ママの話 11
巨大浮舟から舞い降りてきた人影は、近づくにつれみるみる大きくなった。粒の大きさから、鳥の大きさへ、そしてエルフの大きさに。女の人のようだ。でも顔はよく見えない。呆然と見上げる私たちの前で静止する。
「構うな!早く乗るんだ!」ドラゴンの背からヨモックさんが叫ぶ。
・・・躊躇した。なぜかはわからないけど。目の前のこの人が、悪い人にも、怖い人にも見えなかったからだ、そう、あの黒いエルフ”エルガ”のようには。でもその瞬間我に返った。何考えてるの私!この女の人もエルガ守護官隊の仲間なんだ!。いい人のわけない!私は女の人に背を向け踵を返し轟火竜バナウスの首元によじ登った。その後ろに母を抱きかかえた父が続く。
「全員乗ったか?行くぞ!」轟火竜バナウスはその大きな大きな翼を羽ばたかせ始めた。土埃が舞い、風切り音が唸る、一度、二度、三度・・・・・・何度も何度も。
だが竜の身体は地面についたまま動かない。
「おいおいどうしたんだよ旦那?重すぎるのか?」ヨモックさんが焦った様子でバナウスに呼びかける。バナウスは答えず懸命に翼を動かすが、やがてうめくように言った。「・・・おかしい・・・いつもならこれしきの荷などどうという事はない筈・・・だが・・・おかしい・・・浮かん!私はドラゴン・・・飛べるはず。飛べるはずなのに!」とうとう力尽きたのか、私たちを乗せたバナウスはその場に突っ伏してしまった。四肢が伸び、鼻からは荒い熱気がせわしなく漏れる。
「ウソなにこれえ~!」小さな悲鳴が聞こえた先には「プリムさん!」フェアリーのプリムさんも地面に張り付いたように膝をつき息を切らしている!
「羽が重いよぅ・・・背中からもげそう」「プリムさん!」助けなきゃ!
私はバナウスの背から飛び降り彼女に駆け寄ろうとした私はその時、
いつの間にか”女の人”が目の前に来ていることに気づいた。
エルフだ。
すごくきれいな服を着て、たおやかに揺れる薄緑色の髪には黄金色の冠が輝いている。冠からかかる簾のような薄布で、顔はよく見えない。彼女が口を開いた。
「”魔法”は、神樹イグドラシルの力。」
・・・あの声だ。
「ファンタジアンのどこにでもに風の様に現れ、水の様に存る。」
昨日心の中に聞こえてきた声だ。
「それを司る使命をイグドラシルより賜ったのが、われらエルフ」
「ゆえにエルフには”責任”がある。この世界に、神樹に」
顔を隠していた薄布が舞い上がる。風もないのに?どうして?
でも私の疑問はその直後、彼女の”素顔”が見えた驚きで吹き飛んでしまった。
お 母 さ ん ?
思わず後ろを振り向く。父と、そして母だ。二人ともその表情に驚きは感じられない。ただまっすぐに、自分そっくりのその女の人をじっと見つめている。もう一度振り返る。似てる。瓜二つだ。お化粧してるけど、母の顔だ。誰なの?この人?すると彼女は微笑んだ。
「私は御使い。神樹イグドラシルとエルフを繋ぐ者」
みつかい?
「運命を知り、責任を果たす時が来たのです。リピア」
うんめい?せきにん?わたしが?
「お待ちください!御使い様!」厳しい声が飛んだ。母だった。
「・・・・・・」御使い様は母を見てしばらく沈黙していたが、
「久しいですね。リミア。健勝でしたか」微笑みと共に話しかけた。
「・・・・・・」今度は母が沈黙した。が、
「姉ラミアは、ここにはおりません。御使い様。
あなたにその身を譲り、魂は何処かへと旅立ちました」
母は”みつかいさま”をまっすぐ見つめて言った。姉?ラミア?
「記憶の欠片は残っているのですよ?でも、それならば私の言葉もわかるでしょう。今日ここに新たな”憑代の巫女”が生まれたことを」御使い様は答える。
「ですからそれは誤解で・・・」父が口をはさむと「レーシュ!貴様御使い様に向かってなんたる非礼な物言いか!」エルガが杖を手に父に詰め寄ろうとするのを
「守護官長」御使い様は静かにたしなめた。「人の話に割り込むのも十分に非礼ですよ」「はっ、申し訳ありません」「弁えなさい」「ははっ」エルガは慌てて跪く。あんなに威張っていたのに?
「この子に魔法が芽生えた時から、私は見守っていました」
御使い様は父に語りかけた。父は黙っている。「あなたも目にしたはず」
こぶしを握り締め、額には汗が浮かんでいる。
「この子は比類のない力の持ち主。イグドラシルに近しい者
私を継ぎ、次の御使いとなるにふさわしい者」
「ならば、私が参ります!」母が叫んだ。
「どうか・・・私を・・・憑代の巫女に!」
お母さん!何言ってるの?
詰め寄った母を御使い様はじっと見つめた。服は違うけどそっくりな二人が並び立つ様は、まるで鏡のよう。でもそこに和やかさはない。互いに刃を突き付け合うかのようなピリピリした空気が満ちている。やがて御使い様”ラミア”は口を開いた。
「・・・・・・リミア、あなたは」なんだろう?
「 ま た 、わ が ま ま を 言 う つ も り な の で す か」
気のせいか
「その言葉、あの時、守護官と恋仲になった妹の代わりにその身を差し出した姉の気持ちを無碍にするものですよ」少し怒っているような・・・。
「・・・・・・慕っていた姉のみならず、最愛の娘まで奪う。
それが」母の声だ。口調は静かだが、母も、怒っている。
「イグドラシルの意思だというのですか」とても、怒っている。
「神樹の意思は関わりありません。我らエルフの運命はあなたも承知のはず。私たちの身も心も命も、すべてはイグドラシルのもの。例外はないのですよ。リピア」
私の方を向いた!
「あなたには抜きんでた才がある。神樹の力をその身に宿し、ファンタジアンの安寧と秩序を護る”御使い”になれるほどの魔法の力が。」
みつかい?わたしが?
「さあ、私と共に参りましょう。あなたには多くの事を学んでもらわなくては」
ゆっくりと彼女は私の方へ近づいてくる。
故郷を離れる?
父や母と離れる?
私は唇を噛んだ。手が震えてる。足がすくんでる。動けない。
その時!
「その子を苦しめるなと言っただろう!」地面を揺るがすような怒号と共に、
眩しいほどの光色と化した爆炎が”御使い様”ラミアと取り巻きのエルフ兵たちを吹き飛ばした!
ふりむくと四つん這いになった轟火竜バナウスがこちらを睨みつけている。
開かれた顎の奥や牙の隙間が吐き出した炎の燃え滓なのかところどころ
赤く輝いている。私はまた振り向いた。
御使い様たちのいた所は、焼かれた地面からめらめらと燃え上がる炎に包まれまるで野火のようだ。そんな・・・あれじゃあそこにいたエルフたちみんな・・・私は三度振り向いた。バナウスさん、やりすぎだよう!
だが私が止める間もなく轟火竜は鼻から軽く息を継ぐと、再び炎を吐いた!
牙の隙間から火花を散らしつつ、光り輝く火炎流が轟音と共に吐き出される!
炎の行く先には火柱が立ち昇り、焦げ臭い臭いと渦巻く白煙で全く見えない!
私は叫んだ「バナウスさん!止めて!」すぐにドラゴンは口を閉じた。
鼻から煙が漏れ出る。「焼滅した」バナウスは低い声で言った。
「我が炎に焼かれしものは骨も残さ・・・」そこで言葉を絶った。
首を上げ、燻る燃え跡をじっと見ている。いぶかしげに一瞬細めた目が
大きく見開かれ、牙の隙間からうめき声にも似た声が漏れた!
「・・・ばかな」
そして私も見た。煙が晴れるにつれ、そこに現れた人影を。
御使い様、黒衣のエルガと守護官隊のエルフ兵たち。皆無事だ。焼滅どころか
火傷一つない!よく見ると御使い様を中心にかすかに”光色のおわん”のような
ものが丸く立ち上がっているのが見える。あれがドラゴンの炎を防いだというの?
・・・魔法だ。
御使い様が魔法を使ったんだ!
黒衣のエルガが口をゆがめた。
「哀れだな。古の王よ」
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