よい子の剥がれたメッキ(後編)
ところが一年も持たなかった。部活にもちょくちょく顔を出すようになり、また忙しくなっていった。先輩とも仲良くなれたし、体力もあったからそんなに苦ではないはずだった。しかし塾、家庭、学校すべてを両立させる精神的な能力は成長していなかった。その事実は、唯一いっちょ前な自尊心から受け入れられなかった。そこで私はまた嘘をついた。
「ただ、漠然と体調が悪いです。目眩と吐き気がして……」
うつむいたり、ふらついたりして体調が悪いと言うように、この体調のせいでなんの気力もわかないといったふりをした。そしてどうしようとないというふうな顔をされるとなんだか騙された人間が滑稽に思えて、腹の中で笑い続けた。こうしてまた隠したいものが、ひとつふたつ増えていった。
一方で真面目な自分がいた。自分の嘘に騙されて、本当に体が脆くなったのである。動けば怪我をするし、大好きなゲームやパソコン弄りにさえ集中できない。
こんなことがあった。久し振りに授業に出た。体育の授業は陸上競技をやっていて、種目は自分で選ぶことができた。私はクラブ所属で長距離専門だったが引きこもりになってから練習などしていなかった。ここで長距離を選択すると部活をやっている人(陸上部はなかったが)に追い抜かれると醜態を晒す羽目になると考え、逃げ道にハードルを選んだ。基本は知っていたし、選択者の中では一番速かった。そして同級生へのウケも良かった。「あいつ速えじゃねえか!!意外なんですけど!?」みたいなね。ところが、調子に乗りすぎてしまい、途中でぶつけて脚を負傷してしまった。これを切っ掛けに目の前の世界が突然ぐにゃぐにゃし始め、フレアのように渦を巻き、吸いこまれてしまった。ここからは覚えていない。保健室のベッドにいた。
そのとき理性が騙されたことに気づいた。そして恥ずかしくなった。今考えたら今までで2番目ぐらいの大恥だった。(一番目は言えない。多分おっさんになって酒飲んで酔っ払ってから言えることだから。)
家にいる理由もないし、学校に行く理由もない。人を騙した罪の重さも感じた。居場所は受験勉強の建前で塾にいるしか無かった。受験勉強があったから塾に閉じこもれた。塾にいれば友達がいた。心の中身全部を打ち明けることはなかったけれど、教えあったり夏休みの生活をほぼ共にすることで、いつしかお互いに信頼するようになっていた。塾を卒業するときにときに泣かれたのは初めてだった。某私立校に合格が決まったときの後、私は絶対自分に嘘をつかないと心に決めた。
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