キングストン貴族

『キングストンの強兵は森で収穫できる』


 それは比喩ではあっても誇張ではない。

 周囲を森林に囲まれたキングストン集住地は、この時代にあっては珍しく野生動物の肉を主な名産としていた。

 巨大な津波が及びはしたが、森林の根はしぶとく大地に根を残し、大地が泥となった後も芽を出して、やがて豊かな森林へと回帰した。

 この森林には熊や鹿を始めとする野生動物が生き残っており、キングストン集住地の住民は、幼い頃からその肉を食べて生活するため、他の集住地の住民と比較して、身長や筋力の平均値が高い傾向にあった。


 キングストン兵は精強で知られたが、食料事情が良かったからと言って、必ずしも強兵に恵まれるわけではない。キングストン兵の強さは、食料事情以外にその社会体制にも秘密があった。


 キングストン集住地は、式典ポットの周囲を貴族層の居住ポットが取り囲み、さらにその周囲を兵士居住ポットと訓練用トレーニング・ポットが取り囲む軍事優先の統治体制を取っていた。

 住民は、10歳になると体格によって3段階にふるいわけられ、1種に該当した者は親元から強制的に引き離されて、タンパク質の豊富な食事と完璧に管理された格闘訓練を受けながら、壮年になるまで兵士として過ごす。 キングストン集住地では、兵士であることが無上の名誉とされ、貴族に次ぐ特権が与えられていた。

 2種に分類された者は商人や吏僚りりょうとなり、食料事情や社会体制を支えることに一生を費やす。


 キングストン集住地の人口は、ニューヨーク集住地の3倍にあたる約6000人だが、このうち1種と2種が占める割合は、全人口の4割でしかない。

 残る6割にあたる3種は、生産手段を持たない住民である。貴族の占有地である森林は、吏僚によって厳格に管理されており、この吏僚から森林の狩猟権を貸与され、一生を狩猟民として過ごす。収穫物の半分近くは税として取り立てられ、残りの多くは商人が他の集住地との交易に使用する。

 3種民は住民という名の奴隷である。彼らには長年にわたる不満が鬱積していたが、貴族と兵士による支配体制が完璧に機能している以上、反乱を起こすことなど不可能であった。


「ニューヨーク集住地に侵攻する。1ヶ月分の食料を用意しておけ」


 キングストン貴族の一人であるアーノルド・モーガンは、此度のニューヨーク集住地侵攻にあたって、将軍に任じられた人物である。彼は女奴隷に服を着替えさせながら、モーガン家の領有林を管理する吏僚にそう命じた。


「承知いたしました。主にモーガン様の領有林から用立てるということでしょうか?」


「そうだ。此度の侵攻は余が指揮を執ることに決まった。であれば、余の領地から兵の糧秣りょうまつを用意するのが筋だろう」


「しかし、すでにモーガン様の領有林では、今年の税の徴収は完了しております。これ以上3種民より食料を徴収すると、二重課税になるかと思われますが」


 吏僚は、純粋に職業的義務感からモーガンに対して質問をした。主人の財産を守り増やすことは、彼に与えられた責務であった。

 しかし、

 

―――キンッ


「・・・余がいつお前に意見を求めた?」


「し、失礼いたしました!直ちに!」


 モーガンが剣の柄に手をかけると、たちまちその吏僚は青ざめた。いらだちを感じた時のモーガンの苛烈な打擲ちょうちゃくは、彼の部下であれば誰もが知るところであった。

 吏僚は貴族に対して安易に意見したことを心の底から後悔し、全身に冷や汗をかきながら、慌ててモーガンの部屋から退出した。


「ふん、2種民の分際で・・・」


 モーガンは苛立たしげに舌打ちすると、おもむろに横の奴隷に向き直った。


「モーガン様、どうなされましたか?」


 奴隷は主人の意図が分からず、服を召す手を止めたが、その刹那、モーガンはその首を掴むと、強引に寝台に押し倒した。そして、悲鳴を上げるその口を殴って黙らせると、服を強引に剥ぎ取り、思うがまま肢体をなぶり始めた。

 奴隷はその細腕で必死に抵抗したが、幼少期より豊かな食事と将帥となるに必要な訓練を受けてきたモーガンの体は、均整のとれた強靭な筋肉に覆われており、抵抗など全く叶わなかった。


 陵辱は実に一刻にも及んだ。もとより3種民を住民とさえ認識していないモーガンの行為は、相手の様子を顧みない暴力的なものだった。

 事が終わると、後には顔を腫らした奴隷とそのすすり泣く声が残された。だが、モーガンはその様子を一瞥することなく部屋を出ると、泥上に浮上したばかりの式典ポットへと向かった。ニューヨーク侵攻に向けた閲兵式を行うためである。


 このキングストン集住地の式典ポットは、他の集住地に類を見ない華美な装飾が施されている。

 野生動物のレリーフを土台として、まずキングストンで信仰されている戦の神マーズと、貴族層を示す王冠が描かれる。次いで1種民を表す剣と盾、そして2種民を表す本と宝石と続く。だが、体制を真に支えている3種民は、そのカケラさえ描かれていない。


 ニューヨーク集住地のジョン・ボタニカルシャンプーなどが見れば、「毎晩自分たちの顔に泥を塗るための装飾というわけか。3種民のことは畏れ多くて描けなかったらしい」と嘲笑したことだろう。


 式典ポットに入り壇上に上がると、すでに他の貴族は居並んでおり、階下には強兵を謳われるキングストン兵1000人が一糸乱れず整列していた。装甲の上からでも分かるほど盛り上がった筋肉は個々の兵の頑強さを示し、磨き抜かれた槍の穂先が並ぶ様は、あたかも巨大なヤマアラシのようであった。

 モーガンはこの様を満足げに眺めた後、居並ぶ兵に向かって大声を張り上げた。


「キングストンは辱めを受けた!」


 ―――ゴドンッ!

 兵たちはモーガンの声に、手にした槍の柄を床に叩きつける事で応じた。


「ニューヨークの奴らは、身の程知らずにも我らがキングストンに戦いを挑んできた!たかが商人崩れが、身体に神を宿す我らに戦いを挑んできたのだ!これを辱めと言わずして何と言おう!」


―――ゴドンッ!


戦友諸君コンミリーテス!この辱めは何によってあがなうべきか!」


―――血!血!ただ、奴らの血によってのみ!!!


「この怒りは何によって鎮められるべきか!」


―――戦!戦!ただ、敵との戦によってのみ!!!


「よろしい!ならば戦争だ!戦友諸君コンミリーテス、惰弱な敵を神の肉体で蹂躙せん!!!」


―――オオオオオオオオ!!!

―――ゴドンッ!ゴドンッ!ゴドンッ!ゴドンッ!


 モーガンが檄を飛ばすと、式典ポットは兵のときの声に満ちた。兵士たちは槍の柄で床を鳴らし、こぶしを胸に叩きつけてその戦意の昂ぶりを示した。

 豊かな兵糧、剛健な兵、そして兵の尊崇を集める将軍。控えめに言っても、それはこの時代のアメリカ大陸で最も整った軍であった。

 軍政一致の統治体制が生み出した現代のスパルタ。それが今まさに、ニューヨーク集住地に向けて槍先を揃え、南下を開始しようとしていた。


 $ $ $


 閲兵式が終わると、モーガンは貴族会議に出席するため一度居住ポットに戻ったが、そこで意外なものを目にした。ポットの中では、先ほど犯した女奴隷が引きちぎられた衣服を身に纏い、震える手で短刀を構えていた。

 彼女の顔はいまだ血にまみれていたが、モーガンの姿を認めた瞬間、叫び声を上げながら遮二無二しゃにむに突きかかってきた。


―――ガッ!


 だが、瞬時に身を躱したモーガンは、突き出された短刀を取り上げると、体をひねり正確に相手の心臓へとそれを突き返した。

 心臓を穿たれた奴隷は胸から短刀をはやしたまま、よろめきながらモーガンから身を離した。


「なぜ無駄に死に向かう?」


 その奴隷に向かって、モーガンは無表情に質問を投げかけた。奴隷は胸から短刀を引き抜き、モーガンの足元に投げつけた。傷口からは鮮血が勢いよく溢れた。


「貴様から受けた辱めを晴らすためだ!この身の誇りを守るためだ!」


「驚いた。奴隷にも誇りがあるのか?」


「私は奴隷ではない!れっきとしたこのキングストンの住民だ!」


「そう思うのはお前の自由だ。安心しろ、余は奴隷から内心の自由を奪うほど狭量ではない」


「貴様、この上さらに私を侮辱するのか!神だ、神の怒りが・・・、必ず、お前に、降りかか・・・」


 そこまで言うと、奴隷は床に崩れ落ちて事切れた。彼女の両足の間からは、モーガンによる凌辱の証が今もなお白く流れ出していた。

 モーガンは無表情にその死体を眺めていたが、不意に口元を歪ませると愉快そうに呟いた。


「驚いたな。奴隷にも神がいるとは」


 だが、それきり興味をなくすと、モーガンは死体を処理させるべく呼び鈴で部下を呼び出した。

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