バトロワ編 その16
―――――――――と、言うわけで。
「沖縄にきたあああああああああ~~~~」
「お~」
照りつける太陽の元、私と忍さんは沖縄の地に降り立ちました。
「こら~。勝手に行動しない! 2人共浮かれすぎじゃない?」
私達は後ろからの声に振り向くと、そこには引率役を引き受けてくれた忍さんのお姉さん、鳴海(なるみ)さんの姿がありました。
「え~。そんな事いって、ナル姉も楽しみにしてたじゃん」
「そ、それとこれとは話が違うわよ!」
私は姉妹2人のやり取りを見ながらカバンに目を移すと、持ってくる予定だった荷物をカバンの容量の都合で断念したのを思い出して少し物足りない気分になってしまいました。
話は荷造りをしていた数日前にさかのぼります――――――。
「むぅ。荷物が入りきらないです」
私は着替えやサンダルなど旅行に必要な物一式をリスト化してカバンに詰めていたのですが、リストの半分も入り切らないままカバンはパンパンになってしまいました。
「必要最小限に抑えたはずなのに…………。こうなったら着替えを一日分少なく…………それより水筒をもう少し小さめのサイズに変更した方がいいかも――――」
どうやら私がいくら考えても全ての荷物を入れるのは不可能なようで、これを全てカバンに詰め込むのはどんな高難易度のパズルゲームより難しい気がしました。
「――――もっと大きめのカバンが無いかお母さんに聞いた方が良さそうですね」
私が立ち上がろうとした瞬間、部屋の入り口から私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「あら。まだ準備終わらないの?」
「あっ、お母さん」
ドアの横にはお店のエプロンをつけたお母さんが私を見下ろすように立っていました。そう言えばそろそろお店の開店時間だった気がします。
「明日から旅行なんだし、今日はお店の手伝いはいいから早く準備終わらせちゃいなさい」
「そうなのですが、困った事にカバンが小さくて荷物が全部入りきらなくて…………。もう少し大きめのカバンって家に無かったですか?」
「大きめって――――。それもかなり大きいカバンだと思うんだけど、まずは必要無いもの減らしたら?」
「私もそう思ったのですが、困った事に全て必要なのです――――」
私は持ち物リストをお母さんに見せると、なぜだかお母さんは少し呆れたような顔をして。
「…………ねぇ桜。リストの一番上に花丸マークがつけてあるブレマジガイドブックって何?」
「これなのですが、この本を入れたらカバンの3分の1くらい埋まってしまって困ってるんです」
「―――――ちょっとカバン見せてくれる?」
「え? 別に構いませんが――――」
私はカバンの口を広げてお母さんに見せると、お母さんはおもむろにカバンに手を入れてガイドブックを取り出してしまいました。
「お、お母さん。一体何を!?」
「ほら、これで沢山入るようになったから他のいれちゃいさない」
「――――あの。それだとガイドブックが入らないのですが」
「こんなかさばるの入れるから全部入らないんでしょ。ガイドブックが欲しいなら観光ガイドでも買って入れときなさい」
「観光ガイドとブレマジガイドブックは違うのですが――――」
と、言った感じのやり取りがあって。お母さんのおかげて荷物は全てカバンに入りきったのですが、やっぱりガイドブックを持っていないと少し落ち着かない気がします。
「どこかで観光ガイドを買わないと――――」
私は観光ガイドを売ってる場所を探すために飛行機のゲートをくぐると、そこには碧く澄みきった空と真っ白な砂浜、そしてどこまでも続く青い海が広がっていました。
ここから海までは結構距離があるのですが、海を眺めているだけでザーザーとまるで波の音が聞こえてくるような感覚に包まれてしまいました。
ザー、ザー、ザー。
そう、こんな感じの音が――――。
ザー、ザー、ザー。
「――――おや? なぜだか本当に波の音が聞こえてきてる気が」
まだ海までは遠いのになんでだろうと周りを見ると、少し離れた場所に小さな売店があって、その横には小豆をザルにいれて左右に揺すっている装置が置いてありました。
「セルフ波の音!?」
この奇妙な物は何なんだろうと近付いていくと、お店の中にある椅子に座っていた人の姿が見えました。
飛行機のゲートからは丁度死角になっていて見えなかったのですが、真っ白な服に赤いエプロンをして黒い帽子を被っている人です。
けれどちょっと不思議に思った事は、小さい帽子を深く被りすぎている為か髪の毛が帽子を貫通するように帽子の上から突き破っていて、モジャモジャの髪の毛が顔を出している事です。…………この人は一体誰なんでしょうか。
「お嬢ちゃん。ウチに何かようかい?」
――――どうやら店員さんみたいです。まあ、お店の中にいるのでどう考えても店員さんなのですが、少し変わった感じがしました。
「えっと。このお店は何屋さんですか?」
「海の家さ。波の音が聞こえるだろ?」
「――――なるほど、海の家屋さんでしたか」
確かにお店の前にあるケースには焼きそばやタコ焼きが入っていて、後ろにはサーフボードや浮き輪が置かれていたので海の家で間違い無さそうなのですが、どうして空港の中にあるのでしょうか。
「何か買っていくかい?」
「その。すみません今は特に欲しい物は無いのですが――――」
「ここは初めてだろ? じゃあコイツが無いと始まらねぇな」
「――――コイツ?」
店員さんは棚の下から1冊の本を取り出して私の前にトンと置くと、それ以上は強引に私に進める事はしないで黙っています。
今は特にこれといって欲しい本は無いですし、あまり大きな物を買ってしまうと荷物になってしまうので、ここはゴメンナサイと買うのを断るべきなのでしょうが――――。
「――――それにしても何故だか心引かれるような。――――この感覚は一体」
私はそのまま本のタイトルへと目を移すと、そこには――――。
「――――こ、これは!!」
「どうだい? これがあればこの辺の事は一発よ」
「沖縄観光ガイドブック!?」
事前にネットで色々と調べていたのですが、私とした事がついうっかりガイドブックを買うことを忘れてしまってました。
けれど、到着した瞬間に買うチャンスが巡ってくるなんて、なんて偶然。
もう私の中から買わないという選択肢はポンと消え去りました。
「――――ひ、ひとつ下さい」
「へへっ、毎度。お代はこの中に頼むさね」
そう言うと店員さんは被っていた帽子をひっくり返して私の前へと突き出してきました。
この中に入れろって事なのでしょうか?
「では、これでお願いします」
私はコインを帽子の中に投げ入れたのですが、穴が空いているのでそのまま下にコトンと落ちてしまい、そのまま机を転がって行きお店の横にあるセルフ波の音製造機の小豆の山に吸い込まれてしまいました。
「―――――あ」
私は申し訳無さそうに店員さんさんを見たのですが、店員さんは特に気にした様子は無く。
「はい丁度。ほら持ってきな」
「――――あの。お金が転がって行ってしまったのですが」
「お金ならちゃんと貰ってるさ」
そう言った店員さんは右手を開くと、そこには私の払った500円玉が握られています。
「あれ? 転がって行ったはずでは――――」
「ちょっとした手品さね。まだ何か必要かい?」
「いえ、今回はこれだけにしておきます。ありがとうございました、それではこれで」
「おう。また来な」
ガイドブックを受け取った私は忍さん達と合流する為に飛行機のゲートに戻って行ったのですが、そこには2人の姿はありませんでした。
「――――あれ? どこかに行ったのでしょうか?」
ちょっぴり不安になりながらガイドブックを持つ手に力を入れると、携帯デバイスが鳴り出したので確認してみると、どうやら忍さんからの通話でした。
「もしも――――」
「こら~。勝手にどっか行ったらダメじゃない!」
私が喋り終わるよりも早く私の顔の前にドアップの忍さんのビデオ通話の画面が迫ってきてちょっとたじろいてしまいました。
けれど、はぐれてしまったのは私が勝手に1人で行動してしまった事が原因なので、謝らないと。
「――――すみません。ちょっと変わったお店があったので。…………その、つい」
「もぅ。私達は空港の入り口にいるから早く来なさいよね! ナル姉には私から言っとくから」
「わかりました。すぐに向かいますので、ちょっとだけ待っててください」
私は急いで空港の入り口へと向かうと、忍さんとお姉さんの鳴海さんは待ちくたびれたと言いたげな顔をして待っていました。
「――――おまたせしました」
「あっ、桜ちゃん大丈夫? 急にいなくなったから、変な人にさらわれちゃったかと思って心配しちゃった」
「すみません、次からはちゃんと言います」
「あれ? ねえ桜、その本って来た時に持ってたっけ?」
「――――本ですか?」
忍さんがハテナを頭の上に浮かべながら私の右手を見ています。そう言えばさっき観光ガイドブックを買った事を2人にはまだ報告してませんでしたね。
「じゃっじゃ~ん。見て下さい、なんと売店で観光ガイドブックを買ったんです!」
「……ねえ忍? 桜ちゃん、なんか変なテンションじゃない?」
「あ~。桜は好きな物の事になるといつもこんな感じだから気にしなくてもいいから」
「そうなの?」
「そうなの。 ――――それより桜、そんなの買っていきなり荷物を増やさなくてもスマホで調べれば良くない?」
「――まったく。忍さんは解ってませんね。ネットには載ってない情報も沢山あるんですよ? そういったネットには無い隠れた名所の情報を得る為にガイドブックが存在しているというのに」
「そこまで言うなら、例えばどんなのがあるわけ?」
「そうですね。例えば―――――」
私はガイドブックを開いてペラペラとページをめくり、気になる場所を見つけたので忍さんに教える事にしました。
「忍さん。今日の夜にハブ対マングースをやるみたいです」
「あれ。それって確か禁止になったんじゃなかったっけ?」
「そうね。確かかなり前からやってないと思ったけど、桜ちゃん、その本っていつ頃出た物なのかしら?」
「えっと―――――ちゃんと今年出た本みたいです。ちょっと気になるので行ってみませんか?」
「う~ん。私はちょっとパスかな、忍と2人で行ってきたらどう?」
「別に私もそこまで行きたくは――――」
「解りました。では忍さんと2人で行ってきます」
「そうね。楽しんで来て」
「2人共、私の意見は無視かい!」
「でも桜ちゃんを1人で行かせる訳にもいかないでしょ?」
「そうです。1人だと退屈なので忍さんもついてきてください」
「なんか微妙に納得いかないんだけど…………。ま、まあ、桜のおかげで旅行に来れたんだし、今回はしょうがないから付き合ってあげる」
「そうと決まったら早くホテルに行きましょう。せっかく来たんだし、こんな所でいつまでも立ち話してるもの勿体無いでしょ」
そう言うと鳴海さんはアタッシュケースに手をかけて早く早くと急かして来たので、私と忍さんもそれに続いて空港から出て行き、タクシーでホテルまで直行するとそのまま部屋に荷物を放り投げ、すぐに観光に向かう事にしました。
「まずはどこにいこっか? 昨日いろいろ調べてたら行きたい所沢山あったんだよね~」
忍さんが目をキラキラ輝かせながら話しかけてきました。どうやら忍さんも旅行を楽しみにしてくれてたみたいです。
――――けど、忍さんには悪いのですが、私は最初に行く場所だけは決めていたのでした。
「あの。最初に行く場所は私が決めてもいいですか? ――――どうしても行きたい場所があるのですが」
「私は別にいいけど、ナル姉もそれでいい?」
「ええ。私も別に構わないわよ」
「それでは、まずはキャメルさんのお店に行きましょう」
「…………ふぇ? 誰だっけそれ?」
「ちょっと前に忍さんと一緒にブレマジで遊んだときに対戦したプロの人なのですが…………覚えてませんか?」
「あ~。なんかそんな感じの居たかも」
「なになに? もしかして2人の知り合いがいたりするの?」
「はい。――――まあ知り合いというかオンラインゲームで数回遊んだ程度なのですが、機会があればオフラインで対戦しようと誘われていたので」
「そういやアイツって何のお店をやってるの?」
「…………えっと。ここです」
私は観光ガイドのページをめくりお店の紹介が書いてあるページを開いて忍さんに見せました。
ちなみにそのページには真っ黒に日焼けした人物がダブルピースをしながらお店の入り口に立っている写真とお店の簡単な説明文が書いてあります。
「どうやら、たっぽうゲームバーと言う名前のゲームバーを経営してるみたいですね」
「―――――脱法ゲームバー?」
「忍さん。脱法では無く、たっぽうゲームバーです」
「――――ふぇ? 何それ?」
「たっぽうとはある地域の言葉で真っ直ぐと言う意味――――と観光ガイドに書いてあります」
私はページを見ながら忍さんに説明をすると、鳴海さんが、
「そう言えば聞いた事あるかも」
と、手をポンと叩きながら何かを思い出したように言いました。
「そういう訳でまずはゲームバーに行きたいのですか――――」
「――――う~ん。旅行に来ていきなりゲームのお店行くなんて桜らしいと言うか」
「あら。沖縄のゲームなんて楽しそうじゃない」
「沖縄のゲームがあるかは解りませんが、そんなに長時間もいないと思うので次に行く場所は忍さん達で決めてください」
「オッケー。じゃあ早速最初の観光地に向かおっか」
「そうね。――――桜ちゃん、案内してくれる?」
「こっちです」
私は観光ガイドで場所を確認すると、二人を引き連れてバス停へと向かうことにしました。
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