優美な龍
水の地域の長は、北の果てにあるという滝壺を住処にしている。
ジュエルのオーラの追跡は一時中断し、僕たちはシマが呪文を唱えて出した銀色の魔法陣に入って滝壺の近くにある祠の近くに移動した。僕は魔法陣の中で迷子にならないように、しっかりシマに腕を掴まれながら。
「うわーさすがに寒いですね。てか、この方法での移動は初めてでした。帰りに教えてください」
白い息を吐きながら、僕はシマに言った。
「そうですねぇ。いつまでも腕を引いているわけにはいきませんからねぇ。自分で温かい格好をしてください。今度はギンガくんも助けないように」
シマは厚手のマントに身を包んで、暖かそうなストールを首に巻いていた。それを真似しろという事ね。
この辺はほとんど生き物が来ないため、通行口がしっかり整備されていないようだ。そのため原始的な魔法陣での移動が有効とされるんだけど、僕は学院でオーラが確定していなかったから実習にすら参加していない。
失敗すると、魔法陣の中で体がバラバラになっちゃうんだって。頭は目的地に着いたけど、腕は別の場所に行っちゃった、みたいな。ま、即死だよね。
僕はシマの黒いマントを真似して身に着け、ギンガさんにこっそり手袋を出してもらってそれを手にはめながら二人の後を追った。
さすがに北の果ては寒い。空もどんよりと曇り、冷たい空気で辺りが張りつめていた。
祠に近づくにつれて、滝壺からザーザーという水の音が聞こえる。こんなに寒いのに凍っていないのはやはり不思議な力が働いているからなのだろう。無数の岩と、枯れて葉がついていない細い木がまばらに生えている道の先に鳥居があり、奥に茶色い祠が見えた。
その奥が滝壺だ。白い鳥居だと思っていたものは、近くまで進んでよく見ると古い木のようで、地面から生えた2本の白い木が上で器用にくっついて、鳥居のような形となっていた。
シマとギンガさんは白い鳥居に向かって歩いている。
でも、それをくぐっては……いけない。
「待って!何か、やばそう!」
僕は必死に叫んだ。もうすでに、ここの長は僕たちを見ていて、そこに足を踏み入れた途端に襲ってくる。そんな気がした。
「なんかヤバいです。嫌な感じがします」
「嫌な感じですか……どちらにしても、水色の龍に会わなければなりません。出てきてくれないのなら、こちらからお邪魔するしかないんです」
「でも、そこから先は聖域みたいな感じで、入ったら怒られます。てかもう怒ってるような気がします」
僕がそう言っている間に、ポツリ、ポツリと水滴が落ちてきた。
「シマさん、ドラゴンは普通にしゃべるんですか?」
雲の色が一層濃くなり、灰色の空の奥の方でゴロゴロと音がする。
「いいえ。彼らは独自の言葉で会話をします。普通の魔法使いには理解できないでしょう」
大粒の雨が地面を濡らす。
「って、どうするんです?」
ザアザアと音を立てて雨は激しさを増し、冷たい地面に打ち付けられた水は、蒸気のように細かい霧になって濛々と辺りを舞う。
打ち付ける水と寒さで体がこわばり、自分の体から温度が奪われていくのが分かる。
「ジャックブレイカーの血をなめないでくださいね。第3の世界の生き物は大体取り扱えます」
と、シマが一人で前に進んでいく。
上だ。どこから出てきたのか。いつの間に飛んでいたのか。
激しい雨で、上を向いてもしっかり目を開けていられない。手で顔を覆いながら、僕は鳥居の上空を見た。
ドラゴンというと、ずんぐりとした体で大きな翼をもつ。鱗は硬く、火を吐く種族もいる。
それが。そこにいたのは、蛇のような長い体。透き通るような水色の体は、水に濡れた鱗が艶めかしくつやつやと光っていた。
その生き物は、鋭い爪を付けた短い手が生えていて、頭には大きな角が。たてがみのような短い毛が背中に揺れ、一対の長い口髭を優雅に漂わせながら空に浮かんでいた。
何というか、こんなの見たことない。めちゃくちゃかっこいいし、綺麗だ。僕は寒さも忘れて、水色のドラゴンに見入っていた。
「アラン、あれは人間の世界の東洋というところのドラゴンらしい。俺も名前しか聞いたことがなかったんだがな。リュウという生き物だ。今は何を感じる?」
ギンガさんも腕で雨をよけながら空を見上げていた。リュウの黒い瞳は一人で鳥居の前に立つシマに向いていた。ざあざあと、雨の音しか聞こえない。リュウは時々白い煙を口から吐き、体をくねらせている。
「これはとても強い力です。あのホンが言っていたジュエルが祀られている祠っていうのは間違いなくここですね。それをこうして、あの一族が守り続けているんです」
「そうか。普通の魔法ではこの雨を防げない。だが、ジュエルの力をなくす力が働いたらどうなるんだ?ここを突破されて、4大ジュエルの1つが奪われる事態になったら」
「なるほど……」
次第に雨が弱くなる。稲妻が光る暗い空が少しずつ明るくなって、雨が上がるころには少しどんよりとした曇り空に水色のリュウが浮かんでいた。
珍しい生き物を見て上しか見ていなかったが、シマはしっかりこの生き物と話ができたようで、誇らしげな顔をこちらに向け、こちらに来いと手招きをしていた。
僕とギンガさんは服から水を滴らせながら鳥居の近くまで進む。動くと一気に寒さが戻ってきて、僕は体を震わせた。
「いやぁ、すごい雨でしたね。彼はスイリュウという名前のようですよ。今の雨で、体を浄化してくれたそうです。もう祠の中に入っても、死ぬことはありませんよ」
アランくん、止めてくれた君には感謝してますと、びしょ濡れのシマが言った。やっぱり、なんか変な呪いがかかってる所だったみたい。
「シマさん、寒いです。スイリュウは何と?」
震える僕を見て、シマはため息をつきながら僕の服を乾いた物に変えてくれた。一瞬頭に温かい風が吹き、髪も乾かしてくれた。
「やはり水の地域があのように晴れるのはおかしいと言っています。ざっくりと悪い奴らがジュエルを盗みに来るかもと伝えておきました」
「ざっくり過ぎません?」
「まぁ……話ができる者がいなかったら、あの雨を凍らせて槍状にして降らせて殺そうかと言っております。そういう力もあるんですねぇ…しかし、それもジュエルの力ならば使えなくなるかもという事も伝えました。どうすればいいんだと聞いておられます」
スイリュウは言葉を口にしないのか、よくわからないがシマと会話をしているようだ。口ひげが時々なびいている。
「どうすればいいんだって言われてもなぁ。今まで見えたものを整理しても、それらしいものは見えてこないです」
ギンガさんはオーラ全開で見えたものを辿っているようだ。彼の体の周りにはあの時見たようなたくさんの色が渦巻いている。
「力は貸すと言っておられます。とりあえずよかったですね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます