ママの話 10



輝く朱色の鱗に覆われたドラゴンが、両親と私を取り囲んだ

エルフ守護菅隊の間に割って入る。地響きと共に土埃が舞い上がった。


羽ばたくたびに、突風を巻き起こす大翼。

岩をも切り裂けそうな黒い爪が生えた太い手足。

太枝のような角、鞭のようにしなるとげとげの尾、

鋭い牙が並ぶ大顎、火口のような鼻の穴から煙を吹きだし、

怒りの炎が燃える瞳でにらみつけると、

その圧だけでエルガたち守護官隊は後ずさりした。


「ドラゴン・・・さん?」私

「・・・お前は物覚えが悪いのか?エルフの子よ」振り向いた渋い顔から

不満たらたらという感じの愚痴が漏れる。

「”いつどこにいても駆けつける どんな事でも力になる”と言っただろう!

こういう時に呼ばないでどうする!まったく」くどくどとぼやいている。

「一晩寝たくらいで忘れ去られるような、そんな軽々しいものではないのだぞ?

この私の”永遠の忠誠”は!まったく」ぶつぶつ文句を言い続けている。


「えっ・・・で、でもっ・・・・・・”名前”わかんなくて

・・・教えてくれなかったから」なんとかしゃっくりが収まった私は反論する。

「・・・?・・・??・・・・・・???・・・・・・そうだったか?」

きょとんとした表情で首を傾げるドラゴンの耳の裏から

「そうだったんだよ!ホント図体でかくて偉そうなくせに

お間抜けな火トカゲだよね~」蝶のような羽をパタパタさせて顔を出したのは

「プリムさん!」

「やっほ~リピア、このあたしが知らせなかったらどうなっていたことやら、

感謝してよね!きししし」含み笑いをしながらフェアリーのプリムは

ドラゴンの角の隙間から顔をのぞかせた。「ねえ聞いて聞いて!

こいつってばさあ!森の茂みからず~っとのぞき見してたんだよ!

呼ばれるのを今か今かとそわそわしちゃってさぁ!まじウケる!」


「うるさいぞ虫女。消し炭になりたくなくば耳の裏にでもすっこんでいろ」

イライラした口調でドラゴンがうなるのを

「・・・今のも聞かなかった事にしてあげるよ。でも今度虫女なんて

言ってごらん、耳ん中にうんちしてやるんだから!」 ドラゴンの耳に

お尻を半分突っ込んだプリムは言った。


「しかし中央イグドラシルの守護官隊たぁ、またえらい連中に絡まれたもんだねえ」そう言ってドラゴンの背の棘からぴょこんと顔を出したのは

「ヨモックさん!」ゴブリンのヨモックさんだった。

「よっ、また会ったな、お嬢ちゃん。ってかそこのフェアリーに無理やり

引っ張られたんだがな」「はぁ?何言ってんのあんた?あたしたち友達でしょ?

仲間でしょ?あったりまえじゃん!」ドラゴンの耳の裏からプリムが

怒ったように羽をぱたつかせて言う。


・・・・・・来てくれた。みんな、来てくれたんだ。

胸の奥から熱いものがこみ上げてくるのを私は唇を嚙んで我慢する。

だが!


「なるほど、ただの子供ではないな、確かに」冷たい声に私たちは振り向かされる。エルガだった。後ろには杖を構えた守護菅のエルフたちが、父さんと母さんを

ねじ伏せている!


「下等な異種族どもと関わりを持ち、強い魔法を使う。見過ごせぬ脅威だ。

ディモンとのつながりもありそうだ」ぎょろ付いた目が細くなる。嗤うように、

なぜか嬉しそうに。


「おいおいなんだよそりゃ」腕組みをしたヨモックさんは言い返した。

「もっともらしく聞こえるが、何一つ証明してねぇぜ。つくづく

ごろつきの因縁付けが得意な事だな。」「なんだと?」エルガの顔が引きつる。

彼が握り締める飾りのついた苦痛の杖は、脅すように無機質な音を立て、

その先端は地面にめり込んでいる。だがヨモックさんはひるまない。

「その上、苦痛の杖を振るい人質を取る?。たかが子供一人のために

なんとも大げさなことだぜ。いや” 臆 病 ”と言うべきかもな」

「貴様ぁ!!下等種族の分際でイグドラシルの守護官を侮辱するか!」

杖を持ったエルフ兵たちがドラゴンを取り囲もうとした時!

ドラゴンは牙が並ぶ顎をがっと開いて咆哮を上げた!


「我が名は轟火竜バナウス!!」地面が揺れ、

「このリピアに”永遠の忠誠”を誓いし者!

この子の眉ひとつ曇らせてみろ!

この世から 焼 滅 させてくれる!」

後の私も飛び上がりそうになるほどの怒鳴り声だ。


ごうかりゅう ばなうす バナウス バナウス・・・


私は心の中で繰り返した。このドラゴンさんの名前なんだ。

今度はちゃんと覚えなきゃ。


私を守るように翼を広げたバナウスは頭を下げ再び顎を開いた。

牙の隙間が陽炎で揺らめいている。内側から炎があふれ出ているんだ。

「永遠の忠誠だと?」エルガ


「このリピアはエルフだがお前らとは違う」バナウス

「そ、いいやつだし、カワイイし、イケてるし」プリム

「ま、度量と才覚と慈愛を併せ持つってとこかねぇ」ヨモック


・・・・・・褒めすぎだよぅ。私は思った。


「鋼の皮を持つからと言っていい気になるなよ。ドラゴン」

鼻白んだエルガが右手を上げると守護菅たちの持つ杖が浮き上がり、

エルガの周りに集まった。まるで無数の槍のように。

「エルフの”苦痛の杖”は、鎧も盾も貫通し体の芯に刺さる。たとえ

鉄の鱗に覆われていようとその皮に触れた瞬間、貴様が発狂するほどに

痛がらせる事ができるのだぞ!」落ちくぼんだ瞳に暗い炎が燃え上がる。


「やってみろよ」ヨモックさん。バナウスの背に仁王立ちになり、

エルフ兵たちをまっすぐ睨みつけている。「逆に言えば触らなきゃ

どってこたねえんだろ?そのちんけな棒切れとドラゴンの爆炎。

どちらが先に届くか試そうじゃねぇか。言っておくが」

大地に四つん這いになったバナウスはその黒い爪を握りしめ地面をえぐった。

喉の奥から漏れ出した炎は周囲の空気を陽炎で歪ませる。

「木枝は、よく燃えるぜ」ヨモックさんは不敵に笑いながら言った。

すごい、こんな大勢に取り囲まれてるのに。


顔をひきつらせたままエルガは黙っている。振り上げたこぶしの先には

何本もの”苦痛の杖”が浮かんでいるが、動いていない。かすかに震えて

いるようにさえ見える。だがふいにその口は歪み、牙のような歯が

のぞかせながらエルガは笑った。

「立場を理解していないようだな、クズども」

そして手にした杖を振り上げた!その先には

地面に組み敷かれた父と母がいる!


「おい子供!その大トカゲを抑えておけ!さもなくば」

「逃げなさい!リピア!」母

「私たちに構うな!」父

だめ!そんなことできない!

バニウスは歯ぎしりしたまま動かない。困ってるんだ。

ヨモックさんも黙っている。迷ってるんだ。

どうしよう?どうしたらいいの?


「リピア」ふいに背中から小さなささやき声が聞こえた。

「あたしだよ、しっ!ふりむかないで、奴らにバレる」

・・・プリムさん?いつのまにか私の背中に張り付いたフェアリーが

ひそひそ話しかけてくる。

「風を起こして」

「風?」

「そう、魔法で起こすの。」

「無理です!風を起こす魔法なんてやったこと・・・」

「何にでも最初はあるわよ。リピアならできる!自信持って!」

「でも・・・」

「このままじゃじり貧だよ。小さなつむじ風でいいんだ。

後はあたしが何とかするから。早く!」


「抵抗するなドラゴン!口を閉じてろ。おい!鎖だ!」エルガが怒鳴りつけると

後ろから来たエルフ兵たちが慌てたように太い鎖を

じゃらじゃら言わせながら担いでくる。バニウスを縛り上げる気だ!


やるしかない!


私はエルガたちに気づかれないよう背に回した拳を小さく握った。

心の中に枝葉を揺らしているそよ風の絵を思い浮かべる。

・・・それを・・・ここに・・・今!


拳の周りの空気が動き出す。髪の毛が舞い上がるのがわかる。

「おい子供!魔法を出しているな!」エルガだった。

バレちゃった!でももう引っ込められない。私は呼び出した風の塊を

エルガたちにぶつけた・・・・・・・・・・。


かすかなそよ風がエルガたちの間を吹き抜ける。


エルフ兵は顔を見合わせ、そして笑い出した。

「なんだこれは?団扇で扇いでくれたのか?いやあ涼しい涼しい!」

げらげらと嗤う彼らを前に、押し寄せる口惜しさと恥ずかしさを

耐えるため私は唇を嚙んだ。駄目だ。やっぱり私じゃ・・・。

そこへ真顔になったエルガが「だが警告を無視したことに変わりはない!。

妙な真似はするなと言ったはずだ!。おい!」父と母に杖を突き付けた

部下に命令する・・・だめ!やめて!その時!


ふいにエルフ兵の一人がくしゃみをした。隣の人も、そのまた隣も、

次々とくしゃみの連鎖が広がってゆく。そして杖を取り落とし

目をこすりはじめた。涙をぼろぼろ流している。

その上をひらひらと舞う者がいる。フェアリーのプリムだった。

羽からキラキラと光る鱗粉を風に乗せて振りまきながら彼女は言った。

「へっへ~ん、どう?どうよ?プリムちゃんの目つぶし鱗粉!

超しみるでしょ~!まあ失恋の痛みに比べりゃどってことないけどね!

水で洗えば治るし!」ぱたぱたと羽ばたきながらプリム。


「く、こ、この虫けらがぁ!」エルガは怒鳴ったがその顔は

真っ赤で鼻水と涙でぐじゃぐじゃだ。あまり怖くない。

「今のは・・・聞かなかったことに・・・しない!」怒ったプリムが

エルガの頭上を宙返りしてさらに鱗粉を振りかけ

「さぁ逃げて!」父と母に呼びかけた。その機を逃さず父は

母の肩を抱きかかえるようにしてよろよろと走りだす。

二人も涙と鼻水だ・・・プリムさん、やりすぎだよう!。


「・・・くしょ!まったく・・・お前って子は」父はくしゃみをしながら

「・・・ひどい友達を・・・もったものね」母は涙を拭いながら笑う。


「全員乗れ!ズラかるぞ!」ヨモックさんがバナウスの背から手を振る。

父と母と私はバナウスの背に乗ろうとしたその時、


─ おやめなさい ─


心の中に、声が聞こえた。


─ 逃げられはしませんよ ─


聞き覚えのある声だ。私は空を見上げた。巨大浮舟が浮かんでいる。

そこから粒のようなものが飛び出した。鳥?違う。人だ。

こっちに降りてくる。翼もないのに。一つの人影が。

そして思い出した。あの声だ。

井戸を溢れさせてしまった時、”魔法で雲を呼べ”と言ってくれたあの声だ。

間違いない。




─ 迎えに来ました ─



人影はまっすぐ降りてくる。

私の方へ。

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