2 人の世のための神殺し

 出雲にある社をついに目撃する御門。


 しかし、神聖な場所であるはずのそこは多くの死体と彼らから流れた血で溢れていた。


 そして中央には返り血を浴びながらそのまま、野獣の如き目で入り口に立つ御門を狙う少年が1人。その後ろで、意識を失う少女を抱きかかえる従者らしき女性が立っていた。


「君は、見たことがあるが、別人になっているように見える」


 御門は少年に話しかける。


「だろうな。俺はお前と面識がある。だが、もう人間ではない」


「……なるほど。では、なんだというんだ」


「さあ、連中は神が蘇ると信じていたらしいが、結果生まれたのは、このよく分からない何者かだ」


 少年の手には、御門や後方で待機している御門家臣下たちが目にするだけで、背筋が震えるような妖刀を持っている。


 御門は一言。


「確かに。神ならそのようなおぞましいものは持たない。お前は、偽者であり、しかしこの力、ある意味で本物なのだろう。


 御門有也は、自分の持っているデバイスを使い、自分の腕に、紅蓮の籠手と藍色の籠手を双方の手に装備する。


 それは表で宮内警備隊を葬った炎と氷を、本来の呪符を使いと詠唱を経て呪術として発動する、というプロセスを無視して出現させることができるようになる装備だ。


 万能粒子テイルの存在により、人が想像したものであれば理論上なんでも実体化させることができる世界。


 人の悪意や欲望が生み出す恐ろしきものを葬るために、自分が統率する御門家という組織にもまた、圧倒的な武力が求められる。この装備はその象徴と言えるだろう。


 

「〈現神人あらがみびと〉という言葉を知っているかな?」


「さあ。何の話だ」


「今からなぜ殺されるか、その理由を言わないで戦うのは、君としても納得がいかないだろう?」


「……俺が、お前にころされるとでも。と言うべきだけど、まあ、確かに気になる。なんだ、ここにいる連中を殺したからか? 人殺しなんて、この弱肉強食の世界じゃどこでも起こっているだろうに」


「そうだね。もちろん。そんなつまらない理由ではない。そうだな。一言で説明するならば、君と言う存在を、この日本ひのもとにおいて認めるわけにはいかないからだ」


 御門はゆっくりと、少年、に向かって歩き出す。 


「今、君のことをなんと呼べばいい?」


「ツクヨミ」


「そうか。ならばツクヨミ。神となってすぐこのようなことを言うのは非常に申し訳ないが」


 御門はある程度まで接近したところで構えの体勢をとる。


「今の倭、現代の日本は人間と〈人〉が明日を切り開く世界だ。その世界に神の居場所はない」


 ツクヨミの表情が曇った。 


「君がそうだとは言わないが、海外では〈現神人〉の出現によって、秩序が大きく乱されているケースが多い。そのせいで多くの犠牲者が出ている」


「それが?」


「そのような存在は、この国に在ってはいけないと思っている。非情であっても、君にはここで死んでもらう」


「そうなるか……だけど」


 ツクヨミを自称した彼は、こんなところで死ぬつもりは欠片もない。


 ようやく手に馴染んできた妖刀と、強大な呪術の力で、自分を殺そうとする敵を殺す決意を固める。


「たとえ倭で最強と呼ばれるあんたでも、絶対に俺は、姉さんを守って見せる」


 両者は向かい合い。


 そして、互いの全力を放とうと呪術を発動する。


 御門の狙いは後ろの姉。同じく〈現神人〉となった、まだ目覚めていない存在を滅ぼすために装備している2つの籠手のそれぞれの全力を合わせ、出雲の地を完全に灰塵へと変えるほどの黄金の熱量を放とうとしていた。


 対してツクヨミは、狙われている姉を守るためその刀にできる限りの呪力を集め、孤島を軽々と両断できるほどの、白銀の三日月を放とうとしていた。


 両者の激突は、まさに現代神話の誕生を意味することになる。日本最強の守護者である御門有也と〈現神人〉となった彼が戦えば、雑兵など生きられない地獄が発生する。


 そうはならなかったのは、突如、ツクヨミの姉が、従者の元から消えたからだ。


「何?」


「姉さん!」


 しかし行方不明になったのではない。


 両者の間に入り、まるで争いを止めようとしているかのように、その場で腕を広げたのだ。


「やめてください。そんなことをしても、多くの被害を生むだけです」


 撃ち放つ直前で御門は思いとどまったものの、収束させたエネルギーは保持している。


「……天照とでもいうつもりか?」


「いいえ。でも、そうあれと願われ、この依り代に意識を花咲かせました」


「ならば、その生存は許しておけない」


「どうかお許しを、御門様。私たちは、支配を望まない」


「信用はできない」


「ならば、我が身はあなたの管理下においていただいて結構です。封印の術を使っても構わない。だからどうか、弟を殺さないで。依り代の彼女が言っています。あの子を守ってくださいと」


「何?」


 ツクヨミ、否、ここでは仁人と表現した方がいいだろう。


 彼はその言葉に、絶望と希望を抱いた。


 絶望は、姉と言う存在ではなく、彼女の体にはおそらく〈アマテラス〉と言う名の神が宿り、自分と違い支配されていること。


 そして希望は、今の言葉から姉はまだ生きているということだ。


「お願いします。まだ、私もツクヨミも、権能を十分に使用できない状態です。今であれば、あなた方の手中で管理できるほどの封印を施せる。それで私は構いません。でも、このまま戦えば、弟が死んでしまう。私と彼女の弟が」


「『彼女』か。その言葉を聞くに、完全な支配ではなく、共存という形をとったと?」


 肯定の頷きを返す。


「お願いします。どうか」


 頭を下げる彼女を見て、御門は1つの指示を出す。


「ならば、元の『彼女』の状態で、後ろの弟と会話をしろ。お前は引っ込め」


「分かりました」


 何の迷いもなく、〈アマテラス〉は目を閉じ、そして彼の方へと歩き始める。


 仁人の前に立った彼女は。


「仁人……?」


 分かる。少年には。


 目の前にいるのは姉だった。


「姉さん……」


「ごめんね、泣いてばかりで……。本当は私があなたを守らないといけないのに……」


「いや。姉さんのせいじゃないさ」


「……生きててよかった。たとえ、そんな姿になってても」


「俺も。姉さんのこと好きだから」


「すごいね。あなたは、ずっとあなたのままなのね。私は……呪いをかけられているみたい。ずっとこの状態で話すことはできなさそうなの」


「そんな……」


「〈アマテラス〉は私の意識を残してくださった。けど、それは彼女が自分の権能を使って憑依の瞬間、憑依の衝撃で破壊されるはずだった私の人格を保護したからこその奇跡。あなたを覚えているままで、変わることができた」


「そうなのか。俺は、〈アマテラス〉となんて一緒に居られないって言って、人格が眠っている状態らしい」


「そう。なら、望めば、1日1時間くらいはこうして話せるね」


「そうか、なら、俺も姉さんも死んでないんだな」


「ええ。今まで通りとはいかないけれど。……ごめんなさい、今はもう、無理そう」


「また会えるよね?」


「ええ。それは間違いなく。だから、今はお休み、仁人」


「ああ、また後で。姉さん」


 雰囲気が変わる。それは誰にでもわかるように。


 古代神話の中でもあまりにも有名な天照大神。その名前を騙る存在であるからか、ただそこにいるだけで圧倒される力が溢れ出ている。


「どうかしら?」


 御門はしばらく悩んだ後、今保持しているエネルギーを一度収める。それを見てツクヨミも攻撃状態を解いた。


「良いのですか?」


「封印と監視、および御門家が行う〈現神人〉についての研究に協力することが絶対条件だ。今まで聞いていた報告では、〈現神人〉は元の人格を破壊して、完全な生まれ変わりとなった。だけど君たち2人は違う。これならば、研究もはかどりこれからの討伐に活かせる発見があるかもしれない。だから、今は殺さないでおく。未来に現れるかもしれない神を殺すために」


 拍子抜けしたのか、御門の顔はあまり晴れやかなものではなかった。しかし、この仕事はこだわりでもなければ呪いでもない。あくまで、日本ひのもとの未来のために行う仕事だ。


 故に、取るべきはリスクをとっても、未来において後悔しないための最善の策。


 御門は、この場における自分の許されない酔狂を我慢してでも、そう判断した。


 部下を呼び、〈ツクヨミ〉と〈アマテラス〉にこの場でできる最大の多重封印をかけ、さらに身柄を拘束する。


 念のため、彼らは、自身が連れてきていた幹部、十二天将と自分によって直接連行し有事にも対応を可能にした。


 もっとも、〈現神人〉となった2人に反旗を翻すつもりは全くないのだが。


「俺は……あんたをなんて呼べば」


「姉さん、でいいのではないかしら? その方が自然でしょう?」


「でも」


「分かってる、だけど、主にこの体を動かすのは私になってしまうし、きっとあなたに姉さんって呼んでもらえるように、これからあなたを守るわ。『照』に誓って」


「そうか。なら、俺も努力するよ、じゃあ――」


 こんな話をする位だ。


「いいのか、御門?」


 〈貴人〉の称号を持つ幹部に尋ねられる。そして、


「意外でした。御門様が寛大なご判断をとられるとは」


 〈白虎〉の称号を持つ幹部にも、らしくないと言われる。


 しかし、御門がもう決めたことだ。


 仕事が終わり、いつも通りの、余裕がある笑みが徐々に戻りつつある御門は答える。


「……僕らの仕事は、人間を殺すことじゃないからね」


 それが出雲の社での、御門の最後の一言だった。

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