第6話・持つべきは優れた師匠

 魔獣と遭遇してしまったシャロは森の外へ向かって走っていたが、追う立場を経験していても、追われる立場になったことがないシャロは上手く逃げることができないでいた。なぜなら不揃いに生い茂る多くの太い木々に進行をはばまれていたからだ。

 そして森の中で上手く逃げられないでいたシャロとは違い、魔獣は太い木もお構いなしに押し倒しながらシャロとの差を詰めていた。


「このままじゃ追いつかれちゃう!」


 迫る魔獣の地響きにも似た重い足音が近づくのが分かり、シャロの焦りは更に増していた。

 そしてその足音の迫り具合からこのままでは逃げ切れないと感じたシャロは、体を素早く反転させると同時に両手を魔獣へ突き出した。


「ファイアボール!」


 大人の頭ほどの大きさをした火球が魔獣へ向けて勢いよく飛ぶと、その火球は見事に魔獣の顔面部分へ命中した。


「やった!」


 シャロは思わず右の拳を握り込んだが、それによって魔獣の進行速度が衰えることはなかった。しかも直撃による煙が晴れたあとの魔獣には火傷はおろか、傷の一つもついていなかった。


 ――第1序列魔法程度じゃ効かないってこと!? 魔獣の弱点とか戦い方とか師匠はなんて言ってたっけ? えーっと、確か浄化魔法を使うか風魔法で瘴気しょうきを散らしてから攻撃をするんだっけ。


「って、どれもできないよーっ! もぉーっ!!」


 今の自分には打つ手が無いことに気づいたシャロは半泣き状態で森の中を駆けた。

 4ヶ月前まで戦い方すら知らなかったシャロは、体力的にはまだまだ並みの少女と大差ない。よって徐々に足の動きも鈍り、いよいよ魔獣にその背を捉えられようとしていた。


「ししょぉーーっ!!」


 切羽詰せっぱつまったシャロが半べそ状態で大声を上げた次の瞬間、目も眩む激しい光が森と魔獣を包み込んだ。


「い、今のはいったい……」

「ったく、情けねえ声出しやがって」


 聞き慣れた声が後方の木の上から聞こえ、シャロはすぐに声がした方を見た。するとそこにはやれやれと言った感じの表情を浮かべたアースラが、大人の男3人分ほどはある太い枝の上に立っていた。


「し、師匠!?、どうしてここに」

「森の様子がおかしいから見に来たんだよ」

「そうでしたか……あっ! それよりも魔獣が――って、あれ? 居ない」

「そりゃあそうだろ、俺が倒したからな」

「そ、そうだったんですか、はあっ……」


 安心したシャロは途端に全身から力が抜け、その場にペタリと座り込んだ。するとその様子を見たアースラはスッと木から飛び下り、シャロへ近づいた。


「どうした、ビビッて漏らしたか?」

「な、なんてことを言うんですか! 漏らしてなんかいませんよ!」

「だったら早く立て」

「か、体に力が入らないんですよ」

「ったく、しょうがねえ奴だな」


 面倒しそうにしながらアースラは腰を抜かしたシャロを肩に担ぎ上げて歩き始めた。


「あの、助けてくれてありがとうございます」

「お前の命は契約の代価だからな、こんな所で死なれたらこれまでの苦労が全て無駄になる」

「……師匠って本当に素直じゃないですよね」

「なに言ってんだ、俺くらい素直な奴はいねえだろうが」

「へえー、そうですかぁ」

「不満があるならここに置いて行ってもいいんだぞ」

「ふ、不満なんてありませんよ、あるはずないじゃないですかぁ」

「相変わらず調子のいい奴だな」


 こうして魔獣はアースラによって討伐され、シャロは大ピンチから救われた。

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