カードマスターさくら編 1
私は今、赤茶色のレンガで敷き詰められた道をゆっくりと歩いています。
足を一歩進める度にレンガと靴がかもし出すコツコツという音がとても軽快で、足音を聞きながらずっとこの道を歩いていても楽しい時が過ごせるそんな場所。
それにここは地面だけじゃなく建物の色も赤茶色系で統一されているので、景色を眺めているだけでもゆったりとした時を過ごす事が出来ます。
――この場所は通称赤レンガ通り。
昔ながらの落ち着いた雰囲気が染み付いているこの通りは私のお気に入りスポットの1つになっています。
基本的にはカフェやブティックなどオシャレなお店が立ち並んでいる通りなのですが、私の目的地はそのジャンルのお店とはちょっと違って―――――。
「…………つきました」
赤レンガ通りの端っこにポツンと建っている小さなお店。
ここは色んなゲームが楽しめるゲームカフェのホビーキングダム。
私がちょくちょく足を運ぶこのお店は、今日もお客さんで溢れかえっているのが透明な自動ドア越しからでもよく見えます。
「忍さんは……………どうやら先に来てるみたいですね」
常連さんとのゲームに勝って勝ち誇っている友人の姿を見つけた私は自動ドアをくぐってお店の中へと入っていくと、お客さんの入店を知らせるタラララリラ~ン、ズドドドド~ンと聞き慣れた軽快なメロディと共に、これまた聞き慣れた声が私の入店をお出迎えしてくれるのでした。
「いらっしゃい。桜ちゃん。忍はもう来てるわよ」
この人は忍(しのぶ)さんのお姉さんの鳴海(なるみ)さん。
整えられたセミロングの髪に、動きやすさを重視した青いトレーナーとナチュラルカラーのズボンを履いています。そして、胸にはお店の名前とマスコットキャラクターであるメビウスくんがプリントされたエプロンをかけていました。
ふとしたきっかけでゲームの楽しさを知り自分でお店をオープンさせるまでに至った凄い人です。
普段はこのお店のオーナーとしてお店の経営やお店番をしているのですが、人数が足りない時にゲームの相手をしてくれたりもします。
…………ただ、ゲームの腕前はあんまりなので、お客さんのはずのこっちがルールの説明や接待プレイをしないといけなくなるとなど、稀にどっちがお客さんなのかよく分からない状況になってしまうのが玉にキズなのですが、今ではそれも魅力の1つとして常連さん達からは愛されているみたいです。
「はい。お店の外から見えたので知ってます」
「あはは……あの子目立つからね~」
鳴海さんは少し苦笑いを浮かべた後、私の立っている入り口の横に設置してあるレジに移動して、メニュー表を差し出しました。
「それじゃあ今日はどのくらい遊んでく?」
「…………そうですね」
ここのカフェは基本的には1時間300円でゲームを遊ぶ場所の提供とドリンク飲み放題がついてくるのですが、お得な3時間や5時間パックも用意してあるのでかなり悩ましくもあります。
「決めました。今日は――――」
「あっ。そうだった!」
私がプランを決めようとした瞬間、鳴海さんは何かを思い出したようにぽんと水平に開いた手にグーを乗せて漢字の旦みたいなポーズを取ってから、レジの下からガサゴソとカードの様な物を取り出して私の前に置きました。
「じゃっじゃーん。なんと! なんとぉ! 最近うちのお店はお得な年間パスポートを開始しちゃったのでした~」
「おおっ!? 鳴海さん、それは凄いです!!!!」
年間パスポート。
これを買えば一年間の間、何回このお店に来ても無料で好きなだけゲームが楽しめると言われている――――――あの!! 年間パスポートではないですか。
これはどんな事をしてもゲットしなければいけません。
「あ、あのっ。ではその年間パスポートを―――――」
「けど、そう簡単にはあげられないかなぁ~」
「…………むぅ。ケチンボです」
「ふっふ~。では特別に我が試練を乗り越える事が出来たら桜ちゃんに年間パスを売ってあげようではないか~」
鳴海さんは両手を組みながら妙なおじいちゃん言葉を使って私に挑戦してきました。
決闘者としては一度挑まれば挑戦は断るわけには行きません。
「…………では、今回もいつものアレで対戦ですか?」
「そうね。アレで勝てたら年間パスは桜ちゃんの物よ」
――――まあ勝利した後に貰えると言っても購入する権利が手に入るだけで、それとは別にお金を払う必要があるのですがここで突っ込むのは野暮なので今は置いておきましょう。
私は鳴海さんの後に続きお店の中央にあるテーブルに付くと、鳴海さんはぱぱっと手際よく対戦の準備を終えました。
―――――今こそ対戦の時です!!
「と、言うわけで~~~~」
鳴海さんは右手にマイクを持ちながらくるりと右に回転して。
「桜ちゃんの年間パスポート購入戦、始めるわよ~」
「お~」
「…………ちょおおおおっと、まったあああああっ!」
司会用のスポットライトを浴びている鳴海さんと、対戦の準備が出来て右手をグーにして上に突き上げた私の前に少し不満気な顔をした人物の姿がありました。
「――――あの、忍さん。せっかく盛り上がってるのに水を差さないで欲しいのですが…………」
「そうよ忍。せっかく他のお客さんも盛り上がってきたのに」
「盛り上がるって何で私が毎回桜とナル姉の遊びに付き合わないといけないのよ!」
この人物は鳴海さんの妹の忍さんです。
見た目は鳴海さんの2Pカラーだと思ってください。
「説明雑すぎでしょ!!」
「あの……心を読まないで欲しいのですが」
「そんな事より何で私が対戦相手なのよ。ナル姉がやればいいじゃない!」
「だって私はこのゲームのルール知らないし、知ってる人がやらないと駄目じゃない?」
「それに鳴海さんが相手だと確実に私が勝ってしまうので、見てる人も面白くないと思います」
「…………そんな事言って私が桜に勝っちゃったらどうするのよ?」
「あら? その時は桜ちゃんには参加賞で年間パスをあげるから問題無いわよ?」
「戦う前から勝利は決まってます」
「この対戦自体、意味無いじゃない!!!!」
忍さんは両手で机をドンと叩いて立ち上がりました。
ちなみに机ドンはあまりマナーの良い行為では無いので、出来ればしない方がいいと思います。
「まあまあ。最近はイベントも無かったし、たまにはこういう事も必要でしょう?」
「それに忍さんは盛り上がってる常連さん達をがっかりさせてもいいのですか?」
久しぶりのイベントに湧き上がる常連さん達でしたが、イベントが中止になるかもしれないので、ちょっとしょんぼりしています。
「うぐっ。分かったわよ。やればいんでしょ、や・れ・ば」
「やったぁ。お姉ちゃん忍の素直な所好きよ」
「――――ふぅ、忍さんにも困ったものです」
「どっちがよ!!!!」
「それじゃあ勝負はいつも通りデュエルバーサスでいい?」
「私は別にいいけど、桜はデッキ持ってきてるの?」
「はい。持ってきてるので問題無いです」
私はお気に入りのカバンからデッキケースを取り出して、机の上にコトンと置きました。
「オッケー。言っとくけど手加減とかしないんだからね?」
「こっちも全力で勝ちに行きます」
「ルールはドロー1枚、フリーエントリー、最新禁止制限バトルで良いわね?」
「オッケー。ドロー1枚、フリーエントリー、最新禁止制限バトル!」
「了解です。ドロー3枚、フリーエントリー、最新禁止制限バトル」
忍さんもデッキを用意して今から勝負開始で―――――。
「…………ちょっと待って。なんで桜だけドロー枚数多いのよ?」
「すみません、言い間違えました。ドロー1枚でした」
「こっちがだいぶ不利になる所だったじゃない!」
「ドロー枚数が同じでも忍さんが不利なのは変わりませんよ?」
「ふん。言ってくれるじゃない」
「ま~ま~。2人共、始まる前に気がつけたからいいじゃない」
と、いう事で開始前に色々とありましたが、やっとゲームが始まりそうです。
鳴海さんは再びマイクを握り直して、ゲーム開始のコールをしました。
「コホン。それじゃあ2人の了承も取れた事だし――――」
「…………私は微妙に納得出来てないんだけど」
「忍さん。ここまで来たら観念してください」
「はいはい。わかりましたよ~だ」
「――――そういえば忍さん」
「ん? どうかした? 桜?」
「――――ゲームスタートっ!」
「私の先行です。ドロー!!!!」
「ああっ!? ずるっ」
鳴海さんのゲーム開始の声を聞いた瞬間、私は自分の先行を宣言して即座にデッキからカードを1枚引きました。
このゲームは先行がかなり有利になっていて、フリーエントリーだと最初に先行を宣伝した方が先行になるので、どうしても勝ちたい勝負では相手よりも早く先行を宣言する事がこのゲームの基本戦術になっています。
他にも宣言が被ってしまった場合は後に言った方にペナルティが入るので、あえて相手にかぶらせるように宣言させるなどのテクニックもあるのですが、今回は使わないでおきました。
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