愛の灯はロケットの中で煌めく

シィータソルト

第1話

 地球は人間の住めない星となった。生物の間で感染症が流行り、人口過剰と言われていた人類もその他生きとし生ける生物達もあっという間に滅び、生き残りは2人の人間の女性となった。宇宙飛行士の大空青と、科学者の皇星羅 である。この二人は幼馴染であり、そして共に宇宙開発機関に所属していた。青は、宇宙飛行士の肩書通り宇宙を渡り、地球がまだ自然も動物達も生きている頃であった時より、未来の不測の事態に備えて、人間の住める星を探す仕事をしていた。星羅は、生物学の専攻であり、感染症の原因究明、滅びゆく生物の蘇生及びクローン製造の仕事をしていた。

 二五〇〇年、地球はいよいよ呼吸困難な環境となっていた。木々は枯果て、海は干上がり、酸素濃度の薄い空間にいては、酸素不足で死んでしまう。植物の蘇生やクローン製造を試みたが、生み出されてから即死亡してしまう。地球を浄化できる存在を生み出すことができずお手上げとなった。このような中で動物を蘇生してもクローン製造しても同じように死ぬだけ。感染症も広範囲で蔓延している。生物学者達は、この地球を離れ別の場所で生きていかねばならないことをいち早く悟り、異性同士でも同性同士でも子供が作れる機械を開発に取り組み始めた。どのような組み合わせの人間が生き残ったとしても、生殖細胞さえあれば、後世をカプセルの中で育てられる。男女なら必要ないかもしれないが、たとえ、男女で生き残ったとしても、女に何か体に障害が発生したとして妊娠・出産が困難になろうとも、代わりの母体となる。人類だけでも絶やすわけにはいかない。次々に亡くなる仲間から託される想い。生き残って、美しかった頃の地球をもう一度どこかで蘇らせて。そして、二度と同じ過ちを繰り返さないよういつまでも守って。

 子供が作れる機械が完成した頃、宇宙旅行から帰ってきた青と再会する。幼馴染との子供の頃よりの久方の再会であった。同じ機関に所属しているというのに、二人が会うことはなかった。広大な研究所、幅広い専門機関。二人がすれ違うタイミングが合うことがなかった。青も宇宙旅行中に共に宇宙へ出た仲間を亡くしたという。ロケットの中にも感染症のウイルスが紛れ込んでいたようだ。青は星羅の手を取り、共に宇宙へ脱出しようと急き立てる。星羅はもちろん賛成し、ロケットに生活必需品を積めるだけ積み込み終えると、二人は、かつての故郷を捨てロケットで宇宙へと旅立つ。

 大気圏を超えて、窓から覗くと見えるのは、深淵の闇とそこに浮かぶ星々。宇宙服なしで外へ出れば、マイナス二百度以下の極寒が襲う。この中から、人類の新たな住処を見つけねばならない。数多ある星であるが、地球にいる間に発覚した住める星の研究結果は僅かなものばかり。その生存可能と判断された星でさえ、時の経過とともに地球のように生存不可な姿へと変化したものもあるだろうと予測され、実際にこれからまた再調査をしなければならない。気の遠くなる月日が予想される。窓から覗く深淵の闇が、不安を見透かし擦り寄ってきそうに見えてきた。不安が強まったのだろう。宇宙旅行に慣れている青に話かけて気を紛らわせることにした。

「青、ついに私達だけになっちゃったね」

「星羅……必ず見つけよう。あたし達が住める星を」

「地球も変化したように、宇宙も絶えず変化している。もう、私達の住める星も絶滅の領域に達しているんじゃ……」

「もう、星羅ったら、不安に呑まれているね。出発して幸先が悪いと諦めてしまったら、見つかるものも見つからなくなるよ」

「そりゃ、不安にもなるわ。今まで、自然や動物相手に研究していたのに、こんな生物がいるかもわからない暗い闇の中を漂うことになったのよ?」

「あたしはもう見慣れたから怖くないけどね。ようは慣れだよ。慣れがあれば、対処法も浮かぶ。星羅もそのうち、宇宙を無心で見られるようになるよ~。あ、いや、無心はだめだ。探求心がないと」

「黒色が多く占めるところに探求心なんて生まれないわよー!」

「あちゃ~。もう完全にノイローゼになっているね。もうそれなら怖いと思う外を見ていないで、あたしでも見てれば?」

「……うん、そうする」

「え、マジ?」

 星羅は窓から離れ、青のいるところへふよふよと浮いて近づいていく。そして、視界に青以外を入れないように抱きついた。

「わっ、抱きついてきたよ。そんなに不安だった?よしよし」

「うぅ~子供扱いするなぁ~」

「小さい時は、あたしからよく抱きついていたのに、今は星羅からかぁ。なんか、嬉しいかも」

「そうだっけ?」

「恥ずかしがっていたじゃん! あたしは、あたしで将来結婚するとしたら星羅とがいい~とか言っていたけど」

「あ、それは覚えてる。小さい時の結婚したいの意味は仲良しだから一緒にいるって意味だったよね」

「結局、別居みたいな感じになったよね。単身赴任って言った方がいいかな?」

「待って。その前に、私達、結婚していないでしょ?」

「あたし、星羅への想い忘れてなかったよ。好きだね」

「それは、友達としてでしょ?」

「さぁ。よく、わかんない。でも、今抱きしめられているのが嬉しくてたまらない。あたしも抱きしめ返しちゃおう」

 青も星羅の腰に腕をまわす。子供の頃は、よくじゃれ合っていたというのに、大人になってからはすれ違うこともできなければ仕事が多忙で、会う機会すら作ることができていなかった。こんなにも互いの体は大きくなり、そして女性らしいふくよかさを身に纏う年になっていたのだと時の流れの速さを実感した。骨盤の膨らみが感じられる体であるが、互いに男と体を重ねるようなことに現を抜かしてはいなかった。

 それは何も、青や星羅だけではなく、他の人間もそうであった。子孫を残そうとする本能は進化と共に理性により判断が分かれるところだが、人類が少なくなってきても危機感が麻痺してしまっていたのであった。本来、同族が少なくなってきたら、数を多くしようと本能が働くが、人間は理性の発達により、本能が壊れてしまったのだ。この本能破壊へ拍車をかけるのが感染症の症状である。恋愛や子孫残しへの関心はおろか、他者への関心も薄れてしまう病に至るのであった。まるで、精神疾患にでもかかってしまったかのように。関心がなくなるのは子孫を残すことだけであり、三大欲求の食欲、睡眠欲などは健在である。しかし、突然命を奪う危険性も孕んでいた。食べて、仕事をして、睡眠を繰り返して、時に突然死が起こり、人間は減っていき今に至る。動植物も同じだったのだろう。多くの人類や動植物が感染症にかかり滅んだ中、二人は、幼馴染への関心だとか感情があることから、感染症にかかっていないことに安堵する。

「青、大きくなったね」

「星羅、それは身長的な意味で? それとも太ったとでも?」

「身長。私を抜かしちゃって。それに、華奢でも、柔らかくて気持ちいい」

 青は身長165㎝となり、星羅は一五五㎝。身長差が一〇㎝ある。一方、胸の大きさは、青はAカップ、星羅はEカップとなっていた。

「そう、星羅もだよ。星羅なんか、ふっくらして安心感があって。子供の頃はよく抱きついていたのにね。忘れていた、この感触」

「そりゃそうだよ。しばらく会ってなかったじゃない。だけど、地球から逃げ出す時、手を取って連れ出してくれて嬉しかった」

「もちろん、星羅と生き延びたかったから……」

「青といられて不安が少し晴れたよ」

「あたし達で人類最後なのかな……」

「その選択を選ぶこともできるし、私の作った子供を作れる機械を使えば未来を変えられるかもしれない。どうする?」

「あたしは、このままいなくなるのは寂しいし。それに、星羅となら……子供が欲しいかも」

「わかった。じゃあ、私についてきて。このロケットに私と仲間で作った機械を積んだの」

 星羅は、青と共に機械のある部屋へ行く。そこは地球の重力が再現されており、ふよふよ浮いていた体が地に足をつけられるようになる。部屋に入って、すぐに認識できるほど、大きい円柱のカプセルの機械がそこに佇んでいた。

「これが……?」

「異性同士でも同性同士でも子供を作れる機械だよ。でも、必要なものがあるの」

 星羅が機械に触れる。機械が接触圧と熱を検知し、電源が入る。タッチパネルが光りだし、機械音声が「こんにちは」と挨拶する。そして、

「子孫をつくる相手がいますか?」

と質問してくる。

「ええ、いるわ」

 星羅が答えると、機械が

「それでは、今から子孫作りの準備をします」

と返事をした。ラバーカップが先についたかのような機械の触手が四つ伸びてくる。二つは赤色をしており、残りは、青色をしている。青は、赤色と青色のラバーカップを1つずつ手に取った。

「赤色のと、青色のがあるけど……どこにつけるの?」

「赤いのは頭につけて。そして青いのは……その……、せ、せい……」

「性器?」

「青ったら!何で恥ずかしくないの?」

「えっ別に。どっちかったらこれから、重力で強制排尿されたオムツ脱がないといけないのが恥ずかしい」

「あ!そういえば、替えてなかったよね」

「完全に忘れていた。オムツも進化しているからね。サラサラ。そりゃ、赤ちゃんもすぐにぐずらなくなるわ」

「ちょうど、いいじゃない。脱いでしまいましょう」

 青と星羅は、着ている宇宙服を脱ぎ始める。ブラジャーはあっさり脱げたというのに、意識してしまったオムツが脱げない。手持ち無沙汰に赤いラバーカップ型の機械を頭に取り付ける。

「もうオムツが必要な年ってわけじゃないからね!」

「ははは、星羅は慣れてないよね。私は何回もロケットで立つたびに強制排尿させられてるわ~。でもそのオムツを仲間と共に脱ぐのは初めて~」

「そうよね。個別に脱いでるわよね。あぁ、もういっせーのーで一緒に脱ぐわよ」

「ほいよ」

「いっせーのーで」

 2人は自身のオムツに手をかけ、一気にずり下げる。そして、中を見られないように即座に折りたたむ。肌が露わになる。

「はぁ、何だか裸になったほうが清々しいわね」

「オムツ脱ぐより、やっぱり、裸見せ合うのも恥ずかしいかな」

 青と星羅は、顔を合わせると互いに赤くなり、目を逸らした。幼い頃、一緒に遊んだだけではなく、お風呂に入った仲でもあるにもかかわらず、久しぶりに見た互いの裸は眩しく見えた。

「あのさ。今思ったんだけど、上は脱がなくても良かったんじゃない?」

「えぇと。確かに……そうだけど、でも。裸の方がより性的興奮が高まって、エンドルフィンも出やすいかなと」

「久しぶりの再会で、あたし達どういう関係になってしまうんだ?」

「さ、さぁ。なるようになりましょう。私もよくわからない。続けましょう。さっき言った通り、青いのつけて」

「う、うん。子作りする仲なら、もう恋人って言ってもいいんじゃ……」

 二人は互いから目線を逸らしながら、性器に青いラバーカップ型の機械を取り付ける。

「ねぇ、星羅。頭と性器に機械つけるのは何で?」

「頭は脳波を計測するため、そして、せ、性器につけるのは、卵子を取り出すためよ」

「え、卵子取れるの?」

「脳波次第では採取できるわ」

「何に反応した脳波よ?」

「快感の時に分泌されるエンドルフィンよ。私達はあることをしないといけないわ」

「え、何よ?」

「キ、キ……」

「キス?」

「うぅ~だから、青は~恥ずかしくないの?」

「星羅は研究に没頭しすぎて、疎いのか?性器よりキスの方が恥ずかしくないだろう?」

「そうだけど~。あと、他にも……せ、性的接触……」

「性的接触は言えたな……言うのは別に恥ずかしくない。ただ、これからするのは恥ずかしい、かな?」

「うぅ……確かに」

「てか、あたしとキスでいいの?恋人とかいなかったの?」

「私は研究一筋で、恋愛に興味なんて持たなかったわ」

「それなら、あたしだって、宇宙旅行でそれどころじゃなかったな」

「ロケットを共にした仲間で好きな人はいなかったの?」

「それを言うなら、星羅だって生物研究の仲間に好きな人いなかったのか?」

「仲間ってだけで、恋愛感情は湧かなかったな」

「あたしも。恋愛に関すること何にも興味なかった。そんなんでも、あたしとキスできるの?」

「え、ええ。青とは幼馴染だし。キス……してもいいよ」

「あたしも、星羅なら、いいよ。結婚したいって言ったくらいなんだから……誓いのキス?」

 目を閉じ、互いに顔を右に傾け、近付けていっていたが、青の誓いのキスの言葉に噴き出してしまう星羅。

「もう、これ、結婚式なの?」

「神父さん、いないけど、誓おう。私、大空青は皇星羅と健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、伴侶として愛し、敬い、いつくしみ、生涯を共にすることを誓います」

「こ、恋人通り超して伴侶になってる……うぅ、そうよね!!私、皇星羅は、大空青と健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、伴侶として愛し、敬い、いつくしみ、生涯を共にすることを誓います」

 熱い吐息を感じる。重なる唇。初めてを捧げ合った。そして、誓いの言葉を封じ込めた。しばらく押し付け合っていた唇は開かれ、舌を絡ませる。口の中で感じる、幼馴染の体温にとろける。また、唾液の味が甘く感じる。これが、キスの味……。檸檬の味なんて例えがあるけど、嘘だ。甘い味ではないか。なんと例えたらわからないけど、お菓子のように貪りたくなる甘さ。頭が、幼馴染で支配される。だが、まだ慣れないキスで息継ぎが上手くできず、酸素を求めて名残惜しくも一旦唇を離す。互いに目を開けたら涙で潤んでいて艶ぽさが溢れていた。

「初めてのキスが、まさか、青とだなんて思いもしなかった」

「あたしも。でも、星羅となら違和感がない。いや、良かった」

「けど、子供作るには、まだ足りないでしょうね。ほら、画面を見てみて」

 星羅は、機械の画面を指さす。真ん中あたりに基準値であろう線が引かれているが、エンドルフィン値を示す棒グラフは、ほんの少し顔を出した程度であった。

「あたしは、もうなんだか満たされたような気もするけどなぁ。キスがこんなに気持ちよかったなんて。仕事している時に、この感覚知ってしまっていたら、キスのことばかり考えてしまってたかも」

「そうね、恋愛とか性行為とかは依存症になるくらいだもの」

「ほら、続けよう。星羅が欲しい。今度はもっとくっつけていたい」

 青は星羅の頬に手を添えて、涙目で見つめる。

「もう、青ったら。でも、私もだ。青、離さないで」

 2人の唇はまたも零距離になる。今度はすぐに舌を絡ませる。腰にまわした腕の引き寄せる力も強まる。肌と肌のすり合う感触はくすぐったいが、むず痒さよりも気持ちよさが上回る。直接の触れ合いにより、体温の伝わるのが早く寒さを感じない。むしろ、熱いくらい。腰にまわしていた腕をはなし、手を絡ませる。

 零距離なのに、まだ完全に近づけていないようなもどかしさに襲われる。体が邪魔なように感じる。混ざり合って1つになりたい。体の部位に触れたくなる衝動にかられる。青は星羅の胸に手を伸ばす。華奢な自分の体に比べて、豊満な体をしている星羅の体に、手が埋もれていく。このまま、魂に手が届かないかと願ってしまう。しかし、手を沈めるほど、星羅の整った胸が変形してしまう。綺麗な胸を崩すわけにはいかない。下から撫で上げる。こうすれば、クーパー靭帯に負担をかけない。ブラジャーのように、胸の形を保護しなければ。次に唇を右耳に持っていく。耳輪をはむっと甘噛みする。

「っ……!!」

 星羅が声を押し殺す。青は、声を出してもらえなかったことが悔しく、咥えている個所を徐々に下げていく。耳垂を甘噛みと吸い付くのを交互にして、星羅の声を引き出す。

「あぁ!!」

 星羅は、声を抑えきれず思い切り吐きだした。背中はのけぞり、痙攣が起こる。青は、声を聞けたことに、にやりとして、もっと聞いてやろうと唇を鎖骨に持っていく。舌でなぞり、吸い付いていく。その度に震える星羅の体。声も甲高くなっていく。握る手の力がより強くなっていく。

 握っている手をバンザイさせるように上へ持ち上げる。そして、脇へ舌を這わす。くすぐりに弱い星羅は、脇を舐められた瞬間、腕を思い切り下げて防御に徹する。

「脇を締めないでよー」

「くすぐったいもん。これ以上、舐めないで!」

「むぅ。しょうがないなぁ~」

 さて、次はどこを攻めてやろうか。あ、この距離になって気づいたけど……

 青は、星羅の髪の中にうずくまる。

「良い匂い……」

「髪の匂い?あ、そうだ。お風呂入ってからにすれば良かったー! こういうのって、身を清めてから挑むものでしょう!?」

「いいじゃん。汗の匂いってその人本来の匂いって感じでさ」

「え!?汗の匂いするの!? やめて、それ以上、嗅がないで」

「そりゃ、ほのかには誰でもするでしょう? 大丈夫、臭くないって。もう、暴れるなぁ!」

 青は、星羅の引き剥がそうとする抵抗を一掴みで黙らせる。しかし、頑なに、脇は隠した状態である。

「脇はもうやめて……」

 しおらしい表情で、星羅は青に懇願した。うっ……と途端に罪悪感がこみ上げて働く理性。

「はぁ。わかった。もうしないから。髪の匂い嗅がせて」

 青は大人しく星羅のポニーテールに縛った長髪の匂いを嗅いでいる。ほんのり汗の匂いと、シャンプーやリンスなどの花の香りをイメージしたものだろうか、ふんわりとした甘いが漂ってくる。しかし、星羅はそれさえもくすぐったさを感じる。まるで、髪にもキスをされているように感じるから。実際、青は、そっと唇を星羅の髪に当てていた。青の紳士さが溢れる仕草にときめきを感じてしまった星羅。

「髪に口づけるなんて、青ったら気障!!」

「気障ってけなしてるじゃないか! 褒めてよ!」

「う~、さっきから私の調子を狂わせるからよ。なら、私も青に触ってやる~」

 星羅は同じようにまず、青の胸に触れてみた。手に収まるくらいではあるが、丸みを帯びた胸は確かに幼い頃より成長している。

「ぅわっ!!」

 普段の低い声が一オクターブ高くなったような声が発せられる。気遣ってくれたように、下から胸を撫で上げるように触る。

「ん……」

 声に艶っぽさが出てきた。男勝りな青から淑やかさが出てくるとは思わず緊張が走る星羅。

 次に、鎖骨を唇で咥え吸ってみる。鎖骨も感じるようで、体をくねらせている。耳も同じように、耳輪から耳垂にかけて、咥え、吸い、時にちゅっと押しつけたりして様々な刺激を与える。耳も弱いようで、体がのけぞってきている。星羅は、青の腕を上げて脇を舐めた。しかし、脇はくすぐられても平気な特性が働いているのか、脇は一切反応を見せない。

「もう、昔から脇くすぐっても何も反応しなかったもんね……」

「ふふふ、鎖骨とか耳とか触れているうちに脇も弱くなるかと思ったけど、脇はなんとか耐えたな。いや、もう少しされてたら反応しちゃってたかも」

「もう、いいわ。やっている私がくすぐったさを感じてきたから。私も青の髪の匂い嗅いでみたい」

 星羅はショートカットの青の髪に鼻を近づける。ほんのり汗の匂いと爽やかな柑橘系のシャンプーやリンスの匂いを感じる。

「わぁ、良い匂い。さっきまでうずめてた青の気持ちがわかるかも。青の匂い、いつまでも嗅いでいられる」

「星羅も、あたしの髪にキスしてんの?」

「うん、くっついてるからしてることになるね~」

「髪よりやっぱ、こっちがいい」

 青は星羅の両頬を手で包み、目を見つめる。

「……私も同じこと考えていた」

 体に触れている時より、唇をくっつけている時が繋がっていると実感できていた二人は、キスに没頭した。ただ、重ねているキスも、舌を大胆に絡ませるキスも。時に流れてくる唾液の甘さに酔いながら。

 唇の感触を貪っている間にビクンと体が武者震いを起こす。この瞬間だけ、体を突き抜けて、一つになれた。それは、死を迎え体と魂が引き剥がされた不安のようでもあり、脱皮して新たな生命体に変態して地に足をつけたような安心感でもあった。気づいたら、また腕を腰にまわしていた。脚も腰にまわそうとした。しかし、ラバーカップ型の触手が邪魔をして絡ませることを阻まれた。できる限り、脚を伸ばして相手の体を包んだ。

 二人が共に絶頂の領域にイッたため、棒グラフが基準値に達した。“エンドルフィンの基準値を超えました。卵子の採取に取り掛かります”という音声が流れ、二人は現実に引き戻された。

 青のラバーカップ型の管からは、膣に侵入する機械の触手が現れる。膣内を傷つけないように設計されたシリコン素材で包まれている触手は、二人の膣の中に入っていく。子宮に向かっていくと、排卵された卵子を探る。

 検知すると壊さないように摘まみ、カプセルに戻っていく。カプセルの中の生理食塩水に浸ると、機械の触手は二人の卵子を手放す。カプセル内が黄色く光りだす。スキャナーが起動され、DNAの情報を読みこむ。機械のタッチパネルに文字が現れる。

“卵子を二つ確認しました。所有者の名前を記入してください。また、どちらを精子に変更いたしますか”

機械の製造者である星羅が慣れた手つきでタッチパネルに触れて情報を入力していく。“おおぞら あお”“すめらぎ せいら”の文字列が縦に並び、隣の箇所が点滅する。

「ねぇ、青。どちらがお父さんになる?」

「あたし、がさつで男っぽいから、あたしでいいんじゃない?」

「そんなことないわよ~。でも、青がいいなら、青の卵子を精子に変えちゃうね」

 星羅はまたタッチパネルに向き合い、情報を入力する。”おおぞら あお”の横が“ちち”と表記され、“すめらぎ せいら”の横が“はは”と表記される。

 機械の触手は、青の卵子に向けて、薬剤の含まれた泡を吐きだす。泡は、青の卵子を取り込み包み込む。みるみるうちに、青の卵子は精子に姿を変えた。そして、青の精子は、生理食塩水内を泳ぎだした。精子は、卵子を見つけると透明膜を溶かし入り込んでいく。

「わ、もう卵子と精子が合体した」

「他に競争している精子もないし、膣液で溶かされる環境下でもないしね。あの精子は確実に元気な状態で卵子と合体できたよ」

「エコーで見なくても、赤ちゃんが育つ様子がはっきり見えるね」

「そうね、受精卵から胎児に変わる様子、性別もしっかりわかるわ」

「これで、後世ができたね。ね、ねぇ、カプセルの中で流産しちゃうなんてこと、ないよね?」

「カプセルが破壊されない限りではないと思うけど……」

「良かった。元気に生まれてきてね、あたし達の愛の結晶」

「青との子供、自分のお腹で育ててみたかったな」

「私、男じゃないから、星羅を妊娠させることできないよ~」

「自分で設計しておいてなんだけど、さっき、卵子採取されてるとき、青と繋がることができたって思えたの」

「私も思った。男女になって繋がっているような?」

「快感が高ぶっている時に、いや、絶頂に達した時に膣に入ってくる感覚だから、そういう段階の愛撫に突入したようになるのよね」

「星羅の腕にかかれば、お腹の中で妊娠するようにも設計できたんじゃないの?」

「それも、考えたけど、このいつ終わるかわからない宇宙旅行で、多大なストレスにさらされて、赤ちゃんにもストレス物質がいくから、病気持ちの子になってしまうんじゃないかと思ってやめたの。胎児の間は、親から伝わるストレスからだけはせめて守ってやりたいという親バカみたいな?」

「そっか、栄養だけじゃないんだ、運ばれるものって」

 カプセルの中の我が子を見つめる。これから、地に足をつけられる頃には、自分達と共に人類の存亡を課せられる。不安の中、生み出された子であるが、どうか一緒の歩み続ける生涯は幸多きあるものでありますように。何より、まずは、元気にこのカプセルから出てきて、人の温もりを教えてあげたい、そう思った二人は寄り添い合う。

「ねぇ、星羅。あたし達、宇宙で初めて子供作ったカップルじゃない?」

「しかも、同性同士で人工的にね。さぁ、私と仲間が作ったカプセルはこの子を守ってくれるかな。無事、生まれてきてね」

 受精卵から、返事のように、こぽこぽと泡の音が発せられた。




 十週が過ぎた頃、受精卵が胎児に変化して臍帯が形成された。しかし、このカプセル内には胎盤の代わりに、臍帯を包み込む管が栄養を運ぶ。その栄養となるものは、青と星羅が食べているものをカプセルの管に入れたものであるから、お腹にいる胎児が母親の摂取した栄養を分けてもらっている状態と同じになっている。

「あ、見て、赤ちゃんが、お水飲んでる」

「胎内にいる時から、飲食の訓練をするみたい。味覚も発達してわかるみたい。排泄もしているんだよ」

「へぇ、もうすっかり生きているんだね~」

「受精卵になった時点でもう一人の人間だよ。どんな子になるかな」

「元気に育ってくれればいい。そして、次世代への愛を忘れない子」

「そうね、愛を忘れたら、人間はいなくなる。心がなければ、紬は途絶える。感染症の繁殖原因はわからない。でも、人類が愛という抵抗力を失ったから感染したのだと思う」

「あたし達、抵抗力があって良かったね。深いところに愛が眠っていたんだ。だって、地球にいる時は気づかなかったもの」

「私も、幼馴染の青に恋愛感情も抱けると思わなかった。地球が、平和だったとしたらこの気持ちに気づかないで死んでいたのかな」

「そうだったら、嫌だな。もう、今では星羅なしじゃ生きていけないかも」

「生まれた時は違えど、死ぬ時は一緒に死ねたらいいね。仲睦まじい夫婦は一緒に寿命を迎えた例があったそうよ」

「憧れるね。あたしが死にそうだと悟ったら星羅の手を握るね」

「私もそうする。あの世でも一緒にいようね」

「魂になったら一つになれるかな」

「私だったら、分離したまま一緒がいいな」

「あたしは、混ざり合いたい。絶頂に達した時、星羅と一つになれた気がしたよ」

「私も感じたよ。体を超えて、溶け合った感覚。だけど、一つになったら、私も青もいなくなっちゃうじゃん?もどかしいけど、もどかしさも含めて、青を感じられる体がある方がいい」

「そうだね。あたしも、体がある方がいいような気がした。もっと、もっとって、求められることが愛おしくてたまらない」

「人工的に子作りしたとはいえ、体内に負担はかかっているから実際の妊娠期間同様激しい性的接触や子作りはできないけど……イチャイチャすることはできるよ?」

「そうだね。二人だけの時間はもうすぐ終わっちゃう。今のうちに楽しもうよ。あ、でも子供の名前そろそろ考えない?」

「名前事典もってきたから、ベッドで一緒に見ましょう?」

「候補を絞ったら……ね?」

「さぁ、私をお姫様だっこで連れてって。こういうのも愛撫でしょ?」

「はいよ、あたしの可愛いお姫様」

 王子は姫に軽々とお姫様だっこをしてみせ、軽い口づけをするとベッドのある部屋に歩いていく。その後ろ姿をカプセルの中の胎児は見守っている。子作りをしてから体に負担をかかっていたためそれぞれの専用ベッドで安静にしていた。

 だけど、今日からは、二人で一つのベッドに横になっていた。子供の名前候補をある程度絞った。本を読みながらも意識されていた伴侶となった人の温もり。激しい接触など必要ない。ただ、唇を交わし、抱きしめられているだけで、幸せになれた。星羅の宇宙旅行の不安も青との深い繋がりによって消されていた。今はただ、意識が愛しい青に集中している。子作りしている時にはできなかった、腕も脚も相手に絡ませて相手の細胞を一つも残さず取り込もうとするが如く貪欲に密着する二人。その情熱はいつまでも昂り眠りを忘れてしまう程。今の状態の二人でもまた子供ができてしまいそうな幸福度であった。





 四十週が過ぎた。胎児はすっかり大きくなり、人間の形を揃えた。カプセル内の生理食塩水が徐々に減り始めた。

「カプセルの中の水が減ってきた。胎児の体内での成長が終了したって合図ね」

「ということは、いよいよ産まれてくる?」

「そうよ。カプセルの上のところから出てくるわ。あ、そうだ。母になった私の準備もあったんだ」

 星羅は、赤いカプセルを頭に被る。

「また、脳波撮るの?」

「いいえ、違うわ。今度は私の脳にプロラクチンとオキシトシンを浴びせるの」

「プロラクチン……母乳出る時のホルモン?」

「そう、私がお母さんになったからね。生まれた子供におっぱいあげるのは私の役目よ」

「あはは、そっか。精子と卵子を分けるだけじゃなかったんだ。母乳ってどんな味なんだろう。一緒に直飲みしてもいい?」

「赤ちゃんに虫歯移さないでよ~?」

「どっちかの胸をあたし専用にすればいいんだよ!」

「もう、青ったら、まだ、私にその、え、エッチなことするの?」

「いいんじゃない? 2人の関係維持に、愛情表現は不可欠だよ?」

「そうね。胸張るとか聞いたことあるし。余分な母乳を飲んでもらおうかしら」

「いやいや、それだけじゃなくて、子作りした時以外の愛撫をこれからもし続けよう……」

「ふふふ、そうね。すっかり、青なしじゃ生きていけない体にされてしまったわ。抱き合う時は優しくしてね」

「当たり前じゃん! 触れ合う時は、お互いの触れて欲しい強さで想い合ってできてたじゃん」

「それも、そうね。初めて同士なのに。わかりあっていた二人ね。運命の人だったの? 青?」

「わからない。けど、星羅のこと昔から大切にしていた気持ちは色褪せていないよ」

「それは、私も同じ。これからも忘れないように、だね」

 二人の会話が交わされている間に、星羅の胸は張り母乳を授乳できるようになった。そして、呼応するようにカプセルの生理食塩水が全て抜けきった。カプセル内に機械の触手が胎児に向かって伸びていく。触手が胎児を抱きかかえ、上部のハッチが開く。ハッチから出てきた機械の触手は、青と星羅の前に胎児を差し出した。星羅が胎児を受け取り、おくるみに包み抱きかかえる。ロケット内の酸素を吸い込んだ胎児は、無事、産声を上げる。元気な女の子だ。

「生まれたね、私達の子」

「だね。可愛いなぁ。もう一人作っちゃう?」

「もう一人どころか、何人でもいいよ。最小存続可能個体数には、まだまだ足りないから。でも、その前に、赤ちゃんにお乳あげてからね~」

「よし、あたしも飲むぞ!!」

「ちゃんと、右側だけにしてよね」

 にんまりとしながら、生まれた赤ちゃんに決めていた名前を呼びかかける。

明灯、お父さんと一緒にお母さんのおっぱい飲もうね!」

「教育上悪いようなこと言っている気がする……乳離れできない父を見て、明灯は将来どう思うかしら……」

「明灯は大きくなるための栄養補給そして、母親に母性本能を備えさせお世話させるための生存政略。そして、あたしもスキンシップをすることでオキシトシンを分泌させて、明灯だけに愛情が傾かないようにするあたしの生存戦略。星羅の愛情を独占なんかたとえ我が子だろうとさせない」

「何その、子供産まれたら子供返りする父親みたいな」

「父親だもん。その前に星羅の恋人だもん。あとから出てきた奴に易々と譲ったりなんかしないんだぜ?」

「ふふふ、わかった。明灯が昼寝したら、私のこと抱いて?」

「任せろ!! たくさん、子供産まれちゃうなぁ!! 名付けが大変だぁ!!」

 明灯と名付けられた女の子は、人類の門出の中生まれた一縷の希望である。行く末を明るく照らし、繁栄を継いで道標となるように願われたのが由来の命名だ。乗務員の増えたロケットは、人間の住める星にたどり着くまで、まだまだ彷徨う。人間が滅んだ理由は、人肌を重ねることと、相手への愛情を忘れたことだ。この教訓を忘れないように、ロケットの中の人類の希望の灯は潰えることのないよう、煌めきを棚引かせていく。

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