ジョンの秘策

 自殺行為とした思えない方針に、ハンターはおろかライアンまでもが顔に驚きの表情を浮かべた。だが、そんな2人とは対照的に、ジョンの態度はあくまで淡々としていた。


「そんなに驚くようなことじゃない。と言うより、持っている選択肢が少ない以上、我々はそうせざるを得ないんだ。これは、戦略的な劣勢さの現れだよ」


「し、しかし、そのようなことをすれば、私たちの全滅は火を見るより明らかです。せめて名士層の動きを牽制しつつ、篭城ろうじょう策を取るべきではないでしょうか」


「これは基本方針だ。細かな部分は戦場で修正していくが、この方針自体を変えるつもりはない」


「隊長には何か策があるんですかな?」


 ライアンの質問にジョンは短く頷きを返し、棚から一枚の紙を取り出した。それは、泥にまみれて見えづらくはなってはいたが、ニューヨークからキングストンまでを網羅する地図であった。

 まだ地球上が豊かな緑と発展した都市に覆われていた時代の地図。生まれた時から泥に覆われた大地しか見たことのない三人とって、それは想像とホログラムの中にしか存在しないものであった。


AD地震前時代の地図ですな。こんなものどこで?」


「サルベージ・グループの中に家屋を丸ごと引き揚げた者がいてね、そいつのオークションで購入したのさ」


「それで、この地図が一体何だというのですか?」


「うん。ここからが作戦の話だ」


 ジョンは地図上でニューヨーク集住地の場所に指を置いた。そして、ハドソン川に沿って北になぞり上げていき、たどり着いたキングストンでその指を止めた。


「ニューヨークとキングストンの位置関係はこうなっている。キングストンが北、ニューヨークが南。そしてキングストン兵は目下、船でハドソン川を南下中だ」


 ジョンの指は今度はハドソン川を南へと下り始めた。ライアンとハンターは言葉を挟まず隊長の声に静かに傾注している。


「我々は、敵をキングストンとニューヨーク間の最も有利に戦える場所で迎え撃つ。それは、敵にある程度の疲労を強いるニューヨーク寄りの場所であり、かつ我々のスキルを十分に生かせる場所であるべきだ。それはどこだと思う?」


 ジョンは二人にそう問いかけたが、ハンターもライアンも答えを持っているはずがなかった。


「・・・お手上げです。それはどこですか?」


「それほど難しい話じゃない。この限られた条件で、我々が十全に力を発揮できる場所は限られている。忘れたのかい?我々はサルベージ・グループだ」


 その言葉とともに、地図上を動き続けていたジョンの指が、と一点に止まった。

 二人は身を乗り出してその場所を覗き込んだ。ハンターがその地名を読み上げる。


「これは、オレンジバーグ・・・ですか?」


「そう、オレンジバーグ平原。ここを奴らの墓場とする」


$ $ $


 その後、暫くしてジョンの居住ポットを出たライアン・リボルバーライフルとハンター・ドロウンボディは、それぞれジョンから与えられた仕事を遂行するため、乗合船で移動していた。


「何というか・・・、本当に頭の回る人だな」


「全くですね。ジョン隊長が敵でなくて本当に良かったと思います」


「同感だ。この策が成功すれば、我々は生きて帰れるかも知れるし、キングストンにかなりの打撃を与えることができる」


「未来に希望が持てる話で有難いことです」


 これまで、迫り来る死に諦念すら覚えていた二人であったが、ジョンが立てた作戦はそれを吹き飛ばすような奇想天外なものであった。名士層に作戦を気取られぬよう無表情を装っていたが、抑えきれない驚きと興奮が二人の顔を歪ませていた。


「そういえば、まだ出撃まで多少の時間があるな。ハンター、お前は何して過ごすんだ?」


 ほんの気まぐれにライアンは質問した。

 ハンターは少し照れたような表情をすると、ポケットから手のひらに収まるほどの小さな箱を取り出し、中身を見せながら答えた。

 そこにはダイヤの付いた指輪が入っていた。


「私はこれから彼女にプロポーズをしようと思います。指輪を受け取ってもらって、この戦争が終わったら結婚するんです。都合六回目のプロポーズですが、今度こそ上手くいきそうな気がしていて」


「・・・それは止めておけ。帰った後にした方が良い」


「どうしてですか?こういうのは勢いが大事と聞きましたが」


「理由は聞くな!俺にもよく分からんが、とりあえず止めておけ。帰った後なら、俺がプレゼント用のケーキでも焼いてやるから」


「ふむ、よく分かりませんが、ケーキをいただけるならそうしましょう」


 ハンターは納得はしなかったものの、一応の同意をして指輪を引っ込めた。理由は分からないが、友人の命を救ったような気がして、ライアンはその太い腕で胸を撫で下ろした。


 すでに紅い太陽はよどんだ泥の地平線に沈み始め、泥上には二人の影がやけに濃く映り込んでいる。彼らにとって激動だった一日がようやく終わろうとしていた。

 キングストン兵がここニューヨーク集住地に来襲するまで、残りあと四日と数時間。いかに時を過ごそうと、その瞬間は刻一刻と近づいていた。

 ジョンの作戦が成功するか否かは、ライアンとハンターの働きが大きく寄与している。二人はどちらからともなく笑い合うと、拳を合わせ、それぞれに与えられた使命を遂行すべく乗合船を後にした。

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