森の中の私たち

 「すごい! 空を飛んでる!」

 「うるさい」


 レミアとエヴァンズは空を飛んでいた。足下には城下町が広がっている。かなり高いところを飛んでいるためか街の人たちは私たちに気づいてないようだった。

 先ほどまで「何すんだ! 離せ!」とうるさく言っていたエヴァンズは興奮して絶景に見とれていた。

 なんでこの子を連れてきてしまったんだろうと今さながら後悔している。

 私はもともと彼の一家セブルス家を皆殺しにするつもりでいた。そのためにレミアに転生後必死に魔法を練習したし、勉強もした。レミアは孤児院だったから抜け出すのは容易だったし、セブルス家に行くのも簡単だった。

 そして、憎き相手も殺せた。彼は私の正体なんて知らなかったから簡単だった。でも、エヴァンズコイツだけは剣を心臓に向けることはできなかった。

 それどころか今は一緒に逃げている。


 「ねぇ」

 「……なに? 落としてほしいの?」

 「そ、そんなことしたら僕は死んじゃうじゃないか!」

 「……本当はその予定だったし」


 私がそう呟いたが、彼には聞こえていないようだった。


 「そうじゃなくて、君は誰? なんて名前?」

 「私はレミア。じゃあ、もう落としてもいい?」

 「ダメだって! レミアって言うんだね? 僕はエヴァンズ! レミアはさ、僕と遊びに来たの?」

 「ちが……」

 「よし! じゃあ、森に行きたい! 僕、行ったことないんだよね! ねぇ! 行こう!」


 エヴァンズはキラキラと目を輝かせ私に訴える。

 これだから子どもは……。話を聞かないのは坊ちゃまだから?

 大はしゃぎのエヴァンズは背後にある城とは反対側にある森の方を指さしていた。

 別に城から離れるのだったらどうでもよかったので、仕方なく森の方に行った。

 コイツを森に連れていったら帰ろう。子どもだし、遭難でもして餓死するだろう。

 そうして、私はエヴァンズを森に連れていくと、彼は私の手を取ってクルクル回り始めた。私よりずっと身長が低い彼は見上げて満面の笑みを向けてくる。

 止めて……。そんな顔こっちに向けないで。


 「レミア! 森だよ! 森だ!」


 帰るわ。


 「……そうね」

 「遊ぼう! レミア!」


 嫌よ、帰るわ。


 「……」


 エヴァンズは私の手を取って草木が生い茂る地面を踏み走る。私は無邪気に彼が走っていくままに付いていった。


 「ねぇ、どこまで行くの」

 「どこまでも! 森ってこんな感じなんだね! 本で見た通りだ!」

 「……森に来たことがなかったの?」


 金持ちなんてどこにでも行けそうなのに。侯爵家の子息なのに。

 森にすら入ったことがないのか。


 「ないよ。僕はほとんど家にいたから。庭で遊んでたよ」

 「そう」


 それからエヴァンズが遊ぶままに私は仕方なくその遊びに付き合った。こっそり帰ろうとするとエヴァンズに腕を掴まれ身動きが取れず捕まって、結局夕方まで遊んでいた。


 「遊んだーー!!」


 全力で遊んだエヴァンズは疲れたのかラベンダーが咲き誇る地面に寝転がる。彼は紫の花に囲まれていた。

 夕日が木々の間から光を放ち、幻想的な景色を作り出していた。ラベンダーの花は穏やかな香りを漂わせている。


 「……私、帰るから」

 「僕も帰るよ。ちょっと待って」


 私が離れようとすると、エヴァンズは起き上がって私の腕を掴んできた。

 ……止めて。


 「何?」

 「僕も帰るんだ。一緒に帰ろう?」


 嫌よ。なんであの人の子どもあなたと仲良く帰らないといけないの。


 「……分かったわ」

 「良かった! 僕、ここから家までどうやって帰ればいいか分からなかったから、危うく迷子になるところだったよ!」


 もともとあなたを遭難させるつもりでいたからね。

 帰らずに迷子になってくれてもいいのに。


 「そう。良かったわ」


 私は結局エヴァンズと手を繋いで家まで歩いた。

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