第28話:そういえばいつも制服だな

どういうことだ?

名前の呼び方が変わるようなイベントってあったっけ?


思い出そうとしてみたが、なかなか思い出せない。



……あった!



そう思ったのは、妄想の中での出来事だった。

危ない、また妄想と現実の境目を無くす所だった。



考えてみてもわからない。

さかきと呼ばれていたのが、隼人はやとくんになぜ変わるんだ?



嬉しいのはもちろん嬉しいんだが、いきなり過ぎる。



あと有村スパイの情報の出し方が悪すぎる。

唐突に揺さぶりをかけてきた直後、強い情報を出してくるのはやめてくれ。

感情の振れ幅が大きすぎて、対応しきれないって。



そういえば、有村スパイに返事を送るのを忘れていた。



《とりあえず早く体調戻して、七瀬に心配かけないようにするね》



こう言っておけば大丈夫だろう。



一旦落ち着こう。

フーッと深呼吸をした。



(七瀬が名前で呼んでくれている!!)



戸惑いが無くなり、純粋な嬉しさだけがこみ上げてきた。

嬉しさのあまり、思わずゴロゴロ転がりだしてしまった。



妄想の中では、もう何度も呼んでもらっている。

色んなシチュエーションで、色んな表情の七瀬に[隼人はやとくん]と呼ばれている。



それでも、こんなに嬉しいものなのか。



しかも、直接呼んでもらったわけではない。

[そう呼んでいた]という情報を聞いただけだ。



直接呼んでもらうときは、果たして俺はどうなってしまうのだろうか。



その時に備えて、しっかりと妄想で耐性をつけておかないと……。



(看病しに来てくれるの!?)



強い情報のかげに隠れていた、もう一つの強い情報を思いだした。



看病って言ったら、やっぱり消化の良い手料理を作ってくれるのがベタだよな。



いやいや、待て。

焦らず、ちゃんと[順を追って]妄想を膨らまそう。




チャイムが鳴り、扉を開けると、材料が入った袋を持った七瀬が立っている。



「心配だから、お見舞いに来たよ」



体調を心配している表情だが、初めて家に来る恥ずかしさが混じり、少し顔を赤くしながら七瀬が言った。



突然の七瀬の訪問に戸惑いつつも、お礼を言う。

しかし、立っているのがきつくふらついてしまうと、慌てて七瀬が話す。



「突然ごめんね、きついよね。

でも身の回りのお世話をやってあげたくて。

隼人はやとくんはゆっくり寝てて良いからね」



七瀬に付き添ってもらいながら部屋まで行き、どうにか布団に入る。


フーッと俺が一息つくと、七瀬はハンカチで俺の汗を拭ぬぐってくれた。



「何か食べられそう?

一応材料は持ってきたんだけど……」



七瀬が尋ねてきたので、[食べられそう]とだけ答える。



それを聞くと七瀬は嬉しそうな顔で[キッチン借りるね]と告げ、材料を持ってキッチンに向かった。



……待っている間に、少し寝てしまったようだ。

慌てて横を見ると、すぐ目の前に七瀬の顔があった。



「ごめん、起こしちゃったかな?

ふふ、おはよう」



七瀬が穏おだやかな声で言ってきたが、二人の距離のあまりの近さに顔が赤くなっていた。


可愛い。



「もう食べられそう?

私が食べさせてあげようか?」



小悪魔のような笑みを浮かべ、七瀬が提案をしてくる。



ここまで妄想が膨らんだ時点で、ある違和感に気づいた。



七瀬が制服のままだ。



思い返してみると、これまでの妄想でもずっと制服のままだった。



理由はすぐにわかった。

七瀬の私服を見たことない。


……どうにか、私服を見るチャンスを作らなければ。




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