生きている本

 僕は本を閉じて、シマの顔を見た。


「意外と早く終わりましたね。どうでしたか?」


「どうって……あなたもそこからなら一緒に読めましたよね?てか何の物語なんです?」


 シマは親譲りの皮肉な笑みを浮かべながら言った。


「その本に書いてありませんでしたか?自分に必要なことが書かれるって」


「ありましたけど、ほとんどは何かの物語の始まりみたいでしたし。あ、でも第2の世界の事がなんとなく分かりました」


「そうですか。開いた本人以外には、ただの白紙にしか見えないものですから」


 いやぁ良かった、と言いながらシマは立ち上がった。


「第3の世界の血が流れていないものがこれを開けば、本に吸い込まれてしまうという厄介な本でしてね」


 はぁ


 僕は適当に相づちをうった。当たり前だ。自分でさえ生まれた場所も、親の名前も知らない僕を赤の他人がやすやすと受け入れるわけがない。


「悪く思わないでくださいね。この本は昔からこの世界にある魔法書のようで」


 全てはジュエルを守るため。『長の書』と呼ばれている僕が読んだ本は、レリオンの研究対象となる生物が必ず読まされるようだ。自分にとって大切なことや知らなくてはいけない事が書かれるという。


「白紙で文字は読めませんでしたが、アランくんのシャッターが完全に開いていましたので大体はわかりました」


「じゃあ、第2の世界から来たというヒトは僕と何か関係があるのでしょうか」


 僕は色褪せた本を両手に取りながら先ほどの話を思い出していた。って、あれ?本、ちょっと縮んだ?


「そうなんですよ。この本は、読まれるたびにサイズが変わります。この本が伝えたい事があるほど大きくなる。表紙を開けなくなればもうお告げは終わりということになるようで」


「へぇー。じゃあさっき出てきたヒトに対してはめちゃくちゃたくさんのお告げがあったって事か。自分よりでかい本なんて見たことないですからねぇ」


 ま、それにもなにか理由がありそうですがね。


 と、シマは小さな牙をチラつかせながら言った。開くたびに内容が変わる本、長の書は、意思があるのか時には対話もできるのだと、シマは言った。


「アランくんは、 第3の世界の扉に入った時に『最初の人間の子孫』と、そう言われたのですよね?」


「はぁ。でも、僕そんなこと言いましたっけ?」


「キミの頭の中はずっとそればかり考えているからですよ。シャッターも閉めずに情報がダダ漏れです。椅子を出す時もしっかり集中しないで、そんなことを考えてばかりいるからうまくいかないのですよ?」


「すみません。でも、気になっちゃって」


「まずはしっかり集中して、シャッターを閉めるところから始めなければいけませんね。まったく……アランくんがこのままの状態で学院に居続けたら、ジュエルのことが周りに知られてしまいます。すぐに連れてきてもらってよかった」


 シマはため息交じりに言った。


 確かに。僕は興奮すれば、シャッターもうまく使えない。集中しろと、学院でも何度も言われてきたけど、気になることがあれば気になってしまう。


「そのようですね。それでは、一切の疑問をなくしてしまえばいいのでしょうか?キミの本当の力を引き出すには、自分自身を知る所から始めればいいのでしょうかねぇ」


 シマは立ち上がり、僕の周りを歩きながら一人でしゃべっている。コツコツと靴の音が響いた。


「あのー、僕はこれからどんな事をするんでしょうか?」


「あぁ、そうでしたね。ここがどこなのかもよくわかっていないようですね……失礼いたしました」


 シマはそのまま辺りを歩きながら話し始めた。それにしても、ここは白いだけの部屋。ずっといたら頭がおかしくなりそうだ。


「この部屋は、アランくんの好きなようにできる部屋です。広さも変えられますし、窓も作れます。普通の魔法使いは部屋を与えられたら、自分の好きな家具を出したり模様替えをするのですがアランくんはまだ難しいですね。まずは、この部屋を自分の好きな部屋に作り変えることを目標としましょう」


「……わかりました」


「それから、この施設は第3の世界の外れにあります。まだ未開拓の地があると、学院で習いましたよね?」


「はい。西の外れにある森のことですね?」


 教科書に書いてあることなら得意だ。


「そうです。一般向けには、西の外れの森ということになっていますが実際はその先にももう少し土地がありましてね」


 シマは立ち止まり、透明なボードを出した。空中に浮かんだそれに、すらすらと地図が描かれていく。


「アランくんが知っているのは……そうですね、ざっとこんな感じでしょうか?」


「はい。中央に学院やお城があるヘブンの中枢の機関が集まっていて周りは大体4つのブロックに分かれていると」


「そうですね。この中心を囲むように、水、火、風、大地、と4つのブロックに分かれていますがそれはかなり昔の話。今は生物の垣根も超え、領土争いが絶えない時代です。

 火の土地でも風を得意とする種族が暮らしていることなど当たり前になりました」


「さっきの本のおかげで、魔法に特化している土地がある理由が分かりましたよ」


「それならよろしい。それぞれの土地には昔、罪を犯したというヒトがジュエルとなって眠っているとされています。それは誰も見たことがないのですがね。そういった、この世界の謎を解き明かそうという機関があります」


「ここ、ですか?」


「まぁ、そんなところです。ここはセンチュリーという名前の諜報機関。第3の世界の分析と、第2の世界に保存され、人間が住んでいるアースという惑星の調査をしています」


「アースの調査……たしか、人間の住む世界はすでに滅んでいて、その後にできたのがこの第3の世界だと。ただ、異空間説の中での一つの思想にまだどこかに人間だけが住んでいる世界があって、そこは専用の通行口で繋がれていると…」


 シマはにこりと微笑んだ。


「さすが、教科書の中のことは完璧ですね。その通行口の調査も行っていますね、私たちは。次元の違う第2の世界にあるアースと、行き来ができる通行口です」


「へぇー」


「アランくんがこの前のミッションで一緒だったギンガくんは主に人間界の魔法使いの調査を担当しているんですよ。まぁ、何というかあの特殊なオーラはいろんなものを察知する能力に長けていますからね。この前はジュエル探しでその力が役に立つと思ったので抜擢したんです。彼はだいぶ君のことが気に入ったみたいで、一人前になったら部下に欲しいと言っていましたよ」


 欲しいなんて思われたのか、この僕が。どうせ、同じ寮出身だからなんだろうけど、うれしい。誰かに必要とされることは、やっぱりいい気分になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る