ママの話3
神樹イグドラシルと共にエルフの民は在る。
共に生き、共に寄り添い、共に滅ぶ。
イグドラシルは自らの使いとしてエルフの民を選んだ。
ゆえにエルフの民にはイグドラシルの使いの証として特別な力が与えられた。
それを 魔 法 と呼ぶ。
エルフの身も、心も、命も、すべてはイグドラシルのもの。
100年に一度、イグドラシルの使いが生まれ変わる時
エルフの民は憑代の巫女を生贄として捧げなくてはならない。
生まれたのは辺境の森村だった。
森に囲まれた小さな集落で、これは過酷な辺境の地ではよくある形。
村人は全てエルフで、魔法使い。ファンタジアンでエルフ族だけが魔法を使える。
父は魔法使い。他の男と共に井戸の水を清めたり、家の補修の木や石を浮かせて移動したり、他種族と交渉する時の用心棒を務めたりしていた。
母も魔法使い。夜に家々の灯を点し、食事のための熱を起こす。患い人が出れば他の女と共におまじないで癒す。
エルフの子は、赤子のうちは普通だが、成長するにつれ”力”を見せ始める子供がいる。”魔法の芽生え”と呼ばれている。
魔法が芽生えた子には、親から因果が言い含められる。
「魔法はお前の力じゃない。魔法はわれらエルフが神樹イグドラシルより賜りし力。故にエルフはイグドラシルを敬い、その与えられた力でイグドラシルを守り、共に生きねばならない。お前の身も、心も、命も、すべてはイグドラシルの物なのだから」
芽生え。そういえば私の芽生えはいつだったろう?
あれは10?・・・いや12の齢かな?。その頃の私は、森へ遊びに行くのが
大好きだった。花を摘んだり、木の実を拾ったり、木に登って、空のはるか向こうに見える神樹イグドラシルを眺めるのが好きだった。でも、そんな私は
他のエルフの子からすると”異質”だったらしい。
なぜならエルフの子は皆が皆「森の向こうには恐ろしい怪物が沢山いて、いつだってエルフを狙っている。お前のような小さな子はひとくちで食べられてしまうよ」と毎晩おやすみ前の子守話で言い聞かされていたからだ。
頑固でケチなドワーフ。騙すことしか考えないゴブリン。凶悪な爪を振り回す獣人。女の子を見境なくさらうオーク。フェアリーの粉を浴びると病気になる。ドラゴンの炎に焼かれれば骨も残らない・・・。
数々の怖い逸話が生み出される場所。そんな中へわざわざ踏み込むなど、男の子の度胸試しでもない限りする事はなかったからだ。
だけど私にはそれが今一つピンとこなかった。だって
実際に自分がひどい目にあったわけじゃない。
いやな思いをしたわけじゃない。お話を聞いただけで
会ったことすらない”異種族”を恐れろとか、嫌いになれとか・・・
実感がわかなかったんだと思う。
ある日・・・酷い雨嵐の翌日だったか。いつものように森へ行き、あちこちにできた水たまりを飛び越える遊びをしていた私の耳に、か細い悲鳴のような声が聞こえてきた。「く、くるなぁ!、ちくしょ~」
声をたどると、木の根元に一人の小人が倒れていた。雨風に打たれたのかぐっしょり濡れてしわくちゃになっているが、背中に羽が生えている。お話に出てくる”フェアリー”だ。初めて見た。びっしりと身体にまとわりつく蟻を弱弱しく手で振り払っているが、蟻の数の勢いは衰えない。力尽きたら全身を蟻に覆われ、食べられてしまうのだろう。地に落ちた蝶のように。私は思わず声をかけた「だ、だいじょうぶ?」フェアリーは私に気づいた。「大丈夫なわけないじゃん!痒い!痛い!助けてよ!」泣きそうな声で言う。
私は駆け寄るとフェアリーを抱き上げ、蟻を払い落とした。しわしわの羽に手が当たる。「ちょ!気を付けてよも~!」「ご、ごめんなさい」「丁寧に伸ばして、乾かすの!あんたエルフでしょ?魔法使ってよ魔法!」「えっ?で、でも私魔法は・・・」「早くして!羽が折れたら大変なんだから~」
魔法。それまで私は一度も出した事はなかった。「”芽生え”っていつどんな感じ?」と両親に聞いても「その時が来ればわかるよ」で済まされていたから。今がその時だというの?
私はぐしょぬれのフェアリーの羽に触れ、目を閉じた。母が水上がりに髪を乾かす時にしてくれる”熱風”の魔法。あれなら、きっと!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・出なかった。
「ちょっとちょっと!なにあんた?エルフでしょ?魔法使えないの?」あきれた様子でフェアリー「わ、わたし、まだ子供で・・・芽生えも来てなくて」私
「か~っマジか。ガキかよも~」「でも、待ってください、今拭きますから」
私は手布を取り出すと彼女の羽を伸ばし、水気を拭き取った。日なたの切り株の上にフェアリーを乗せる。「完全には乾かないけど、これで日に当てればだいぶ良くなるはずです」
「・・・・・・」フェアリーは黙っている。やがて、
「・・・ごめんね。文句ばかり言って。あんた、助けてくれて、いろいろ親切にしてくれたのに」ぽつりと言った。
「昨夜の雨嵐はひどかったですから。こんな目に遭えば誰でも」私
「でしょ?でしょ?だよね~も~最悪ぅ~!」
気が付くといつのまにか彼女の背中の羽はすっかり乾いて伸び切っている。「お?やった!乾いた!ようし!」言うやフェアリーはパタパタと羽を羽ばたかせ、ふわりと空中へ浮き上がった。「やった!飛べる!また飛べる!」大喜びで彼女は私の周りを飛び回った。羽から少し散った鱗粉がキラキラと光に紛れてとても綺麗だ。
「良かったですね。フェアリーさん」すると彼女は私の鼻先に飛び出して笑いながら「”フェアリー”は種族の名だよ。あたしは」
「プリム!ありがとね!エルフ!」
「プリムさん、”エルフ”は種族の名です。私は、リピア」
「リピア!リピア!覚えたよ!」プリムさんは嬉しそうに飛び回っていたが、
ふと空中で止まった「そうだ!向こうの崖でヤバいやつ見つけたんだよ」思い出したように言った。
「ヤバいやつ?」私は聞き返した。
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