Ⅴ
銀色の妖精
まだ扉での移動を覚えたばかりの僕は、念のためシマに手を引かれて魔法陣の扉を抜けた。
すると。そこは灰色のレンガで作られた建物のバルコニーみたいなところ。
石造りの建物は森の中に立っているようで、目の前には見渡す限り緑色の木々が広がる。振り返ると、ドアに刻印された僕の部屋の魔法陣がだんだんと薄くなって、不揃いのレンガが浮き出てくるようにドアをかき消した。
「ここは各研究施設が入っている建物です。本当はキミなんかが来るのは、まだまだ先のはずだったのですが。レリオンがこれまでに見つかったジュエルの情報を集約し分析している部屋に向かいます」
と言うと、さっきレンガが浮き出てなくなったと思った場所に白い扉が現れた。シマと勉強をし始めてから、取っ手のある扉を見るのは初めてだ。
「ここは普通の部屋なんですか?」
「この建物は人間の魔法使いではなくレリオンの種族が作った物です。扉は特定の場所に固定されず、欲しいと思った場所に召喚できるのです」
キィィ―――――
か細い音を出しながらシマが扉を開けると、薄暗い部屋の中に何人ものドワーフが。いくつもの声がガヤガヤと飛び交い、騒々しい。ドワーフの研究所って、初めて来たけど、天井も低いし家具も全部僕の腰より下で、何となくかわいい感じがした。
部屋の壁際には、ずらりと半透明のボードが浮かび、読めない文字や映像が浮かんでいる。どうやらドワーフ一匹に一つのボードと、それを操作している装置が与えられているようで。人間で言ったら、パソコンみたいな感じなのかな?
それと、部屋の中央には小さな椅子が。古いけど、フカフカしていそうな真紅の布が張られている。王様が座るみたいな椅子が6つ、円を描いて置かれていた。
手を思いっきり伸ばせば届きそうな天井はドーム状になっていて、その暗い天井には第3の世界の地名が浮かび上がり、いたるところに様々な色の星のようなものが光っている。僕は天井を見上げて、しばらく口を開けていた。
「頼もしいのかバカなのか……一緒に来るんですか?俺は自分の身を守るのに精一杯ですよ?」
ふと顔を戻すと、ギンガさんが腕を組んで僕を睨んでいた。
相変わらず、帽子を深くかぶり左目が髪の毛で隠れている。僕は無言で頭を下げた。威圧感が半端ない。
今日は戦場で着ていたような軍服じみたローブではなく、白いシャツにネクタイを結び、上着とは違う生地でできた上品なベストを身に着けている。
そんな人間じみた格好だから、頭の三角帽子がかなり不自然で僕はそれを2度見してしまう。
「シャッターはうまく閉じているようだな。けど、大丈夫か?今回はあっちの世界に行くかもしれないんだぞ」
「あっちの世界というと?」
僕はシマに助けを求めるように顔を向けた。いつの間にか手にバインダーを持っているシマがため息をつく。
「かなり心配ですねぇ。通行口の中で迷子にならなければいいのですが。どうやら、ジュエルを奪った組織が人間界によく出入りしているらしいのです」
「人間界、というと……」
「第2の世界にある、『アース』という惑星に出入りするということだ。奴らはそこで、よく人の子を攫ってくる」
「奴らというのは?」
今度はギンガさんがシマに助けを求めた。
「はいはい。それは私が説明しますから、ギンガくんは通行の許可を3人分取ってきてください」
そう言いながら、シマはギンガさんにバインダーを渡す。ギンガさんは一番奥にある壁一面が大きなボードとなった場所に向かっていった。担当のドワーフが腕を一生懸命伸ばしてそのバインダーを受け取っている。ってか、ドワーフってみんな同じような顔をしててほんと特徴がないよな。
「それではですね、今から重要なことを話すのでもれのないよう覚えてください」
シマは一番近くにいたドワーフに、ボードをお借りしますと声をかけた。それを使っていたドワーフは怪訝そうな眼を僕らに向けながら、使っていた半透明のボードを壁に押し付けると、それがスッと壁に吸い込まれていく。
と、リセットされたのか、まっさらなボードがすぐに壁から浮かび上がってきた。
「まず、奴らというのはですね。この世界では和平を結んだ生物が議会を作り、その中から選ばれた生物が王となってこの世界を取り仕切っていますね。でも、和平を結んでいない生物もたくさんいますし、アランくんのような人間の姿をした魔法使いでもその議会の元にこの国を任せたくないと思っている魔法使いもいます」
ボードには今の国王の名前が丸で囲まれて、その下に和平を結んだ生物の名が連ねられていく。
第3の世界での争いは、思想の違いの他に領土を争う人間の魔法使いの対立や、先住民族と人間の魔法使いの対立で起きることが多かったようで。
地域ごとに独立した政治を行ってきた人間の魔法使いはそのうち手を結んで、ほかの生物とも力じゃなくて、対等な立場で第3の世界を良くしていこうということで一度は話が付いて、今の議会が生まれた。
ところが。小競り合いはいつとなく起きていたみたい。
議会になんか任せておけるか
自分は自分の生きたいように生きる
誰の支配下にも置かれたくない
この世界で一番魔力があるのは自分だ
そんな、反議会派の魔法使いが集結するのに時間はかからなかった。主に強い魔力を持つ人間の魔法使いで構成される、その反議会派をセンチュリーでは「サードアイ」と名付け、挙動を追っていたらしい。
サードアイという名前は「長の書」から出てきたみたいで。第3の世界に闇をもたらすものとしてたびたび長の書に名前が出てきていたそうだ。
「銀色の光をまとう妖精」
と、今度はボードに字が浮かんだ。
サードアイという組織はどうやらその妖精がリーダーとなり、反議会派の異端者を集めて何らかの活動をしているそうで。その妖精が好むのが魔力の強い人間の子供なんだって。
数百年に一度、人間の子供を神にささげるという儀式があって、サードアイという組織はその神様のために人の子供を攫うのだという。どんな神様を信仰しているのかもよく分からないし、反議会派というか、悪趣味な宗教の集まりかもしれないとシマは付け足した。
「ここ数百年では、人間界にいる魔法使いとも連携が取れるようになってきましてね。調査を頼まれて私も長の書を読んだのです。それを元にギンガくんに動いてもらってようやく組織図が浮かんできたところなんです」
「人間界にいる魔法使いって……第2の世界にあるアースというところに行き来できるのがまず不思議ですよねぇ。ってか、そんな世界が本当にあるんでしょうかねぇ」
「最近はセンチュリーが通行口の整備もはじめて、それを委託する業者もできてきた。悪いことを取り締まる予防として、こうして人間界に行くには国王の許可が必要になったってわけだ」
手のひらサイズの透明なシートを手にしたギンガさんがそう付け加えた。
どうやらこの透明なシートが許可証らしい。体のどの部分でもいいから付けてみろと言われて、僕は袖をまくってペラペラのシートを腕に乗せた。
と。ジワリと温かくなる。透明なシートはあっという間に溶けてなくなり、代わりに僕の腕には見覚えのある魔方陣が浮かび上がってきた。
「うわー!ドアと同じ模様!なんか呪われたみたいなんですけど!」
「それでいいんです。アランくんのオーラが刻印されただけですから。これくらいで慌てないでください。まったく……」
腕を振り回す僕を見て、なぜかギンガさんが笑顔になった。
「レリオンがこの前のジュエルを分析した。分析したというか、研究途中だったらしいがな。どうやらとんでもないモノだったらしい。じいさんは今、国王に怒られてるんだろうな」
「怒られてるんですか?まさか、王様の物だったとか?」
「国王もその力が欲しいだろうよ。もしも、すべてのジュエルをコントロールする力が手に入ったらどうする?」
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