第36話:言ったの?言ってないの?

おかしい、前回の流れでいくと[隼人はやとくん]と呼んでくるはずだ。


しかし、さっきは七瀬は[さかき]と呼んだ。

注意深く聞いていたから、聞き間違いではないはず。



……このまま次のマッチに進むのはまずい。

気持ちの整理がまだできていないぞ。


本当に幻聴が聴こえてきたのか。



「あれ、さかきどうしたの?

次のマッチはやらないの?」



考えこんでいると、七瀬から追撃が来た。

やっぱりさかきって呼んでいる。



反応しない訳にはいかないので、適当に答えよう。



「あー、ごめん。

ちょっと考えごとしちゃってて。

二連勝で調子良いから、このままドンドンやっていっちゃおう」



七瀬も有村も[早くやろー]と、準備万端のようだ。

俺はまだ気持ちがスッキリしていないが、やるしかない。





そこから何試合か連続してやった。

二人がどんどん上手くなっているおかげもあり、ほとんどが1位か上位に入ることができている。



この結果だけ見ると、すごく良い。

今回ここに集まった成果が出ている。


でも俺はモヤモヤしたままだ。



隼人はやとくんって、呼んだよね!?



七瀬に聞きたくてたまらないが、聞ける雰囲気でもない。



考えすぎて頭がいっぱいになっていたせいで、マッチの途中で七瀬を眺めることもできなかった。



結局その日はモヤモヤした気分のまま、解散になった。



「今日で私はすごく上達した気がするよ!

でもまださかきレベルには到達していないから、これからもちゃんと教えてね」



帰り際に七瀬が嬉しそうに言ってきた。

その笑顔を見ると、モヤモヤが少し無くなった気がした。





……気のせいだった。


家に帰ると、またモヤモヤした気分になったので、すぐに有村スパイにメッセージを送る。



《今日三人で初めてやったマッチのときに、七瀬が俺のこと[隼人はやとくん]って呼んでなかった?》



遠回しに聞く余裕など無い。

早く返事が来ないかソワソワしていると、今回もすぐに来た。

さすが優秀な有村スパイさんだ。



ドキドキしながらメッセージを開く。



《んー、言ってた気もするけど、覚えていないなー。

リサはさかきって呼ぶときと、隼人はやとくんって呼ぶときがあるけど、なんで使い分けてるのかわかんないんだよね》



……微妙な返事が来ちゃった。



[言ってた気がする]っていうのは、もう[言った]にカウントしてもいいんだろうか?

それだったら幻聴説は無くなるので、通院の危機も去るはずだ。


でも[覚えていない]とも言ってるからなー。

どうするか。



うん、[言った]ってことにしちゃおう。

そっちの方が幸せになれそうだ。


[言った]ことにした瞬間、モヤモヤがサーっと晴れていった気がした。



よし、後は今日の情報を頂くことにしよう。



《有村に教えてもらった感じの服を今日着て行ったんだけど、七瀬は何か言ってた?》



あ、失敗した。

さっきの有村スパイの返事と、全然関係ないことをいきなり聞いてしまった。



大丈夫かなと心配していると、返事が来た。



《あー、確かねー、

隼人はやとくんって普段はすっごくオシャレなんだね。

一緒に写真撮って残しておけばよかったー』

とか言ってたよ。

さかき的には、リサの今日の服装はどうだったの?》



良かった、全然大丈夫だった。



洋服は買いに行って正解だったな。

オシャレとか初めて言われた気がする。

まぁ有村スパイの情報通りにしたから、そう言われて当然なんだろうけど。



あー、一緒に写真撮ってみたいなー。

でもどんな顔したらいいんだろう。

変な顔になったらちゃんと消してくれるんだろうか。



色々考えだしたら長くなりそうなので、まずは返事をしないと。



七瀬の今日の服装か。



……最高だったな。



《すごく似合ってて、可愛かったよ。

せっかくだから、三人で写真撮っておけばよかったね》



本心はさすがに言えないから、返事はこんな感じでいいだろう。

写真の件は、こう言っておけば余裕がある感じがするし。



七瀬の服装を思い出しながらニヤニヤしてると、有村スパイから更にメッセージが届いた。



《私とリサで今日撮った写真ならあるけど、欲しい?》




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