ママの話 12
「ドラゴンの炎に焼かれれば、骨も残らない」
それは、私がいつも聞かされてきたおとぎ話。”焼滅”・・・焼き消えてしまうほどの炎っていったいどんなものなのだろう?。寝床の中であれこれ思い描いていたけれど、たった今、目の当たりにした轟火竜バナウスの輝く爆炎は、私が思い描いていたどの想像よりもはるかに恐ろしい威力だった。
なのに!その炎を浴びたはずの御使い様とエルガたちは平然と立っている。神樹イグドラシルの力を全て託されたエルフであり、最強の魔法使いである”御使い様”。かつて母の姉ラミアだったというその女性が繰り出した光のおわんのようなものが、轟火竜の爆炎を完全に遮断してしまったからだった。
御使い様が軽く手を挙げると光色のお椀は消えた。何事もなかったかのように薄ら笑いを浮かべる黒衣のエルガと、苦痛の杖を携えたエルフ兵を従えて彼女がこちらへ歩いてくる!バナウスは黙ったまま動かない。無言だけど食いしばった顎の中で軋む牙の音が悔しさを嚙み殺しているのだという事を伝えてくる。自分より何倍も大きいドラゴンを静かに見つめ、御使い様は口を開いた。
「あなたがたドラゴンは、かつてはその翼と炎で恐怖を生み出し、このファンタジアンを支配していました。」御使い様の口調に威圧感はない。
「どこにでも舞い降り何物をも焼き尽くす。鋼の皮はいかなる武器をもってしても傷つくことはない。エルフも、ドワーフも、ゴブリンも、フェアリーも、獣人も、あなた方の力の前には逃げまどい、潜み隠れ、ひれ伏すしかなった。」とても優しく、まるで子供に昔話を聞かせる母親のようだ。
「そこに、神樹イグドラシルが生まれたのです。我らが先祖、エルフの勇者たちは神樹より託された力”魔法”を手に、暴力と恐怖からファンタジアンを救うべく立ち上がった。ドラゴンの炎を魔法の壁で遮り、空舞う敵を魔法の弓で射落とし、魔法の杖で鋼の皮を貫いた。永き戦いの末にエルフの勇者はドラゴンに打ち勝ち、虐げられていた異種族たちを解放したのです。今日の平和と繁栄はその歴史がもたらしたもの」
「・・・・・・ふん。それが、お前たちの作った” 神 話 ”と言うわけか。くだらん」バナウスは唸るように言った。
「王の頭が変わっただけだ。ドラゴンからエルフにな。平和と繁栄だと?エルフにとってのだろうが!他種族がないがしろにされている現実は何も変わらん。」怒りのあまりか、バナウスの爪が地面をえぐり取る。
「お前たちが我が同胞たちを根絶やしにするために何をしたか知らんとは言わせんぞ。”ドラゴンの血肉は不老不死の妙薬”という戯言をまき散らし、ドワーフや獣人どもに狩り追わせた。結果われわれは極寒不毛の高山に追いやられ今や滅亡の淵にある。」
それって・・・大人たちが話していたことだ!
”ドラゴンの皮や肉、骨は高く売れる。だから彼らは他種族を嫌い、辺境の岩山の頂付近にしか姿を見せない”
そんな!私たちエルフが仕向けたというの?
「 だ が そ ん な こ と は ど う で も い い ! 」
バナウスは再び吠えた。
「今の私は私が信ずる者の為に生きる!
尽きていた命を延ばしてくれたこの小さき友の為に戦う!
それが全てだ!」言うや轟火竜は体を起こし首をもたげた。
まっすぐ御使い様の方を向くと、牙の隙間から火花が漏れ出してくる。
爆炎を吐く気だ!
だけど顎を開いたその直後!彼の巨躯は地面に押し付けられてしまった!
「う・・・ぐぅう・・・・」うめき声とともに口から火花を漏らしながら
バナウスはもがく。手足の黒い爪が懸命に大地を引っ掻くががピクリとも動くことができない。まるで・・・まるで見えない巨大な手のひらが上から押さえつけてるみたいに!それって・・・あの時私が出した魔法と同じ!私と同じ力!見ると御使い様はこともなげに右手をかざして空で何かをなでる仕草をしている。ゆっくりと下に手を下げるとそれに伴いバナウスも押しつぶされてゆく。
だ め ! 止めて!止 め な き ゃ ! 私は手を差し出していた。両手から光色の煙が漂いだす。バナウスを襲っている”力の塊”を取り除くんだ!私の”力の塊”で!すると、ゆっくりと御使い様はこちらを振り向いた。目が合っちゃった!。本当に、本当に母そっくりだ。母の姉なら、私には叔母様という事になるんだろうか。そのそっくりな顔に優しい微笑みが浮かぶ。「あら」
「ちょうどいいわ。私も、あなたの 器 の 大 き さ を計りたいと思っていたから」みるみる御使い様の”力の塊”が膨れ上がるのがわかる。私はそれを自分の”力の塊”で押し返そうとする。・・・でも、なんて大きく、重いの!・・・支えきれない・・・手は痛くないのに、心がしびれてる。体は痛くないのに、心が押しつぶされそう・・・だめ・・・もうその時!ぐちゃぐちゃになりかかった私の頭の中に景色が広がった。
まただ!
まるで鳥になったかのように、宙に浮いているあの感じ。
白い世界の彼方に、浮かび上がる巨樹の影。
大陸ほどもある太さの幹。雲を貫き天まで届く枝葉。
神樹イグドラシル。
ファンタジアンの守り神。
そこから光の川が私につながってる。
流れくる光の量が、勢いが、増してゆく。
せせらぐ小川から、とどろく濁流の様に。
私の中に、光が流れ込んでくる、膨れ上がってゆく!
気が付くと、目の前の御使い様の顔から、微笑みが消えていた。
彼女のかざした右手が、指先が、震えている?
私の出した”力の塊”は御使い様のそれよりはるかに大きくなっていた。
また私やりすぎちゃった!井戸の水を全て吸い出してしまった時もこうだった。でも!でも!これなら!これほどの力なら!目の前のこの人たちを吹き飛ばせる!岩山を遠くへ放り投げたあの時の様に!御使い様も、エルガも、エルフ兵たちも、浮舟も!
私を、私の家族を、私の友達を、
私たちを苦しめるすべての嫌なものたち!
遠 く へ 消 え て し ま え !
「リピア!」鋭い𠮟責に私は我に返った。振り向くと、
母が立っている。胸を押さえ苦しそうな顔で。
でもお仕置きの顔じゃない。ひどく辛そうで、泣き出しそうだ。
そして、私は思い出した。母の言いつけを。
” 強 い 魔 法 と 弱 い 心 ”
私の心、いま、どんな顔を、していたんだろう。
手から光色の煙が消える。
体から、力が抜ける。
心が、ぐちゃぐちゃになる。
目の前の景色がゆがむ。
私は、泣き出していた。
二人の出した力の塊が消えた場で、御使い様は私を見つめている。やはり微笑みはない。微かに荒くなった息を継ぎ、震える右手を左手でかばうように掴んでいる。御使い様は口を開いた「・・・驚いたわ。想像以上。とてつもないとはこの事ね。」そして私の方へ歩み寄ってくる。
私は御使い様を見上げた。流れ出た涙が貼りついた頬がぺたつく。しゃっくりは収まったが、言葉が出ない。御使い様は口を開いた。再び穏やかな微笑みと優しい声で。
「確信しました。リピア。これはあなたの運命。かつて私だったものがそうしたように、あなたは”憑代の巫女”としてその大きな器を秘めた身体を神樹に捧げるのです。そして生まれた次の御使いがこのファンタジアンの平和と安寧を永遠に守るでしょう。」
・・・・・・私が?
・・・よりしろのみこ?
神樹イグドラシルに体を譲って、次のみつかいに?
心が定まらない。何を言っていいかわからない。でも、
私の奥底に潜む意思は・・・首を振らせようとしている・・・横に。
その時!
「そんなことさせないわ!姉さん!」凛とした硬い叫び声が響き渡る。
母だった。
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