1 神の降臨

「あなた方はこの日本ひのもとで唯一と言っていい、旧時代から残る皇族。そして偉大なるあの神の子孫だというのなら、その身に偉大な霊格を宿すこともできるはずです」


「あなた方はこれから〈人〉に怯えずに生きることができる。いえ、もしかすると隠れ済む必要すらなくなるかもしれない。どうか我々唯一の我が儘をお許しください」


 ずいぶんと勝手な話があったものだ。


 その1つが僕らを殺そうとしているに。




「ねえ、姉さん。神様はいるの?」


 ――だめだ答えが返ってこない。姉さんは言葉を失って恐怖から震えている。


「そんなのいるはず、ないよね……」


 姉さんが震えるのも当たり前か。僕らが消えてしまうかもしれないのだから。


 せっかくこの世界に生を受けたのに、その人格は、多くの人間の救済のために、潰されようとしているのだから。


 まったく、大人というのは〈人〉でも、人間でも、とても汚い奴らばかりだ。


「どうかその身に神聖なる力と人格をお宿し下さい」


 馬鹿げた話だ。


 こんな世界だからこそかもしれないが、神社やお寺もきな臭い。


 〈人〉が存在するようになってから、本来人々の心の拠り所の1つであるお寺や神社は、〈人〉を憎み、人間の救済を謳う宗教団体に使われるようになってしまった。


 人間たちは外見上は〈人〉に従っているが、影で団体の会員がこのように押しかけてきては、祈りを続けるのだ。


 万能粒子テイル。人の中に在る想像を現実にする万能粒子は、便利な反面あまりにも危険な代物だった。


 僕もついこの前まで知らなかったことだけど、今、僕は人間がたどり着いた究極の使用方法の実験台になってしまっている。


 僕も『さすがにありえない』と断じて、このようなことになるとは思わなかったのだ。そしてそれはきっと聡明な姉さんも。


「隊長。儀式を急いでください。御門家が迫っています。我ら警衛隊が時間稼ぎを行いますが、なんにせよ、御門家討伐軍の中には十二天将と十二玉将の数人。さらに当主、御門有也みかどありなりの姿もあるとか」


 倭の伊勢にある神殿に連れられ、その奥地の祭壇に寝かされている。姉さんは隣で、恐怖に震えながら、降臨の儀式が執り行われるのを待っていた。


 万能粒子は人間の想像を現実にする。


 では、このようなことを考えたらどうだろうか。


 自分達を苦境からきっと救ってくれる救世主は存在する。聖典や神話にその姿は存在し、それを現実にすることができたら。


 偉大な反面危険な存在である、とんでもない力を持つ存在である〈神〉をこの世に呼び出す。


 もちろんと言うべきか、神そのものは不可能だった。倭だけでなく各地で多くの実験がされていたようだったが、どれも失敗に終わった。


 そして、それで諦めないのが人間だった。


 度重なる実験の中で、神や救世主そのものは呼び出せなくても、人々の信仰に存在する偶像から生み出された、神の権能と仮想的な人格を宿した〈何か〉――何なのかは未だ分かっていない――を生み出し、それを適合性の高い人間に埋め込むことで、その人間を神の代わりにすることができるらしい。


 馬鹿げている。そう思う人間は多いだろう。


 しかし、現に海外では、そのようにして生み出された、ある時代に生きたとされる伝説の英雄の生まれ変わりが何人か存在する。


 そして倭でもそれに習い、とうとう〈人〉の世に待ったをかける人間の救世主の誕生が成されようとしているのだ。

 

 それがまさか、自分達を守ってくれていた、宮内警衛隊の連中によって行われるとは思いもしなかったが。


 僕らの一族は、なぜか一部の人間から救世主扱いされることがある。いつか〈人〉が支配するこの時代を終わらせる英雄になるという人がいる。


 しかし、僕も姉さんもそのようなことは望んでいなかった。穏やかに暮らすことができればそれで十分だったのだ。怖いのは望まないし、栄誉も望まない、そもそも痛いのも、余計なことをするのも嫌いだ。


 宮内警衛隊は、それだけでは僕らが恵まれないと思ったのか何なのかは知らないが、僕たちに言ったのだ。


 これが成功すれば少なくとも〈人〉を恐れないで済むようになる。なぜならあなた方は神になるのだからと。


 本当に。余計なお世話だ。


 で、嫌だと言ったのに。結局、伊勢のこの神殿に連れてこられて、実験台になるらしい。


「始めよう」


 儀式の主催者が何かを呟いたのが聞こえた。


 どうやらこの大きな神殿の別の箇所には祈りを捧げる巫女や神主が集まっているようで、そこで捧げられる祈りがここまで届き、僕らを決定的に変えてしまう何かをするらしい。


 何も知らされず、眠らされていつの間にかここに寝かされて身動きがとれなくなった。


 酷い奴らだ。僕らには何の断りもなかったというのに。


 そこの隊長とやらが、変なヤツに唆されてしまったのか、元々これが目的で僕らに近づいてきたのかはさておき、この男のせいで僕らの人生はあっけない終わりを迎える。


「姉さん?」


「……ごめんね。ごめんね。仁人にひと


「姉さん……」


「怖いよ……私、何も悪いことしなかったのに。どうしてこんなことをするのかな……?」


 ――ああ、こんな時も姉さんは美しい。泣き顔も怖がっている顔もきれいだ。


 僕のたった1人の大切な人。


 あイツらハ、姉さんヲ泣かセた。


 許さない。


 もしも僕にもっと力があれば、真面目に努力して、男らしく強くなれれば。姉さんを守れるのかな……?


 アレ……?


 なんだか頭に何かが入ってくる。


 何かの詠唱か、祈りの言葉かな?


「え……あ、あがsyでおぱhを」


 アレ? 上手く言葉が話せない。


 あ、頭が、頭に何か。


 それだけじゃない。変な詠唱が聞こえるたびに何かが、僕と姉さんに入っていくのを感じる。


「あ……ギャアガアアアアア」

    

 許さない。


 許さない許さない許さない許さない許さない許さないユるさないユルsnいyUるsAnI。


 ――。





 ――アあ。


 ああ。


 不思議な気分だ。


 頭が重い。髪の毛が急に伸びたような気がしてならない。


 声が聞こえる。


『申し訳ない。御子よ』


 最初にはこの声だ。


『我が何者かは言うまでもない。神ではない人工物だ』


 そりゃそうだ。神様なんているはずがない。


『そうだとも。私は、人々から作り出された都合のいい偶像。結局は人の産物であり、この思考すらも彼らによって定義されたものだ。仮に人々が私を神と呼んでも私は神ではない』


 ならお前はなんだ。


『〈ツクヨミ〉。祈りを捧げた者によってつくられた偶像の偽神。故に私は君に分かりやすいようにその名を使っても、決して真の表しの名は使わない。偉大なる本物に失礼だ。そもそも呼び出すならここじゃないはずだからな。向こうはともかく、意識を発現した自分は偽者だとすぐわかる』


 お前は僕を殺すのか。


『既にお前の体に入ったが、隣の姉君が〈アマテラス〉となってしまった以上、たとえ偽者でも私たちは共存できない。故に私は、こんな偽者でも使うことができそうな奇跡の力のみを君に残し、私の意識は凍結させることにする。さぞ君も気持ち悪いだろう』


 意外なことを言うんだな。


『そもそも、自分達で何もしようとせず、君を利用して私を利用しようとしたことこそ侮辱。故に力を貸したくないというのもある。だが君すら見捨てるのは失礼だと思ってな』


 もし、その奇跡とやらを使えば、姉さんを守ることができる? 僕らの望んだ隠居生活に戻ることができる?


『分からん。だが、少なくともお前達の意見を尊重しなかったあいつらに復讐することはできる』


 そうか。


 ハハ。そうか。


 なら、受け入れよう。偽者とやらの奇跡を。


『一つ忠告だ。オレ……失礼、私はよほどのことがない限り出てこないが、君の姉君はきっと違う。姉君の意識と記憶がどれほど残っているかは分からない』


 そんな――。


 いや、この現状はきっと、僕の意識があるだけでも奇跡だろう。


 姉との問題はこれから考えるべきだ。もう、後戻りはできないのだから。


 ありがとう。名も知らない存在。


「私も自分の名は知らぬ。故に再び言葉を交わすときがあれば、とりあえずは〈ツクヨミ〉でいい」


   

 

 目を覚ます。


 どうやらいつの間にか目を閉じていたようだった。


「お目覚めになられましたか」


 そこには宮内警備隊の新人が1人。今年から警護にあたってくれている優秀な女性だ。


「あの男は……」


「申し訳ありません。すでに御門家の迎撃に……。祈りを捧げていた者たちもすでに、御門家の迎撃に」


 それ以上は聞く必要はない。


 相手の報告を遮って、尋ねる。


「君は、今の僕をどう思う」


「……貴方が変わってしまったのなら、私はどうすればいいか分かりません」


「なぜ?」


「私は人間であるお二人の安寧を守ることに誇りを持っています。人間ではなくなり私が守る必要がなくなったら、それはもはや仕事になりませんので」


 なかなかズバズバ物申すなこいつ。


 しかし気に入った。こいつは殺さないでいいや。


「鏡を持ってきてほしい」


「小さいのならば持っております……こちらに」


 自分の姿を映す。


 目の色が変わってる。髪の毛もやはり伸びている。気に入らない。僕はロン毛に興味はなかったのに。


 しかし、まあ、それは些細なことだ。


「僕をこうしようって言ったのは、やはりあの隊長なのか?」


「いえ、ほぼ全員かと。私はひねくれ者ですので、今回の作戦からは外されてしまいました」


「ならなぜここにいる」


「隠れて様子を窺っていたのです。儀式の進行を妨げられなかったのはお許しを。祈りの間は機会がなく、自爆特攻に意味はないと判断したもので。罰はなんなりとうける所存ございます」


 僕は必要がなければ警衛隊の人間と話さなかったので、こいつの存在は知らなかったが、意外と悪くない。


 僕も姉さんのようにしっかりとコミュニケーションを取っておくべきだったか。そうすればこの女をもっとうまく使えたのかも。


 いや、もう過ぎたことだ。


「姉さんが起きるまでここで待機していろ」


「どちらへ?」


「それは当然。僕の姉さんを悲しませた奴を殺しに行くのさ」


 与えられた奇跡の力はまるで今までも使えたかのように使えそうだ。


 自然と笑みが浮かぶ。


 *************************



 爆発。


 爆発。


 また爆発。


 宮内警衛隊と教団の合同軍300名以上の精鋭部隊が、神殿を狙う不埒者ふらちものに襲い掛かる。


 しかし、その男を止められない。


 そして宮内警衛隊の隊長と、彼の部下のエキスパートの猛攻が始まる。


 素人の目には止まらないスピードで、武器と武器がぶつかる。


 炎が上がり、巨大な氷のつぶてが降り注ぎ、敵を焼いて、貫く。


 呪いの鎖が躍り、数々の式神の攻撃が行き交う。


 ――止んだ。


 たった1人を除き、宮内警衛隊は全滅。そして教団の戦闘兵は半分は死に絶え、半分は捕まった。


 神殿へと続く街を、たった10分で破滅させる戦いは幕引きとなり、その男は神殿の目の前に来ていた。


「貴様……」


「もう終わりにしようじゃないか」


 警衛隊の隊長は、恨みの籠った目で、不埒者を見る。


 不埒者は街の外に部下を大量に待機させておきながら、たった1人で街に入り敵を殲滅した。


「お前は、この国の皇子を殺そうというのか」


「テイルがある以上、存在してはいけないモノを狩るのが、御門家の使命。遥か太古より、この世の歪みを正すために、数多くの命を闇に葬ってきたのが我らだ。例外はない」


 目に光は宿っていない。


 彼はあくまで機械的に、今回の件を処理しようとしているのだ。


 それは警衛隊にとって侮辱だった。


 己たちの理想も、生きがいも彼らにとっては、塵芥ちりあくたと同じだと言っているように見えたからだ。


「この侮辱、決して忘れんぞ、御門有也ぃイイイイイ!」


 警衛隊は己の腕に着けていた、腕輪の封印を解く。


 その腕輪は呪いの腕輪。使用者に大きな力を与える代わりに、その男を精神と肉体を歪める。


 実は新人以外はみな持っている腕輪であり、その力を知っているからこそ、今回の警備は万全だと考えたわけだが、すべて御門有也1人に打ち破られた。


 もはや勝ち目はないにも関わらず、男は挑みかかる。


「うおあああァアアアアア!」


 目の色が暗転し、隊長の後ろからは、藍色の炎の巨人が現れた。御門をひねりつぶすための超高密度のエネルギーを内包していて、爆発すれば、神殿を含め、街がすべて吹き飛ぶ可能性もある。


 しかし御門は物怖じせず、左の手を天へと向ける。


 天上に巨大なおおとりが現れ、その体から凄まじい放電を巨人に向けた。


 圧倒的な力を持つはずの巨人を、さらに上回る力でねじ伏せ、巨人を瞬く間に消し飛ばしていく。


「あ、ああ……馬鹿な……」


「ついでだ。我に助力をする式神の力で、邪念もろとも貴様を浄化してやろう。喜べ」


 雷は隊長にもおよび、雷を受けた隊長はその存在を綺麗に抹消された。


「光栄に身を震わせ命を散らせたことを感謝するがいい」


 御門は最後のその一言を残し、次の瞬間には、その男への興味を完全に失った。 


 御門有也が興味を持っていることはただ1つ。


「……この先に、日本にもとうとう〈現神人アラガミビト〉が生まれてしまう。止めなければ」

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