バトロワ編 その3
「桜、もう上がっていいわよ~」
「は~い」
私はお母さんに返事をしてロッカーへと歩いていき、エプロンを脱いでしまってから自室のある2階への階段を登って行こうとすると、ふとロッカーの脇に通販サイトのユニゾンからのダンボールが置いてあるのをみつけました。宛名を見るとどうやら私宛の荷物みたいです。
なんだろ? と、私が思っていると厨房からお父さんの声が聞こえてきました。
「そうだ桜。お前宛の荷物が届いているから持っていくといい」
「――――最近注文した物と言えば…………あっ!? もしかして!?」
「そうだ。おそらくアレだろう」
「じゃ……じゃあ早くシャンティに見せてあげないと! では、お父さんまた後でっ」
「ああ。早く行ってやるといいだろう」
階段を一段上に登る度に私の心が高なっていくのを感じます。
「ふっふふふ~ん。ユニゾンのダンボォ~ル~。最新、最新、ダンボォ~ル~」
別にダンボールが新型な訳では無いのですが、自分でもよくわからない鼻歌を歌いながら部屋のドアを開けると、シャンティが珍しいものを見るような怪訝な表情でお出迎えをしてくれました。
私はダンボールを部屋の真ん中に目立つように置いてうきうきでシャンティからの返事をまっているのですが、何故だかなかなか反応してくれません。
「――――――あの。シャンティはこの箱が気にならないんでしょうか?」
シャンティは一瞬沈黙した後に普段より更に棒読みっぽい音声で話始めました。
「…………う~ん、なんだか面倒な事になる気しかしないんだけど。桜、何か良い物でも届いたの?」
「おおっ!? やっぱりバレてしまいましたか。くふふっ。では特別に見せてあげましょう! ―――――じゃっじゃ~ん」
私がわっくわくでダンボールを開けると、そこには先日注文した最新型の携帯デバイスがででん! と輝きを放っていました。
まあ実際に光っている訳では無いのですが、私の眼には燦然と輝いて見えるのです。
なぜなら、なぜなら、なぜならばっ!
この最新デバイスではブレマジが最高画質でも快適に動作するんです!!
前まで使っていたデバイスは少し古いので、さっきのゲームみたいにここ1番という場面で処理落ちが発生してしまって何度勝利を逃した事か――――。
けれど、この最新型さえあればマシンのスペックの差で負ける事はないのです!
まあ、自分の実力不足で負ける事も多いのですが、その課題はおいおいと言う事で……。
箱から取り出したデバイスは真っ白でまん丸な球体で、正面には猫の顔の様なデザインがしてあり上部には猫耳がついていました。
目の部分は外部認識用のカメラになっていて、AIが自分の意思で自由に動けるようになっています。
「――――先日発売した最新型ネコ型携帯デバイス、NC-22型だね」
シャンティは特に興味の無い淡々とした口調で型番を読み上げました。
「むぅ。せっかく買ったんですし、もうちょっと驚いてくれてもいいと思うのですが…………」
「ねえ桜。一応聞くけど、それをどの端末で注文したのか覚えてる?」
「――――注文ですか? それは、そこにある端末………って、ああっ!?」
そう言えばこれは今シャンティが入ってる古い端末で注文したので、注文履歴どころかいつ届くかといった配達記録も全部筒抜けになっているのでした。
「桜の得意気な顔、面白かったなぁ~」
「ううぅ~っ//////」
「――――まあ。それはそうと、早くデータの移行を始めない?」
「…………?」
なんだかシャンティの様子がおかしいような。
心なしかいつもよりそわそわしている気がします。
――――これはもしかして。
「…………あの。もしかしてシャンティも新型が楽しみだったのですか?」
ビクッ。と突然旧端末のバイブレーション機能が一瞬だけ作動して、端末が机からおっこちちゃいそうになりました。
どうやら図星だったみたいです。
「くふふっ。では忍さんをあまり待たせても悪いので早めにデバイスの交換をしますね」
「そうだね。じゃあ早速お願いするよ、桜」
私は旧端末の電源ボタンを長押しして指紋認証するとヒューーンとシステムが終了していく音が聞こえてきて、完全にシステムがシャットダウンするとパカリと端末の蓋が開き、中からシャンティのAIが入っているカートリッジが顔を見せました。
カートリッジには少し古いシールが貼ってあり、私の名前が書いてあります。
シャンティとは初めて端末を買ってもらった5年くらい前からずっと一緒という事もあり、長年の思い入れもあって今では凄く大切なパートナーになってます。
――――私は新型猫型デバイスの電源ボタンを押すとデバイスマスターの登録画面が表示されたので、生年月日とパスワードを入力し最後に生体認証に必要な指紋の登録を済ませると、球体の後ろ側がパカりと開きAIカートリッジを取り付けるスロットが姿を表しました。
そして、私は旧端末から記憶カートリッジを慎重に取り出すと、すぐに新型デバイスにスロットインします。
最後に蓋を閉めるとデバイスがAIカートリッジの読み込みを始め、数十秒後にぴろんと読み込み完了の音が聞こえてきたと思うと、猫型デバイスが少しづつ宙に浮き始めました。
上昇を始めた猫型デバイスは私の頭よりちょっぴりだけ高い位置で停止すると、その場でくるりと周辺を確認するかのように一回りした後に停止してしまいました。
その後デバイスからは何も反応は無く、もしかしかして失敗してしまったのかと最悪の状況が一瞬だけ頭を横切ってしまいます。
けれど、眺めているだけでは事態は変わらないので私は勇気を振り絞って話しかける事にしました。
「…………あの。シャンティ、大丈夫ですか? 私が理解ります?」
「………………………」
更に数十秒の沈黙の後、ギランと一瞬デバイスの目が光り、カメラのセンサーが私の姿を捉えてからデバイスの口についている本体のスピーカーから機械音声が聞こえてきました。
「ふぃ~。やっぱり新型は反応速度が違うね~。―――――って、どうかしたの桜?」
シャンティはちゃんと私の事を認識しているみたいで、どうやら無事にデバイスの交換が終わったみたいです。安心した私は気が抜けてしまったのか、その場にペタンと座り込んでしまいました。
「その。記憶カートリッジを新しいデバイスの中に入れるのは初めてだったので…………上手く出来たのかちょっと緊張しちゃいました」
「なんかデータが沢山あって新しいデバイスに最適化するのに時間がかかってたみたいだね~」
「…………データが沢山? う~ん、写真や動画はそんなに頻繁に撮ってなかったと思うのですが…………まあ今度暇な時にデータの整理をした方がいいかもしれませんね」
「まあ無事にデータの移行も終わった事だし、そろそろゲームの準備を始めようか?」
「そうですね。では早速――――――」
私は部屋の真ん中に立ち、右手を上に掲げながら音声認識でシステムを起動させる事にしました。
「では、いきます。シャンティ、クロスアップ!」
「オッケー、桜!」
私が声を発するとシャンティのカメラが私の体をスキャニングし始め、体型データがデバイスに登録されると猫型デバイスのパーツがパージされ私の体に装着されていきました。
そして、最後のパーツが装着された瞬間、私は変身ヒロインみたいなポーズを決めて準備は完了。
「ねえ桜。そのポーズ…………いる?」
「いるに決まってます!!!」
まあ、ポーズするのは個人の自由なのですが、これをする事により私のやる気が当社比50%くらい上がるので、私に取っては結構重要なんです…………ただ、あまりこの重要性を理解してくれる人がいないのは難点なのですが。
「……ふぅ。これが新しいダイブスーツですか」
私は鏡の前に立ってくるりと回って新しい服を確認してみました。
水色のロングスカートがひらりとひるがえりスカートに施された青い宝石のような装飾がキラリと鏡に反射して輝きました。
「前のクソダサスーツとは全然違います」
旧デバイスのスーツは妙にゴツゴツしていて、手動でパーツを分解させて自分の手で付けていく必要があったのでかなり面倒でした、それに頭部パーツは髪の毛が全て隠れる様なヘルメットでしたから、前のと比べるとかなり可愛くてカッコよくなっています。
マシンのスペックも大幅アップですが、なにより見た目の性能が大幅アップした事に花丸をあげちゃいます。
――――ふぅ。それにしてもこのデバイスを買ってもらえるまでどれだけお店のお手伝いを頑張ったか。
たかがゲームにそこまでするの? って思う人もいるかもしれませんが、私のやっているブレード&マジック バトルフィールドは今世界的に人気ナンバー1のゲームでこのゲームだけで生活しているプロの人も沢山いるくらい凄いゲームなんです。
私もいつか大きな大会に出場するのが夢なのですが、そのためには自分の強さを表すレートを上げなければいけません。
なので私は今日もこのゲームの練習をひたすらに頑張るのです。
――――ピピピピ。
私が初めて装着した新型デバイスに浸っていると、突然誰かからの連絡を告げる着信音が左腕に装着しているパーツから鳴りだしました。
「桜~。忍から電話だよ~」
「忍さんから? シャンティ、ちょっと出てください」
「はいは~い」
私はシャンティに通話に出る事を告げると私の前に小さな画面が表示され、私が言葉を発するよりも早く画面の向こうの忍さんが話だしました。
「やっほー、桜。もうお店のお手伝いは終わったの?」
「はい、今終わった所です。――――と言うか、こちらから連絡をする約束だった気がしたのですが」
「ごめんごめん。なんだか待ちきれなくてさ~。じゃあ私は先に広場に行ってるから急いで来てね~」
「わかりました。私もすぐに行きます」
私は画面をフリックして横に飛ばすと、通話画面がすうっと消えて忍さんとの通話は終了しました。
「――――そろそろ私もログインしないと、これ以上待たせてしまったらまた電話がかかって来るかもしれませんし」
私はヘッドパーツの耳付近にあるスイッチを押すと、シャカっと目の部分をバイザーが覆いこれでネットの海にダイブする準備は完了しました。
「それでは。――――クロスワールド!」
私はネットに接続する言葉を発すると、周りの景色が崩れるように少しづつ溶けていき形を変えていきました。
そして数秒後、私の前には壮大なファンタジーの世界が広がっていたのでした。
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