二人の副官

「暇な人間ほど、他人の時間を奪うことに頓着とんちゃくしないらしいな」


 ニューヨーク集住地の式典ポットを出たジョン・ボタニカルシャンプーは、午後の日の光を浴び、伸びをしながらぼやいた。


「全くですな。あれほど時間を無駄に浪費できるあたり、名士層にとって今回の戦いは、戦いの名に値しないのでしょう」


「キングストンとの戦いは、我々にとっては対外防衛戦だが、名士層とキングストン貴族にとっては、集住地内での単なる政治闘争のようなものだ。おまけに反対勢力が物理的にこの世から居なくなることが約束されている。真剣になれるはずもないさ」


「それにしたって、これだけ不利な条件を整えられているんだ。少しくらい施しをしてもいいと思いますがね」


「知ってるかい。金持ちは施しをしないから金持ちになれたんだ。名士層も同じことさ」


「誰の格言ですかい?」


「私だよ。さっき名士層を見ていて思いついた」


「・・・ジョン隊長もライアンさんも、そこまでにして下さい。式典ポットを出たばかりで、どこで誰が聞いてるか分からないんですよ」


 ジョンの横を歩くライアン・リボルバーライフルは、そのたくましい腕で髭を撫でながら、ジョンの言葉に快活に笑った。付き従うハンター・ドロウンボディが気が気でないといった表情でたしなめる。


 虚栄に満ちた式典がようやく終わった。

 今までニューヨーク集住地の防衛隊長叙任式に出席していたジョンらは、今は一秒でも長く必要な時間を、実に非生産的な行事に奪われていた。

 名士層は式典の中で、ジョンの思慮深さや冷静さを幾千もの言葉を並べて褒め称え、ニューヨークの未来を頼むと言って握手を求めた。自分らが故意に死地へと送る人間に対して、である。それは人間が取れる行動の中で、最も醜悪な部類に属していただろう。

 式典の様子を思い出したジョンは、不愉快な気分になり、眼前を流れる泥流からそっと目を逸らした。


 ジョンに同行しているライアンとハンターの二人は、彼と同じサルベージ・グループ内の友人にあたる。防衛隊長に任じられたジョンは、自分に与えられた数少ない裁量権を生かし、全幅ぜんぷくの信頼を置くこの両名を副官に任じていた。


 副官の一人、ライアン・リボルバーライフルは、全身が分厚い筋肉に覆われた大男である。その体格に相応しく、たとえ泥中最深部からでも巨大な沈殿物を引き揚げる腕力と技術を備えている。

 リボルバーライフルの姓が示すように、彼の両親はライフル銃に掴まって津波の難を逃れた人物である。その風貌と姓とが相まって、周囲から恐れられることの多いライアンであるが、菓子作りという意外な趣味を持っており、子供に懐かれることが多いともっぱらの評判である。


 一方のハンター・ドロウンボディは、ジョンと同じく生まれた瞬間から自分の姓を嘆き悲しんでいる者の一人である。溺死体を意味するドロウンボディという姓は、控えめに言っても口にし難い姓であり、より直接的に言えば腐臭の漂う姓であるとさえ言えた。

 ハンターは人懐っこい整った容姿を持ち、ジョンに次ぐ巧みなサルベージ技術を有しているが、この哀れな姓と、やたら悲観的な性格のため、これまで実に五人もの女性からプロポーズを断られていた。現在、果敢にも六人目に挑戦しようとしているが、サルベージ・グループのメンバーと見なされたばかりに、避け難い死が次のプロポーズの機会を永遠に奪い去ろうとしていた。


「それでジョンさん。いや、ジョン隊長。この戦い、我々は勝てますかな?」


「兵力差は倍、おまけに精兵と素人。普通に考えれば全滅さ」


「結局徴募された兵は、私たちサルベージ・グループを中心に僅か500人。こんなの皆殺しになるに決まってます。隊長、やはりここは篭城ろうじょう策を取るべきでは?」


「・・・さて、どうするかねえ」


 ハンターの質問をジョンははぐらかして答えなかった。だが、その顔にはわずかだが笑顔も浮かんでいる。これから死地に向かうというのに、やけに落ち着いているジョンを見て、ハンターは今後の方策について一つの予想を得た。三人でジョンの居住ポットに入るや、彼はその質問をぶつけた。


「出撃して、そのまま他の集住地に亡命されるおつもりですか?」


 それは仲の良い友人同士だからこそできた、突っ込んだ質問であった。ハンターとしてはジョンの思考を正確に読んだつもりだったが、彼はこの質問には首を振って明確に否定をした。


「亡命はしない。我々サルベージ・グループは、キングストン貴族とニューヨーク名士層から見れば、取り逃すことのできない最重要政治犯だ。我々を匿えば、キングストンとニューヨークから目をつけられ、開戦の口実にされる恐れがある。亡命を受け入れてくれる集住地なんてありはしないさ」


「では、やはりポットの門を閉ざし、ニューヨーク集住地に篭城されますか?多少は時間が稼げるかと思いますが」


「いや、それもしない。このニューヨークで篭城策を取れば、陰に陽に名士層からの妨害を受けることは目に見えている。篭城中、集住地内にデマを流されれば、我々が住民の敵になってしまう」


「では、このニューヨークを一時放棄して、ゲリラ戦を行うのはいかがでしょうか。いかなキングストン兵とはいえ、時間をかけてジワジワと兵力を削っていけば、いつかは光明が見えてくるかと」


「そうなる前に我々の方が干上がってしまうさ。彼らはニューヨークとキングストンから容易に物資を得ることができるが、我々がゲリラ戦を展開するには調達と戦闘の両方を行う必要がある。とても現実的じゃない」


「ふうむ。じゃあ、一体どうなさるつもりで?名士層に命乞いでもしますかな?」


 ジョンとハンターのやり取りを黙って聞いていたライアンが口を挟んだ。彼はハンターからの質問を否定するばかりのジョンにやや焦れてきた様子だった。

 ライアンとしては、ジョンの作戦一つで自分の命がどれだけ永らえるのかが変わってくる。いくらジョンのことを信頼しているからと言って、その結論を早く知りたく思うのは、人情からして仕方のないものであった。


「二人とも耳を貸してくれ。周りで聞き耳を立てている者がいるとも限らない」


 ジョンはライアンの質問にすぐには答えず、ポット周辺を見渡すと、二人に近づくようジェスチャーをした。そして、二人が近づくのを待って、ようやく口を開いた。


「いいかい、これから言うことは他言無用だ。よく聞いてくれ・・・」


「・・・・・」


 だが、ジョンの答えを聞いた二人の反応は激烈であった。


「「正気ですか!?」」


 つい大声が重なり、二人は慌てて口に手をやった。だが、それもやむを得ない。ジョンの作戦は、二人を驚愕させるに十分なものだったためだ。結果が見えすぎていたため、最初から考慮しなかった、無謀ともいえる作戦案。


「静かにしてくれ」


 ジョンは口に指を置く仕草をして、前のめりになっている二人に冷静になるよう求めた上で、もう一度同じ答えを口にした。


「ああ、私は十分すぎるほどに正気だ。繰り返す。我々はニューヨーク集住地を北方に出撃し、キングストン兵1000人に対して会戦を挑む」

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