古よりの使者から
古よりの使者、と名乗る者が現れた。それは我々とは姿形が違う、妙なところにだけ毛が生えた生き物だった。
その生き物は、自分の種族をヒトだと言う。
長いあいだ、この世界の中心に立っていたが、そんなものは聞いたことがなかった。
だが、ヒトという生き物は、この世界の言葉を話した。
自分は神に作られたという。
神は新しい物を作ると必ず、この世界に解き放ち、出来が良ければ種を繁栄させるという。
神がつくりしものならば、あの力の源を持っているはずだが見たところヒトと言う生き物は、妙な物を体に巻きつけているだけで何も持ってはいないようだ。
本当に不思議な生物だ。
か細い2本の足でしっかりと立ち上がり、自由になった前足はだらりと垂れ下がっている。
あの力の源は種族の象徴のようなもの。
それぞれに力があり、その力が世界に誕生することによって新たな均衡を生み、その度にこの世界は生まれ変わり成長を続けていく。
力の源のありかをヒトに問うと、ヒトは細い前足で腹の上のあたりを触って「ここにある」と言った。
体に巻きつけているものなのかと問うと、これは服というもので、力の源はココロという名前らしい。
全くデタラメなことを言うものだ。心の臓のことか。心ならば私たちにもある。神はこの世界にないものを新たに作るはずだ。
この世界に生きている生物すべてが持っているものを、力の源と呼べるのだろうか。
いや……角や目玉が力の源だという種族はいるが、心臓が力の源だという種族はいただろうか。
すると、ヒトは私の思っていることがわかるとでも言うように頷いていた。
私が何も話さなくなると、ヒトは自らを「古よりの使者」だともう一度言った。
もう少し話を聞くと、ヒトというものは、神が我々よりも先に作ったもので、第2の世界から送られてきたのだという。
第2の世界から来た生き物は初めてだ。神は出来のいい生物を第2の世界に集め、永久保存をしているという。
神からお声がかかったものは、この世界での生の道を全うし、死して第2の世界で永遠に生き続けるという。一度死んだ種がこの世界に戻ってくることなどありえるのだろうか。
さらに話を聞くと、ヒトとは神と同じ姿形をしているという。
遥か昔に、神は自分と同じ容姿の生物を作ったそうだ。それをヒトと名づけて、オスとメスの2種類の体を作った。
2種類の体を作ることはそう珍しくない。私の知る生物の中にもいる。神は遥か昔ヒトをこの世界に作り上げ、繁栄させたのだという。我々が誕生する遥か昔のことだそうだ。
ヒトはそれぞれに力を持っていて、その力を使い、木の生い茂る山を作り荒れ狂う海をも作り出したという。
ということは、今いるこの世界は、元はヒトが作り上げたものなのか。
ヒトの話はまだ続いた。
長いあいだ、ヒトはこの世界で生活していたそうだ。次第に力のある者同士が対立し始め、無意味な殺し合いが起きるようになったのだという。
私はぞっとした。
同じことが今、この世界でも起きている。力の源をめぐって、はじめは小さな喧嘩だと思っていたものが、気がつけば多くの命が奪われていた。
神はそれに当然気付いておられるのだろう。だからこのヒトというものを送ってきたのだろうか。
私は、その後この世界はどうなったのかヒトに問うた。
ヒトは少し悲しそうな顔をしたが、話をしてくれた。
殺し合いというのは相当悲惨なものだったようだ。大きな力を持つヒトを頭として
水を操る種族は大雨を降らせて海を荒らした。
火を操る種族はすべてを焼き尽くす豪火を放った。
風を操る種族はすべてを宙に巻き上げて吹き飛ばす。
大地を操る種族は大地を揺らしてバラバラにした。
これらが一度に起きたこの世界は、一体どのようなものだったのだろう。
ヒトは、そうして自らの種を滅ぼしたという。頭としてこの厄をひきおこした4匹のヒトは神の力で固い石にされてしまったそうだ。
ここまで話を聞いて、私はこの生き物の話が本当だと思えるようになった。
この世界の力の根源は「火・水・風・大地」この4つからなっていると伝えられていた。我々が今生きているこの世界には、火・水・風・大地の力に特化した土地がある。その土地には、力の源となる石が隠されているとされていて、それぞれの土地の秘境というところに祀られている。
その土地に昔から住み着いている、力の強い生き物が代々、秘境を守っているようだが誰もその石を見たことはなかった。
目の前にいるヒトの話では、はるか昔、神によって4つの石となったヒトは罰として永遠にこの世界にあり続けることとなったという。
それぞれの力を均等に出し続け、この世界の平和を保つことを課せられたそうだ。
ふと私は疑問が浮かんだ。
目の前にいるヒトは、どうして第2の世界に送られたのかと。
これは、私が声に出さず心の中で思っていたことだったが、驚いたことにヒトは私がたった今疑問に思ったことを口に出した。
そうして驚いている私を見て、ヒトはこう言った。
私が普通ではない力を持っていたから第2の世界に送られたのだと。
普通ではない力。
今のように相手の心の内を読み取ることだろうか。そう思うと、他にもある、とヒトは言った。私はまた思っていることを感じ取られ、引きつった顔をした。
そのヒトの力は「魔力」というらしい。
その力を使えば、水も風もどんなものでも自由に操れるらしい。
信じがたいことだが、ヒトは私の目の前で地面から小さな苗を生やし、みるみるうちに花が咲いた植物を、自らの指先から出した光であっという間に燃やしてしまった。
なんということだ。こんな力を使われては、この世界は滅んでしまう。
私はとっさに身構えた。私のほうが体は大きい。不意を付けば倒せるはずだ。そんなことを考えていると、ヒトはハハハと声を上げた。
どうやら笑っているようで、驚かせてすまないと体を二つに折り曲げた。この動作を「礼」というらしい。
どうやらヒトは、詫びを入れる際に頭を下にさげて体を二つに折りまげるようだ。
そうしてヒトは、自分はこの力をむやみに使わなかったから神に拾われたのだと言った。
力を込めれば、どんなこともできるという。恐ろしい力だとヒトは言った。
第2の世界とは何なのか問うた。
ヒトは、殆どこの世界と変わらない、美しい場所だと言った。そこには時々、神が姿を現して対話をするらしい。もっとも、それはとある力のある生き物しかできない異形の技で、普通の生き物からは気味悪がられることもあると言った。
時々、違う世界の神も対話をしに来る事があり、自分の新しい作品の参考にされるのだという。
長いあいだ、ヒトは第2の世界で生きてきたそうだ。これから先も永遠に、この美しい星の行く末を見守っていくものだとヒトは思っていたそうだ。
それがどういう事なのか。神からもう一度、種を繁栄させてみないかと声をかけられたとう。古より秘められた力を、うまく使ってどうにか世界を平和にして欲しいと。
神はこの世界で起きていることをすべて知っておられるのだ。
今のこの世界を救うのはヒトだということか。
私はこの世界の長だ。
長は、新しい種族に住居を与え、職を命ずる。
それが我が種族の職だ。だが今は、それも危うい。
何十年、何百年、こうしていただろうか。新しく来るものを迎え、世に送り出す。いつしか仕えていたものもいなくなり、みな争い始めた。
私はただ見ているしか出来なかった。私のような、薄い紙の集まりに何が出来るというのか。ただ、私は何をされても壊れなかった。
水に流され、火あぶりになっても消えない。破れもしない。どんな衝撃を与えられても、ただここにあり続けた。
神は私に「ホン」 という名を与え、この神殿に置いた。中を開けば、開いたものに必要なことが描かれる。
これから何が起こっても、永遠にそうあり続ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます