ママの話 8


屋根裏部屋の中に、何十もの”糸巻”が浮かんでいる。

それぞれが糸を垂らして宙を漂う様子は、春先に空を舞う子蜘蛛のようだ。


糸巻から伸びる糸は縦に絡み合い、横に結び付き、でも決して絡まったりせず、

整然とした網目を形成しながら”布”として仕上がってゆく。

空飛ぶ無数の糸巻たちを指先で操りながら魔法布を織る母を、

私は羨望の眼差しで眺めていた。


「お母さん、私にもやらせて~」椅子にかけ、足をぶらぶらさせながら

私は母に頼んだ。けど母は舞い踊る糸巻たちを難しい顔で睨みながら、

「だ~め。これは頼まれものなの。遊びじゃないのよ。お昼までに仕上げないと」


手首を返し、肘を引き、腕を曲げる。その動きに合わせて糸巻たちは

規則正しく、時に交差し、時に離れ、その後にはたわんだ布地が折り重なってゆく。


ここは屋根裏部屋。母の仕事場だ。母の魔法は糸巻きを宙に浮かせ、

”魔法布”を織ること。織りあげられた布には様々な魔法が込められている。


汚れない布。

水に濡れない布。

炎で燃えない布。

刃物でも切れない布。

体に巻けば温もりが湧いてくる布。

その逆で涼しさが湧いてくる布・・・などなど。


私はため息をついて椅子の上で足をぶらつかせた。

私だって遊びのつもりじゃないのに。

魔法が使えるようになったんだから、母の役に立ちたいのに。


すると目の前に、糸巻が4つ、くるくる回りながら

宙を転がってきて、停まった。

「それを使って練習してごらんなさい。」 母は布を織りながら言った。

「糸巻4つじゃ、布にならないよ」私

「なるわよ。それが一番単純な形。」言うと母は手を止め、

私の前に来てくれた。


指を掲げると、3つの糸巻が宙に浮きくるくる回って

下へ3本の糸を垂らした。

「まず縦糸」だらんと垂れていた糸たちがピンと伸びる。


「1番と3番の糸は前へ、2番の糸は後ろへ」

整列した3本の糸は前後に分かれた。


「その隙間に横糸を通す」

4番目の糸が経糸の合間を横切る。


「今度は2番の糸を前へ、1番と3番は後ろへ」

経糸の列が入れ替わった。


「その隙間に横糸を通す」

4番目の糸が再び経糸の合間を横切る。


「こうして交互に”織り目”を作っていくの。これが基本よ。

まずこの事を頭にしっかり覚えこみなさい。

ちゃんと指揮しないと糸巻たちがまごついてしまうから。できる?」


ようし!


「大丈夫!できるもん」私は椅子から飛び降り、

宙に浮く糸巻たちに手をかざした。指の先から光色の霞がにじみ出る。


まず縦糸・・・前後に・・・互い違いに・・・

そこへ横糸・・・通して・・・前後を入れ替えて

・・・また横糸・・・あれ?・・・あれれ?

なんだかくちゃくちゃに絡まった蜘蛛の糸の様な糸くず、

それが目の前に浮いている。


「・・・失敗しちゃった」しょげかえる私の手から

糸くずを取り上げた母は、それをひっぱったり伸ばしたりして

眺めていたが「うん、うまいうまい」微笑んだ。

「えっ?」私。


「”織り目”はちゃんとできてるわ。経糸の”張り”がバラバラだったから、

こんなんなってるけど。初めてでこれなら上出来よ」母の誉め言葉に

しぼみかけた自信が再び膨らみだす。

「よかった~母さん私、水汲みでも失敗しちゃったから・・・」

「失敗?父さんは大はしゃぎだったみたいよ?」母


「私・・・魔法の力が強すぎるって・・・皆に迷惑かけちゃって」

「でも、その強すぎる力のおかげで、ドラゴンを

救い出すことができたんでしょ?」こともなげに微笑んでいる。

「それは・・そうだけど」うつむいて再び椅子にしゃがみこんだ私

の傍らに、いつの間にか母が寄り添ってきてくれていた。

「お母さん?」


「父さん、言ってないみたいだから、母さんが言うね」

私の傍らに腰を下ろした。


「”魔法”が目覚めた子に、エルフの親として」


母「リピア、神樹イグドラシルは知ってる?」

あたし「もちろん。エルフの守り神でしょ。」

「そう!違うけど!」「どっちなの?」


母は人差し指を掲げて「神様ってのは正解。

でもエルフだけの、じゃない。イグドラシルは

ファンタジアン全ての神、そして全ての魔法の源」


「神樹イグドラシルは、それ自体が一人の強大な魔法使い

と言ってもいいかもしれない。自らに無限の魔力を蓄え、

独自の意思を持っている。だけど、樹である以上、

動くことも話すこともできない。だから私たちエルフの民を

”使いの者”として選んだ。

 ファンタジアンの種族でエルフだけが魔法を使える。

それはエルフに魔法の才能があるからじゃない。

神樹イグドラシルから魔力を与えられたから、

分けてもらったから魔法が出せるの。

 

 その代償として代々エルフの民は、イグドラシルを守り、

寄り添い、時に戦ってきた。その身も、心も、命も、

すべてイグドラシルに捧げてきた。なぜならイグドラシルが

滅びれば魔法は消える。それはエルフ族はもちろん、

この世界、ファンタジアン全ての滅びを意味するから。」


「リピア、あなたに”目覚め”が来た。”魔法”が使えるようになった。

だけどそれはあなたの力じゃない。イグドラシルの力なの。

神樹があなたを認めたからこそ”魔法の出口”を開いてくれたのよ。

それも、とびきり大きくて広い出口を」


昨日の事が思い浮かんだ。頭が真っ白になって、宙に浮かんでいるような感覚。

そして光の色をした川が自分に流れ込んできたあの感じ・・・”魔法の出口”。


「わかるよ、お母さん」私は頷いた。

「私たちエルフは魔法の出口でしかない。けどその出口を

開け閉めする事ができる。」いうと母は手のひらを上に向けた。

かすかなつむじ風が糸巻きを躍らせ始める。

「”魔法”を使うって、そういう事」


母は私の顔をまっすぐに見つめて「母さんね、昨日あなたに

魔法が目覚めたことがわかってとても嬉しかった。でもそれは

あなたの目覚めが遅れていたことを心配していたからではないの」


「あなたにもいつか目覚めが来ることはわかっていた。

でもその時あなたはどうするのだろう?それが、気になっていたのよ」

「どうするって・・・」私


「魔法を使えない引け目が揺り返して、

今まで馬鹿にしてきた子たちに仕返ししようとしたり」

「そんな!私そんなこと考えない!」

「そう。あなたはそんなことしなかった。代わりに

苦しんでいる者を救うために、目覚めた魔法を解き放った。

母さん、それが嬉しかったのよ」

「・・・・・・」私は黙った。昨日のことを思い出す。

あの時の私、そんなに偉かっただろうか。


「聞いて。リピア」母の厳かな声はまるでお説教のようだ。


「私たちの心は弱い、とても弱い。固い意志も、誓った決意も、

恐れや欲望でたやすく歪んでしまう。大切なのはその

”弱い心で強い魔法を御しているという事”’を

いつも心の中に留め置くこと。決して忘れないでね」


「弱い心と、強い魔法?・・・よくわかんない」

「あなたが強い魔法を使う時、あなたの弱い心は

 ど ん な 顔 を し て い る か ? 

それを思い出してね、ってこと」


私は口を尖らせていちおう頷いた・・・けどやっぱよくわかんない。

「なんか大変で、めんどくさいんだね。魔法って」


母は苦笑して

「そうね、だから魔法なんてなきゃいいのに!て

いう人もいるわ。”ディモン”って呼ばれてるけど」

「でいもん?」


「”魔法がエルフをダメにした”

”我らはイグドラシルに囚われている”

そう言ってイグドラシルを焼き滅ぼそうとする者たち」


「イグドラシルを焼いちゃう?なんてひどい!」

「そう、だからエルフの長老たちはディモンを捕らえようと

守護菅に追わせている」


「・・・戦を、しているの?」

「安心して。中央イグドラシルでの事よ。こんな辺境には関係のない話

・・・ごめん、ちょっと怖がらせちゃったね」母はにこやかに微笑んだが

「!」ふいに立ち上がった。

「おかあさん?」真顔で窓の外を見ている。


窓際に歩み寄った母を追って、傍に駆け寄った私も気が付いた。

・・・まだお昼前なのに。

今日は雲一つない快晴だったのに。




暗い。


とても暗い。

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