ママの話4
「リピア!こっちこっち!」蝶のような翅をはためかせて森の木々の間をひらひらと飛んでゆくフェアリーのプリムを、私は懸命に追いかけた。倒木の下をくぐり、根っこを乗り越え、やがて森を抜けると、開けた野原に出た。
目の前には切り立った高い崖がある。
「あそこ!ほら!」プリムが指差す先には、崖の土砂が山盛りで
積み上がっていた。昨夜の雨嵐で地盤が緩み、土砂崩れが起きたようだ。
崩れた崖はそこだけ生々しい土肌をさらし、時折ポロポロと小石が
崩れ落ちてきている。まだ崩落が起こりそうな感じだ。巻き込まれたら生き埋めは間違いないだろう。まるで近づく者を威嚇するかのように、崖の麓にできた岩と土砂の山は、その凄惨な姿を私とプリムの前にさらしている。
でも・・・確かにすごいけど、これが?ヤバい?
チラ見した私をプリムは「違う違う、ほら、あそこ!よく見てごらんよ!」
指さした土砂の山の前に、人影が一つ。背丈は私と同じくらい?子供?
・・・じゃない!紫色の肌に尖った耳・・・ゴブリンだ!
一人のゴブリンが地面にしゃがみこんで・・・崩れた土砂に話しかけている?
「無理しねえ方がいいって。おまいさん」なんだろう?独り言?
確かにゴブリンは初めて見るけど・・・これが?ヤバい?
チラ見した私をプリムは「だからよく見てごらんって!」
するといきなり崩れた土砂が 目 を 開 け た ! なんて大きな目!
私の頭ほどもあるんじゃないかしら!土砂の怪物?するとその土砂が口を開け、炎混じりの息を噴出した。熱気がここまで届いてくる。ようやっとわかった。
土砂の怪物なんかじゃない。何か大きな生き物が土砂に埋まってるんだ!
再びその口は開いて炎交じりの息が吐きだされ、起き上がろうとした首から
積もっていた土砂が払い落とされる。大きな角、鋭い爪が伸びた手足、
赤い鱗に覆われた顔、土に埋まっているがひしゃげた翼の端っこが見えている。
ドラゴン。ファンタジアンで一番大きな、そして幻の種族。見るのは初めてじゃないけど、それは夕焼け空のはるか彼方に”粒のような影”が飛んでいるのを眺めただけ。こんな間近で見たことはなかった。こんなに大きいんだ!これはたしかに”ヤバい”。
土砂に埋まったドラゴンはもう一度起き上がろうとした。が、その背中に山のように積みあがった岩や土がそれを許さない。それどころか弾みで崩れた土砂がさらに降りかかり埋まったドラゴンをさらに押しつぶそうとする。炎混じりの息が苦しそうに吐き出され、再びドラゴンは突っ伏した。傍らで見ていたゴブリンがあわてて制止する。「あ~動いちゃダメだって!これ以上重さがかかったら胸がつぶれて息ができなくなるぜ。」なんてこと!これはとっても”ヤバい”。
ゴブリンはドラゴンに話しかけた「今ドワーフの男衆を呼んでくるからさ、それまでなんとかじっとしててくれよ」するとドラゴンは遠巻きに眺めていた私とプリムをじろりと睨みつけ、口を開いた。炎交じりの息と共に雷のような声が響き渡る!
「ドワーフだと?そいつらがか?」ゴブリンは振り向いて、私たちに気づいた。
「ありゃま。野次馬が集まってきちまったかぁ」
「ありゃちがうよ。エルフのガキんちょに、”森の言いふらし屋”さ」
”ガキんちょ”はまあ私だろうけど・・・チラ見した私の視線の先で猛烈に羽をパタつかせている者がいる。「ちょっとちょっとちょっと!なんなの紫頭!超ムカつくんだけど~!」プリムだ。”言いふらし屋”という言葉がカチンときたようだった。「現にそのガキ連れてきたじゃねえか」ゴブリンは冷静に指摘した。その通りだ。”ゴブリンはずる賢い”そうお話では聞かされている。”ずるい”かどうかはわからないけど”賢い”というのは本当みたいだ。
土に埋まったドラゴンは唸った。
「ゴブリンにエルフにフェアリーだと?散れ!見世物ではないぞ!私に構うな!
”ナス顔の小悪党”に”鼻持ちならないロバ耳の呪い師”に”小うるさい虫けらめ”が!」
炎が混じる鼻息を荒々しく噴き出してこちらをにらみつけ悪態をついた。
「ナス顔って・・・言ってくれるねえ。てかずいぶん言葉豊かですねドラゴンの旦那」辟易した様子で頭を掻きながらゴブリンが言う。確かに”ロバ耳の呪い師”なんて悪口言われたの初めて。すると私の周りをブンブンと飛び回る影が。
「キィエエエエ!何コイツ超絶ムカつく~!」プリムだ。”小うるさい虫けら”と言うのがよほど癇に障ったようだけど、こうして鱗粉をまき散らしながら顔の周りを飛び回られると・・・当たらずとも遠からずというか。
怒り心頭のプリムはドラゴンの鼻先までぱたぱた飛んでいくと指先を突き付け「ふん、なにさ!あんただって”図体でかいだけの赤羽トカゲ”じゃんよ!それがお芋みたいに埋まっちゃってマジうける!」怒りに燃えたドラゴンの目がかっと見開かれ、食いしばった牙の隙間から煤煙が漏れ出す。「おいあんた!あまりからかうなよ!こっち来い!」ゴブリンが慌ててプリムを呼び戻そうとするが、フェアリーは知らんぷりだ。たまらず私も声をかけた「プリムさん!戻って!」するとプリムは私をチラ見して、口をとがらせながらしぶしぶ戻ってきた。
途端にドラゴンの口と鼻から炎が噴き出す!「ぐはあああああっ」
こんなに離れているのに火傷しそうなものすごい熱気。”焼かれれば骨も残らない”という噂は本当みたい。炎と共に怒りも吐き出したのか、埋まったドラゴンは押し殺したような低い声で「・・・満足したか?ならもう去れ。私はここで果てる。内なる炎を燃やし尽くしてな」「いやいやいや早まっちゃいけねえよ!おまいさん」懸命にゴブリンが思いとどまらせようとするが「他種族など信用できん!どうせお前たちも私の躯が目当てなのだろう?皮をはぎ、爪を抜き、肉を削いで骨を砕くつもりなのだろう?そうはさせん!」ドラゴンは私たちを見据えたまま言い放った。
・・・そういえば大人たちが話しているのを聞いたことがある。
”ドラゴンの皮や肉、骨は高く売れる。だからドラゴン族は他種族を嫌い、狩りの手から逃れるため辺境の岩山の頂付近にしか姿を見せず、捕まったら自らの炎で自分を内側から焼き尽くしてしまう”という話を。
「いや~他所はともかく、俺ぁそんなつもりはねえけどな」ゴブリンが頭を掻きながら言っても、もうドラゴンはプイと横を向いて目を閉じてしまった。すると
私の顔の横で「なぁに?もう諦めちゃうの?やけくそになって不貞腐れる奴ってモテないよ~?せっかくこのプリムちゃんが助けてあげようっていうのにさぁ!」
「え?」
「え?」
「え?」
ふんぞり返ってどや顔で胸を張るフェアリーを、私とゴブリンとそして片目をちょっと開けたドラゴンは、期待と疑問が混ざった眼差しで彼女を見た。
「助けるって、ホントにできるの?」私
「もちろん!」プリム
「けどいったいどうやってこのでかいやつを埋まった土から掘り出そうってのよ?」ゴブリン
「それはねえ・・・」プリム
「 リ ピ ア の 魔 法 だ よ ! 」私を指さした。
・・・・・・はい?
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