2-3 割引券盗難事件
昼食を食べ終わると、あの部屋へ向かうために旧学生会館に足を向けた。
午後の講義は全て切る予定だ。
5階にたどり着き、見慣れた扉を開くと珍しく先客がいた。
「……ん。なんだ詳か。一瞬またお客さんが来たのかと思ったわ」
「昨日、八代さんが来たのにか? こんなところに連日客が来るわけないだろ」
「まぁそうよね」
「そういやお前講義はどうしたんだ? まだ2限の最中だろ?」
「火曜は私3限からなの。……覚えてなかったの?」
「いや、興味ないし」
「はぁ……」
『3限からならここにいなくても、まだ家にいれば良かったんじゃないか?』と聞こうとしたが、別に口にするほどでもないかと思い直した。
いつもの定位置に座る貴理の対面に座り、荷物を下ろす。
すると、テーブルに置いた『例の悪戯に使われた道具』に貴理が興味を示した。
「……あれ? そのカードと紙きれは何?」
「あぁ、ちょっと悪戯されたみたいでな」
「へー、どんな悪戯?」
静かに本が読みたかったんだけど……と思いつつ、ここで誤魔化すと余計に面倒なことになるのは知っているので、素直に話すことにする。
「実はさっき学食で昼食を食べていた時、目を離した隙を突かれて席にこれが置かれてた」
テーブルの上に置かれたカードとウェブ新聞のコピーと思われる紙を指さす。
「……それだけ?」
「いや、席に置いていったはずの割引券がなくなってた」
「え!? 盗まれたの!? ちょ、他に無くなった物はないの?」
盗まれたとは言ってないが、ここで反論するのも面倒だ。
「財布とスマホはズボンのポケットに入れて持ち歩いていたし、席に置いていったのは割引券の他には上着とカバンだけで、そっちは無事だった」
「……本当? 気づいていないだけで、何かなくなってるんじゃないの?」
「カバンの中身は教科書と筆箱くらいだし、一応筆箱の中も確認した」
「つまり、犯人は割引券だけ盗んで、わざわざカードと新聞記事のコピーを置いていった?」
「そうだ」
「それが、単なる悪戯?」
「そうだ」
「そんなの、私納得できない」
「はぁ……」
見出しが『今どき高校生の恋愛事情、デート等の実態!』と書かれている新聞記事のコピー。
それと、白馬に乗った骸骨の騎士がⅩⅢと描かれた旗を持っている絵柄のカード。下側には『DEATH』と書かれている。
カードは記事のコピーの上に逆さまに置かれていた。
言うまでもなく俺のものではない。
あの時テーブルの上に置いておいた割引券と引き換えに、席に置かれていたものだ。
「ただの悪戯で、わざわざこんなことするとは思えないわ」
「単に目立ちたかっただけだろ?」
「だとしても、犯人が伝えたいメッセージとか、犯行の法則性があるはずよ」
「割引券盗られただけで熱くなりすぎ……」
「詳は気にならないの!?」
「別に」
「割引券を盗られてるのに!?」
「あんなの別にどうでも良いし、盗られたところで痛くないし」
盗まれたのが財布やスマホなら大ごとだが、たがか割引券だ。
それに、割引券だけ盗ってカードを置く、なんて明らかに悪戯。
元々使う予定のなかったものだし、俺は気にしないことにして大好物の肉を楽しんだのだ。
「盗られたときに怪しい人物を見た目撃者とか、捜さなかったの?」
「捜すわけないだろ……」
「あぁもう、詳はこれだから! 私は気になるわ! 何でこんなことしたのか!」
「さいですか」
「だから、考えるの手伝って」
「えぇ……」
例のごとく貴理に押し切られ、残された2つの物の精査をすることになってしまう。
「カードの方はちょっと心当たりがあるから、私が調べるわ。詳はそっちの紙をお願い」
「はいはい……」
貴理に言われてウェブ新聞のコピーと思われる紙を、よく見てみることにする。
『今どき高校生の恋愛事情、デート等の実態!』
本日は今年で高校三年生になった、
「学生の男女関係については、昔に比べると積極さがなくなってきていると一般的に言われてますよね。ほら、草食系って言葉が流行ったりして。実際はどうなんですか? 付き合う回数とかカップルの数、デートの回数とかあまり多くはなかったりするんですか?」
渡貫さんが回答を渋っていると、刈谷さんの方が答えてくれた。
「いや、そんな少なくはないと思います。自分たちの周りにも普通にカップルがいますし、デートだって普通に行きますし」
「では、世間のイメージ程消極的なわけではないと?」
「自分はそう思いますね」
「なるほど。ところで、お2人はどうやってお付き合いされたんですか?」
唐突に繰り出された筆者の意地悪な質問に対し、2人は多少赤面しながらも答えてくれた。
「えーっと、まず自分の方が凪沙に一目ぼれしちゃって……共通の友人だった
「ほー、ラインですか。凄い便利ですよね」
筆者も高校生になる息子からラインについては聞いているし、筆者自身も家族と連絡を取るときによく利用している。
息子から聞いたところによれば、彼のクラスの全員がラインをやっていて、クラスの皆でグループを作ったりもしているのだとか。
連絡事項等はそこでやり取りされ、個人的なやり取りもラインですることが基本だと聞いた。
そしてラインを通じて、『友だちの友だち』といったそれまでは関係が希薄だった人達とも仲良くなり、そこで気が合えばお付き合いが始まることも多いらしい。
つまり、話を聞いた渡貫さんと刈谷さんの交際は、今どきの高校生のスタンダードということだ。
「その後何回かラインでやり取りして、2人で遊びに行こうってなって……」
「お、デートですね?」
「はい。それでお互いに気が合うことが分かって、自分から告白しました」
「なるほどなるほど。いやぁ、甘酸っぱいですね! 因みに、デートはどこに行くんですか?」
「え? 別に普通ですよ? 映画とか遊園地とか……」
「その辺りは私が学生だった頃とあまり変わりませんね」
「そうかもしれませんね」
より詳しく話を聞いてみたい気もしたが、流石にこれ以上根掘り葉掘り聞くのは野暮というもの。
これくらいにしておこうと思い、質問を終えた。
(筆者:左沢浩二 平成28年6月26日)
特別何かがあるわけではない普通の記事だ。内容的には、読んでいるのが嫌になるほど苦痛だが。
強いて何か言うのであれば、日付の所だけ微妙にフォントが違う気がした。
ただ、俺はフォントに詳しいわけではないし、コピー記事だから印刷の時に何かあっただけかもしれない。
つまり、目につくようなことは何もない、ただの平凡な恋愛記事だ。
「やっぱり……」
俺が目を通し終わるのとほぼ同時に、貴理から声が上がる。
「何か分かったのか?」
「ええ。このカードはタロットの大アルカナに属するもので、13番目の『死神』」
「タロット? 名前ぐらいしか知らないな……」
「私も全部は知らないけど、大アルカナくらい知ってなさいよ」
「まずその大アルカナってのが分からん」
「簡単に言えば、タロットカードの中での分類よ。一組78枚のうちの22枚を指すの」
「タロットって78枚もあったのか」
「そうよ。で、問題の大アルカナは0の『愚者』から始まり、1の『魔術師』、2の『女教皇』、と続いていって、最後は21の『世界』」
「……あぁ! ザ・ワールド!」
「……何を想像しているのか大体分かるけど、そのス〇ンド名はタロットから取られたものね」
「てことは、このカードはデス13」
「まぁ、それの元になったカードってこと。意味は停止、終末、破滅、決着、死の予感、そして……盗難という意味もあるみたい」
「なら、そのカードは犯行声明ってことか」
「そうかもね……あ、裏に何か書いてあるわ」
「カードの裏に文字?」
「えぇ……『distortion』って」
『distortion』? 聞いたことがあるような、ないような……
恐らく英単語か。意味は分からないが、まぁ大したことはないだろう。
「そっちの紙はどうだったの?」
「いや、普通の新聞記事だ。特に怪しいところ、というか、意図を感じさせるようなものはない」
「ふーん……とりあえず、今までの情報をまとめてみるわ」
貴理が手帳を取り出すと、いつも通りペンを走らせる。
・被害者:
・犯行場所:学生食堂
・犯行時刻:2限の最中 (午前10時半過ぎ~午前12時の間)
・盗まれたもの:割引券
・現場には『死神』のタロットカードと新聞記事のコピーが置かれていた (置かれていた状況は別図)
・タロットの裏には『distortion』というメッセージ
貴理はカードと新聞記事がどのように置かれていたかまで聞くと、それも手帳の別ページにメモしていた。
「うーん、これだけじゃ何も分からないわね」
「当然だ。だから悪戯だって言ったろ?」
「そうと決めつけるのはまだ早いわ。何か心当たりないの? 盗みそうな人とか……」
「これだけのヒントでそれが分かったら天才だ。それに、あの学食に何人の人がいたと思ってるんだ? 容疑者が多すぎる」
「そうよね……あ、動機の線から探るのは?」
「わざわざ割引券を盗んでこんなことする動機なんて、悪戯以外に思いつかない」
「うーん、手詰まりね……」
「良かった。じゃあこんなことさっさと止めよう。俺は読みかけの本の続きが気になってるんだ。このままじゃ、夜しか眠れない」
「それは正常よ」
はぁ、と貴理がため息をつくと、いきなり貴理のスマホからブザー音が響きだした。
「いけない、そろそろ行かないと3限に遅れちゃう!」
「それは大変だ。頑張ってきてな」
「くっ……気になるけど仕方ない。今回の件は後回しね。てか、あんたも3限あるんじゃなかった?」
「お前の勘違いだ」
「本当、あんたって奴は――」
貴理は何かを言いかけたが、ここで言い争っている時間はないと悟ったのか、一瞬俺を睨みつけてから慌てた様子で部屋を出て行った。
これでやっと静かに本が読める。自分で淹れた紅茶で一息つくと、気になっていた続きを読むため、カバンからクリスティーの『オリエント急行の殺人』を取り出した。
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