こんな空にUFO
GROTECA
3月末の外待雨
未確認物体って矛盾してない?
確認したのか、してないのか、未だ確認不足のその体、やっぱりあなたしかいないよ。
妖怪とか幽霊とか、小さい頃はよく見た気がするけど、女の子って人間でしょう。
おばけはすぐ側にいたりするのに、目を離した隙にあの子はどんどん遠ざかる。
未確認、物体。
俺が気にしてるのを知ってか知らずか、すぐに方向転換、気配すらも束の間。
冷たいもんだね、舐められたもんだよね。
もし、生きてるなら、あったかい体温示してみてよ、俺はね、よく子供体温だなんて言われんだよね、羨ましいだろうから、いつもここで待つことにしているのに。
例えば雨の日。
俺は男のくせに、ビニ傘に加えて折りたたみ傘まで備えている。
あの子が傘を忘れたりしたら、(本当は一緒に同じ傘の下で帰りてー)、さっきまで使っていたこのビニ傘を無言で差し出そうと思ってる。
ちゃんと貸してあげられたら、雨の中を走って行く背中まで見せつけてやりたいけど、そんなの今時流行らん、素直に折りたたみを出して、彼女を安心させて少し足早に先を行くさ。
……そう意気込んでるんだけど、そもそもあまりあの子を目撃できるはずもなく、帰るふりをしてまた戻る、学校に用があるふりをしてまた帰る、……。
やっぱり、未確認物体。
俺がもっと、オカルトのネタになるぐらい興味深くて有名になったら、この日常も少しは、いやだいぶ、変わるような気がしないでもない。
毎日じゃない、幸運にも彼女を見たら、その中でやっと少しずつ情報を集めているのが、切なくて仕方がない。
分かるか?男は女々しい生き物なんだ。
いくら真面目そうでも、グレてこじれてそうでも、男はみーんな女々しいんだ。
それに比べて、怖気ずくほどに強いあなた。
凛としたあなた。
今なら言うけど、俺、失敗したんだ。
大雨のあの日、さ、あの子、俺に気付かずに通り過ぎってったんだよ。
ざんざんぶりの大雨に打たれながら、気持ちよさそうに、すこぶる解放的な笑顔で、俺の知らない歌なんか歌いながら、俺の横を軽やかに駆け抜けてた。
蘇るのは、少し不揃いな長い髪の先っぽだけ。
いらないんだ。
あの女の子には、傘なんて。
そんな物を二つも持ち歩いてた俺なんて。
だから失敗。
今まで夢中になってたよ、悪いね。
久々に耳鳴りがする。
気を抜くといつもこうだ、現実なんかすぐに遠くなる。
誰も俺の話なんか聞かないのに。
あなたに気付いてもらえなかったあの日、どんなに立ち尽くしても、あの未確認物体が引き返してくることなんて、なかったもんな。
もしかしたら、あれ?って。
俺の名前を知ってくれてたりしてさ、二塚じゃん!って。
遠くで振り返って、大きな声で呼んでくれるかもなんて。
あー、突っ立った電柱、俺は待ってばかりの鉄塔くん、ジメジメした感情、最後のチャンス、何もかもどうでも良くなって、それでもあの歌、俺の知らないあの歌、負けた気になって悔しい。
どうせなら最後まで、不様ってやつに拘ってやろうか。
走って帰る。
今日は、走って帰る。
あの子を探さずに、脇目も振らずに、なんにも待たないで、走って帰る!
速い、速いよ、俺。
こんなに早く走れたんだ、遊。
二塚遊、ゆうくんじゃない、すさむ、だよ。
俺はずっと、名前を間違われがちな影の薄い奴だけど、今回ばかりはそうはいかない。
身体の弱そうな男子高校生、全力疾走。
頼む、ほんと、今なら、あなたのトレンドになれそうな、……だから、この先でどうか、会えますように、……。!
知らないことだらけだ。
世の中なんて、知らないことしかないんだ。
いつもの帰り道が、走っただけで転ぶような微妙な坂道になってたなんて、さっき、知った。
転んだ。
痛い、恥ずかしい、誰もいない。
俺の全力なんて、こんなもの。
また、あなたに知られないまま、全力が終わってしまった。
いい、もういい、俺がこんなに空回ってること、きっと誰かには伝わってしまっている。
それがあなたじゃなければ、一番、幸せなのかもしれない。
でも、こういう時の不思議な感覚。
これだよ、これ。
きたきたきた、会える、会えるよ。
今引き返せば、あなたに!
何を話すかは決めてある。
雨上がりに、虹はつきものだから。
まだ確認してないけど、彼女に会って空を見上げた時、絶対に見えるはずだ。
分かるか?男はロマンチックな生き物なんだ。
大丈夫、身体なんか全然軽い。
青空。
危うい呼吸、切り刻まれた肺。
斜め前、歌い出しそうな頬。
未確認を、今。
この瞬間に。この瞬間を俺が、
「や! あそぶくん」
先に気付かれたあげくに、やっぱり名前、間違えてる。
遊と書いてすさむなんだよ、俺は。
「さっき走ってっただろ、うん?空なんか見上げて、君の好きなUFOでもいた?」
ちげーよ。
そうじゃなくて、まずさ、俺はあそぶくんじゃなくて……。
「あれ、ゆうくん、だったかな?UFOだけに……」
「UFOじゃなくて、……UFOはもうよくて!」
キョトンとしてしまったこの未確認物体に、もうこの脈の早さでぶちまけよう。
ほら、今上を見あげれば、この子もつられて上を見るから、そしたら何度も思い描いた、雨上がりの虹の話を。
走って走って、霞んでくだけだった鮮やかなイメージを、その通りにできるから、顔を上げろ、俺。
「でないなぁ、虹」
え?
「雨上がりなのに、虹がないよあそぶくん」
風。
土埃。
思わず何も考えずに上げた顔、間抜けだったかも。
「UFOのほうが、良かった」
物憂げという言葉は、こういう顔に良く似合うのだろう。
……見蕩れるな、止まるな。
あなたの欲しい言葉は分からない、俺が言えることを言うしかない。
「こんな空にUFO?」
笑え。
笑え。
微笑むんじゃない、歯を見せて、ガキのように。
安心して、不安なんかない。
憂いなんか忘れて、二人で立とうよ。
今更になって、一つ思い出しそうだけど、構わない。
あなたが言うだろうから。
「あは、UFOじゃないよ、」
「UFOじゃないけど、」
「わたし、絶対あんたの名前間違えてるよね?」
「そうだよ、けど、俺も何にも知らない」
「わたしのことね」
「歌ってばっかのスキップ女」
「ばーか!ふふ、言えてるけど」
「雨が好きなんでしょ?」
「……名前が、疎雨だからー」
「やっぱりそうなんだ」
「知ったかぶりうざーいね、」
なんてね、と笑う顔が幼くて動揺する。
嬉しくなって一緒に笑おうとしたその瞬間、女の子は笑うのをやめてしまう。
「……ぽつりぽつりと、まばらに降る雨なんだ。それでもいいと、言ってほしい。……通じるかな、あそぶくん」
あそぶくん、と呼ぶのが気になりすぎる。
通じるはずもない、抽象的すぎて。
それでも何かを言わなきゃ、悲しませる。
「俺は、」
もうこの際、虹なんか架かるな。
「俺は、こんな空にUFOだよ」
空が、青い。
「遊と書いて、すさむだし、オカルト好きでからかわれてばっかで、ずっとグレてるけど、」
「……そんな名前、わたしと同じくらい読めねーよ」
勇気を振り絞って言ったのに、彼女の返しはシンプルすぎて、案外、どうでもよかった。
なんだ、あんたもギャグなんじゃん、と。
落ち込みやすい人生に、お互い滑ってばかりいるんだ、と。
だけど、こんなのは、思った以上にずっと続くんだ、と。
分かるか?
オカルトでも、メルヘンでも、こんな空にUFOを。
恥ずかしい話、あの後あなたは、俺があんなに引き返したこと、全部確認しやがった。
こんな空にUFO GROTECA @groteca
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