第26話:まだあわてるような時間じゃない

目の錯覚だったかもしれない。

一度深呼吸しよう。



……いや、もう2〜3回追加してやっておこう。



何度も深呼吸した後、再びメッセージを確認する。




『私のことを妄想してくれてるのかなって、ちょっと期待しちゃった』



……いや、ちょっと待て。



もう一回落ち着こう。

ここは大事な場面だ。



まだあわてるような時間じゃない。



時間はいくらでもある。

配信なんて後回しだ。



とりあえず一度洗面所に行き、冷たい水で顔を洗った。



よし、頭をリセットできた。



七瀬からのメッセージを確認する。

うん、今日はショットガン縛りだな。



次に有村スパイのメッセージを確認する。

うん、褒めてくれてたんだな。



有村スパイの二通目のメッセージを確認する。




『私のことを妄想してくれてるのかなって、ちょっと期待しちゃった』



……まじか!?



これだけ確認したんだ、間違いであるはずがない。



え、[期待しちゃった]ってどういうことなの?

私のことを妄想してて欲しいなって意味だよね。



え、つまりどういうことなの?

[私のこと考えてて欲しいな]ってことなんでしょ?



……ダメだ、情報が強すぎて受け止めきれない。

有村スパイの奴め、えげつない情報をサラッと出してくるな。



ちょっと待て。

有村スパイの勘違いという可能性は無いのか。



そうだ、そこは確認しておかないと。



早速、有村スパイにメッセージを送る。



《本当に七瀬がそんなこと言ってたの?》



遠回しの上手い表現など浮かばない。

直球勝負だ。


これなら返事はYesかNoか、どちらかしか無い。



有村スパイからの返事を待っている間、SNSを確認すると[今日はやらないの?]と数人からメッセージが来ていた。



やるよ。

ちゃんとやるから、ちょっと待ってくれ。


俺の今後がかかっているんだ。



SNS上で返事をしている気持ちの余裕など無い。

祈るように有村スパイからの返事を待っていると、スマホが鳴った。



《え、言ってたからわざわざ追加でメッセージ送ってやったんじゃん。

ちょっと照れた感じでリサが言ってたんだけど、なんでだろうね?》



読んだ瞬間、頭がボフッと破裂したようだった。

顔が熱い。



あの内容はしっかり言っていた上に、照れながら言っていたですと!?



瞬時に以前の七瀬の表情を思い浮かべた。



いつもとは違う様子で、少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに視線を逸らしたあの感じ。



『私のことを妄想してくれてるのかなって、ちょっと期待しちゃった』



妄想の中の七瀬が話しだした。



あぁ、なんて可愛いんだ!!



俺の妄想は止まらない。

[七瀬のこと妄想してるよ]と話しかけると、



『ほんと?嬉しい』



照れながらも嬉しそうに笑う、妄想上の七瀬。



天使だ。

そこに天使がいる。



気持ちを抑えきれず、枕に顔を埋め、脚をバタバタさせてみる。

無駄に横にゴロゴロと転がってみる。



何をやってもニヤニヤが止まらない。



とりあえず有村スパイに返事を送ることにしよう。



《ごめん、俺にもわかりません》



よし、これでいい。

ニヤニヤは止まる気配すらない。



ゴロゴロしながら、何度も有村スパイからのメッセージを見返した。



あぁ、夢みたいだ……。



思わずそんなことを呟つぶやいていたが、現実の方ではSNS上で配信を催促する声が増えてきていた。



しょうがない、やるか。



そう意気込んで準備を整え、配信を始める。

最初はいつも通りの台詞だ。



「こんばんは。

今日はショットガン縛りでやっていきたいと思います。

よろしくお願いします」



顔はニヤニヤしたままだったが、できるだけいつもの口調で話した。



そこからいつも通りゲームをやっていく。



ただ、今日はめちゃくちゃ負ける。

最初の撃ち合いでも普通に負ける。



原因はわかってる。

ゲームに集中していないからだ。



ゲームをやっていても、七瀬の顔しか浮かんでこない。



気づいたときには一方的にやられた後のときもあった。



配信のコメントでも[どうした?]とか、[体調悪い?]といった物が多くなってきた。



今日は無理そうだな、まだニヤニヤしてるし。



[体調不良]を理由に、その日の配信は中断した。





次の日、学校に着くとすぐ七瀬が近寄ってきた。

そのまま申し訳なさそうな表情で言う。



「体調悪いのに、昨日はお願いしちゃってごめんね。

今日もう大丈夫なの?」



……そんなに真っ直ぐ、俺を見つめないでくれ。


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