パパ、外、大きい人いなかった?」
「ん?」
「そこ、自動販売機のとこ、大きい人がいたの!」
パパは私の指の先を目で追い、
「誰もいなかったよ」
優しく笑った。
「変な夢でも見たんじゃない? ラジオで言ってたし」
「そうなのかな……」
言われてみれば、そんな気もする。宇宙人が地球に来てて、しかも四年も寝るなんて非現実的だ。
「絵美香、焼きおにぎり食べる?」
パパが持っていた袋を開ける。
「あ、食べるー!」
自販機の焼きおにぎり、大好きなのだ。おばあちゃん家に車で行った時しか食べられない、貴重なもの。
パパが一個渡してくれる。
「ねー、パパ。さっき言ってたみたいな宇宙人がいたらどうする?」
「んー、まあ、地球に来ちゃって、一度あげちゃったなら受け入れるしかないよね」
パパは焼きおにぎりを三口で食べ終わる。
「宇宙だとUターンするの難しいだろうしね」
「そういうもの?」
「そういうもの。ま、あの話が本当でも四年に一度しか話し合い出来ないなら、地球で市民権を得るのはすごい先になるだろうね。絵美香もおばあちゃんになってるかも」
「げー」
おばあちゃんになった自分なんか、想像できない。考えることは軽いホラーだ。
パパの休憩が終わって、車がまた走り出す。
窓の外を眺める。渋滞は緩和されてて、高速道路はちゃんと高速だ。
流れる景色の中、赤い何かと、ぽぽぽぽという音を聞いたような気がした。でも、一瞬。多分、そう、真夏の夜の夢ってやつ。
真夏の夜と、都市伝説 小高まあな @kmaana
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます