サルベージ・グループ

「・・・いま、何とおっしゃいましたか?」


「歳は取りたくないものだ。なかなか声を張ることができなくて済まないね。『君のご両親がどうなってもかね?』と言ったのだ。今度は聞こえたかね?」


「私を脅迫するおつもりですか?」


 ジョンの険しい視線をかわしながら、嫌らしい笑みを浮かべてフェラーリ氏は応じた。他人を意のままに操ることに喜びを感じているような不快な笑みに、ジョンは強い嫌悪感を覚えた。


「それは誤解だ、ジョン。キングストン集住地に占領された場合、彼らがここの住民の安全を保証するとは限らない。私としては、『その時には、、君のご両親の安全も保証されないだろう』と言いたいだけだ」


 フェラーリ氏の言葉は、それを発した人物と態度が違えば全く異なる印象を与えるものだっただろう。しかし、日頃から自己保身にのみ汲々きゅうきゅうとしている彼が発したこの言葉には、明らかな脅迫のニュアンスが含まれていた。


(要はお前が戦いで死ねば、戦後、キングストン集住地に対して両親の助命を嘆願してやっても良いと言いたいわけか。だが、私が従っても、この人がそれを実行する保証などどこにもあるまい)


 そもそも、キングストン軍の来寇が発表されてから数時間で、軍事的に何ら実績のないジョンを守備隊長の候補とする手はずが整えられたこと自体、異様なことである。この要請に隠された意図があることは明らかであった。


「どうやら、私に選択肢はないようですね」


「選択肢がないのはニューヨークも同じだ。そもそも我が市は商業都市。あのキングストンと戦うことが無謀であることは、私も重々承知している」


「そこまでお分かりなら、私が就任を渋るのもお分かりいただけると思いますが・・・」


「君には申し訳ないと重々思っている。全ての原因は憎きキングストン集住地の悪逆にこそある。ジョン、どうかこの集住地を奴らの侵略から守ってくれないか」


(何と滑らかに動く舌だ。人は恥さえ捨てれば、これほど容易に人を利用できるものらしいな)


 顔に笑みを張り付けたまま話し続けるフェラーリ氏を見て、ジョンはそう思ったが、これ以上引き延ばすことは不可能だろうと悟り、口に出してはまるで反対のことを述べた。いや、両親を脅迫の材料に使われている以上、そう述べざるを得なかった。


「承知いたしました。非才の身ではありますが、この集住地のために全力を尽くしましょう」


「おお、ジョン!ありがとう!これでニューヨークの平和は守られた。母都市に対する君の貢献には頭が下がる思いだ」


「ただし、守備隊長の任をやむを得ず引き受けたということは、覚えておいていだたきたい。勝っても負けても、市民から反感を買うことは私の本意ではありません」


「もちろんだとも。我々も、君の戦いを全面的にサポートしよう!さあ、そうと決まればさっそく叙任式だ。今日の午後1時に式典ポットに来てくれ。ああ、それと必要な書類を部下に届けさせる。今後の流れはその者に聞いてくれ」


 フェラーリ氏はジョンの手を取り、形ばかりの謝意を表すと、居住ポットを出てモービルに乗りこみ、さっさと帰って行った。ジョンを粘り強く説得した時とは打って変わった、あっさりしたものであった。


(早朝に押しかけてきたと思ったら、脅迫だけして帰っていくとはな。名士層がこのニューヨークでどのような軍を徴募するか分からないが、どちらにせよロクな軍ではないだろう。おそらくは・・・)


 まだ太陽は地平線に登り切っておらず、各住民の居住ポットの中には、まだ泥中に埋まったままのものもある。フェラーリ氏が帰った後、ポットの中で朝日を眺めながら、ジョンは今後の方策を考え始めた。


 彼は痩せた文学青年ではあったが、与えられた運命を唯々諾々として受け入れるような文弱ぶんじゃくでもなかった。

 目の前に置かれた現実のうち、彼に裁量権のあるものはそれほど多くなかったが、まだ最悪の状況を脱する程度の選択肢は残されているように、彼には見えた。


$ $ $


 午後1時に近くなり、正装に着替えたジョンは自身の居住ポットを出て、乗合船で式典ポットに向かった。個人用モービルは、フェラーリ氏のような名士にしか支給されておらず、自由を謳う集住地に存在する拭いがたい身分階級を彼は感じた。


 乗合船に乗ってしばらくすると、ニューヨーク集住地の中心に位置する式典ポットが見えてきた。半径が60メートルはあろうかという巨大なポットだ。外壁には華美だが空虚な装飾が施され、そのポットを中心に、様々な役割を与えられたポットが取り巻いている。

 基本的にどの集住地も、こうした式典ポットを中心に構成されているが、ニューヨーク集住地は、特に商業系ポットを多く含んでいることが特徴と言えた。


 ニューヨーク集住地は、ほかの集住地に遅れるAE3年、キングストン集住地をはじめとする周辺の集住地から、進取の気鋭に富んだ住民が集まり形成された。津波のリスクよりも外洋進出のメリットを重視する住民が集まっており、自然に商業主義的性格の色濃い集住地となった。


 形成前期、いち早くニューヨークに入り、式典ポットや漁労ポットなどの中心インフラを作ったのが、現在の名士層である。そのため、式典ポットと漁労ポットは、名士層が共有で所有権を握っており、ニューヨーク集住地の住民は税金という名目で名士層に利用料を支払う必要があった。


 この状況は、集住地形成から25年経った現在も変わっていない。


 25年の間に、泥中に眠る貴金属類を引き上げるサルベージ活動が盛んになり、その利益は漁労から上がるそれを超えるようになった。

 一定数の住民がそれに従事するようになったが、名士層は彼らの政治的権利を認めず、結果、旧態依然とした少数の名士層のみが政治的発言権を保有する歪な体制が構築された。


 このサルベージ活動に使用されるサルベージ・ポットは、主に集住地の最外縁部に接続されている。サルベージ・ポットと式典ポットまでの距離は、そのままニューヨークにおけるサルベージ・グループの政治的権利の低さを表していた。

 この不遇なサルベージ・グループの中で、高度なサルベージスキルと調整能力を買われ、グループのまとめ役となっている者こそ、ジョン・ボタニカルシャンプーであった。


(おそらく名士層は、サルベージ・グループを中心に兵を徴募するだろう。キングストン集住地に降伏する前に、自分たちの障害になりそうな政治勢力を皆殺しにしておこうという腹だ。だが、どんな陰謀も計画段階では完璧なものだ。果たして彼らの思う通りになるかな)


 ジョンはフェラーリ氏らの真意を正確に見抜いており、これから始まる式典ではそれを心の内に隠す演技力が求められた。

 だが、少なくともこの時間だけは、彼らの浅慮を嘲笑う権利をジョンは有していた。

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