バトロワ編 その2
――――――――――――――――――――――ザザッ。
―――――――――――――――ザー。
「おかえり~、桜」
現実世界に戻ってきた私を最初に出迎えたのは頭に装着したデバイスから聞こえる機械音声でした。
「…………また負けてしまいました」
「う~ん。別にこのゲームは勝つことの方が珍しいんだし、そんなに気にしなくてもいいとおもうけどなぁ~」
「それは……確かにそうなのですが…………」
私は頭に装着していたデバイスのボタンを押すと目の部分を覆うように装着されていたバイザーが解除され、そこにはいつもの見知った私の部屋がありました。
現実世界へと戻ってきた事を実感すると、それまでの余韻からか「ふぅ」とため息が口から漏れちゃいました。
「最後に大逆転のビッグチャンスが巡ってきたと思ったのに残念です…………」
「アイテム入手にちょっと時間かけすぎたんじゃないかな~。終盤は派手になるから処理落ちにも注意しないといけないしね~」
「むぅ。やっぱりシャンティのオンボロスペックを早急に何とかしないといけないみたいですね……」
「ぶ~ぶ~。ボクはハードウェアは旧世代かもしれないけど、AIは最高クラスだよ~」
「安心してください。それは私が一番解ってます」
どうして小学生の私が高性能のAIを持っているかと言うと、少し前に運が良かったとしか説明出来ない出来事がありました。
――――そう、シャンティとの出会いはほんの些細な偶然だったんです。
昔、本屋さんで先程までプレイしていたブレマジのガイドブックを買った帰り道、私は嬉しさのあまり公園の真ん中でトリプルアクセルを決めてしまい、その反動で本が茂みの方へと飛んでいってしまったのです。
私が飛んでいってしまった本を茂みの中で探していると、茂みの中に小さく光るものがありました。
なんだろうと思い手を伸ばすと、そこには何も書かれていない携帯デバイス用のAIの入ったカートリッジが落ちていたんです。
普通AIカートリッジにはそれぞれ製造番号が割り当てられていて、番号を見たら何年にどこのメーカーが作ったのか瞬時に判別出来るようになっているのですが、このカートリッジにはどこにも製造番号が見当たりませんでした。
シールを剥がしたような形跡も無く、まるで番号なんて初めから無いかのようなまっさらなカートリッジ。
不気味に思った私は、本を見つけ次第すぐにその場所を離れてセキュリティに連絡をしました。
――――そして数日後、カートリッジの事なんてすっかり忘れかけていたある日。私の元へ一本の電話が届きました。
カートリッジの持ち主が現れず紛失届も届いていなかったので、所有権が拾った私の物になると言う連絡です。
私がどうしようかと悩んでいるとセキュリティの人に「いらないならこちらで処分する事も出来ますよ?」と言われました。
処分…………本来なら持ち主の見つからない落とし物は必要にしている人の元に行くか、何かの事情で使えなくなっていてもメーカーに送られて修理やリサイクルされ新しく生まれ変わるのが一般的なのですが、あのカートリッジにはメーカーロゴも製造番号も無かったのでそのまま廃棄処分されてしまうかもしれません。
駄目です! それだけは絶対にダメです。
1度も起動されず、まだ誰のお手伝いもしてない可能性もあるのに廃棄なんて、あってはいけないんです。
そして、決断の時が迫る中、私の取った選択は―――――――。
「ん? どうかしたの桜? さっきからぼーっとしてさ」
「いえ。ちょっと昔の事を思い出してて…………」
まあ小動物を拾ってきたので責任を持って世話をする…………みたいな感覚だったのかもしれませんね。
―――――っと、それよりゲームも一段落ついた事ですしまずは着替えないと。
「―――キャスト・オフ!」
私が声を発すると音声認識システムが起動して、体に装着していたダイブスーツがパージされ服の下から普段着のワンピースが現れました。
ダイブスーツとはネットの海にダイブするスーツ――――まあ名前通りの物なのですが、専用の服を着ることによって意識だけでは無く五感もネットの世界とリンクする事が出来るようになる服です。
この発明によりネットの世界もよりリアルな物となり、第2の自分の世界として認識する人も増えてきました。
安全面にも注意を配られていて、必要以上の負荷を体にかける事も無いので気軽にネットの世界で剣や魔法の世界で対戦をして楽しむ事も出来るんです。
「――――そういや桜。ボクがオンボロなのはともかく今の敗北で99連敗目だよ。あと1回で100の大台に乗っちゃうけど大丈夫?」
「うぐっ。オンボロって言ったことは謝るので、あんまり根に持たないでください……」
「別に根に持ってる訳じゃないんだけどな~。それはそうと、桜。そろそろ時間じゃない?」
「…………時間?」
両手を上に上げ軽く伸びをしてから窓の外を見てみると、ちょうど空の色があかね色に変わり始めている時間でした。
お昼過ぎから軽くゲームをする予定だったのですが、白熱しすぎて予定よりかなりの時間プレイしてしまっていたみたいです。
「…………あっ、いけないっ!? 早く準備しないと」
私は大急ぎでパージしたダイブスーツの片付けを始めると、下から聞き慣れた声が聴こえてきました。
「さくら~。そろそろ良いかな~?」
「すぐに行きます~。―――――シャンティ、ちょっと行ってきますね」
「オッケー。それじゃあボクはスリープモードで休憩してるから、頑張ってきてね~」
私は返事をしてから超特急で部屋を出て、そのまま階段を降りて1階へと降りていくと、すぐに奥の部屋から私を迎えに誰かがやってきました。
「もうっ、今日は遅刻だぞ~」
「すみません。ちょっとゲームに夢中になってしまっていて――――」
「って、ウソウソ。ちゃんと時間通りだから安心していいわよ」
「…………まったく。脅かさないでください」
「ごめんごめん。急に桜の困った顔が見たくなっちゃったから。もうっ本当に桜はかわいいなぁ~」
「…………なんですかそれは」
この眩しいくらいの笑顔でエプロンを身に着けた人物は私のお母さんです。
私の家は「拳剣軒(けんけんけん)」という中華料理屋をやっていて、お母さんは店長兼接客でお父さんが料理長をしています。
お店はそこそこ繁盛していて、店内はいつも常連さん達でてんやわんやになっています。
なので夜になったら更にお客さんが増えて仕事が大変になるので、その間は私もお店のお手伝いをする事になっているわけです。
「じゃあエプロン付けてからホールお願いね」
「わかりました」
私はロッカーを開けて中にかけてあるエプロンを取り出して服の上から装着します。
私のお店のエプロンは赤色を基調にしていて、中央にお店の名前と拳剣軒のマスコットキャラであるケンケンくんの刺繍がしてあってとても気に入っています。
――――エプロンを付けた私がホールに到着すると今日も常連さん達が沢山、沢山、たっくさ~ん来ていて、今日もとっても忙しそうです。
「桜、これを3番さんまで運んでくれ」
厨房の方から私を呼ぶ声がしたので振り向くと、お父さんがチャーハンとラーメンと餃子がセットになった神竜セット3人分をオボンに乗せて厨房の横に置いてあるローラーのついたワゴンへと置いているところでした。
「わかりました」
私はそれをコロコロと押してお客さんの待つテーブルへと運んでいくと、そこには見知った顔がありました。
「――おまたせしました」
「やっほ~、桜。今日は家族できたよ~」
このテーブルに座りながらピースをしている元気な女の子は忍(しのぶ)さん。
私の学校のクラスメイトで、同じ部活にも入っています。
そして、家もご近所さんなのでちょくちょくお店に来てくれる常連さんの1人でもあります。
――――私は料理をテーブルに配膳していると、忍さんがそういえばと何かを思い出したかのように話しかけてきました。
「そういやさっきデュオに誘おうとしたらプレイ中だったんだけどソロやってたの?」
「――はい。ログインした時にフレンドが誰もプレイしていなかったので1人でやっていました」
「そっか、じゃあ後で一緒にデュオしない?」
「いいですよ。ではお店のピークが終わったら連絡するので、いつもの場所で落ち合いましょう」
「りょーかーい。――――っと、それじゃあラーメンが冷める前にいただいちゃおうかな~」
「ごゆっくりどうぞ」
食事を運び終えた私はワゴンを押して厨房の方へと戻っていきます。
そして厨房に到着すると、ちょうど他のお客さんの料理を作り終えたお父さんが私に声をかけてきました。
「桜。これを5番テーブルまで運んで行くがいい」
「わたりました、すぐに持っていきます」
――――私はその後もわせわせと料理を運ぶお手伝いを続け、9時を回った当たりでお客さんの数も落ち着いてきたみたいです。
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