ママの話2
ルーの花びら3、エスの若葉1、テクの実4、いや、今日のご機嫌からするとテクは控えて苦味を弱めたほうがいいかな。坩堝に入れてすり潰す。すり潰しすぎると色は濃くなるが渋みえぐみも強くなるので注意。水を満たした土瓶に手をかざし”熱”を送る。土瓶がカタつきだしたら"熱"を止める。グラグラ沸かしすぎた熱湯では香りが飛んでしまう。それでは失敗。この湯の温度が重要。湯入りの土瓶に茶葉を入れて
40数える。最後に網布で茶カスを漉して、うん、キレイな茶色。できた!
特製花湯!付け合せはエーリオの焼き菓子にはちみつを添えて。
天井の棚から浮き盆を呼ぶと一枚ひらひらと私の前に降りてきて静止する。
花湯とお菓子を乗せると、私は盆と共に部屋を出た。
ここはイグドラシル。神樹イグドラシルの名前を冠し、その根元に造られたエルフの町。そしてファンタジアンの中心部。幹廊下に出ると、眼下に広がる街の家々の屋根を見下ろせる。どれくらい経っただろう。故郷の村を離れてから。
廊下を渡りきると、天幕が幾つも垂れ下がる部屋に行きつく。部屋の前で私は
「御使い様」話しかけた。
「お入りなさい」返事が来ると同時に天幕が風に吹かれたように開いて
道をあける。私は御使い様の部屋に入った。
御使い様は部屋の椅子に腰かけて書きものをしておられた。周りをいくつもの
”浮き机”が漂い、そのすべてに帳面や本が乗っている。
「お茶をお持ちしました」
「あら?もうそんな時間?ありがとう、そこに乗せて頂戴」
一つの浮き机がゆっくりと目の前に飛んできて静止する。私は盆をそこへ乗せた。
盆を見た御使い様は「まあ、エーリオのお菓子ね」
「はい、今年のエーリオは出来が良いとの話でしたので作りました。お口に合うと良いのですが」「あなたの作るお菓子が合わなかったことなど一度も無くてよ」
「何にでも”最初”はあるかと存じます」「それもそうね、うふふ」
今の御使い様は儀服ではなく普段着だ。寛いだ姿から発せられる空気は
どこまでも優しく、穏やかで、実家の母を思い起こさせる。
御使い様は、器のお茶をひとくち口に含むと、少し沈黙した。そして、
「なぜ、私が不機嫌だと思うの?」
「えっ?」私はうろたえる。
「苦みが弱い。テクの実を控えたのね。これは心が弱っている時のための味」
見抜かれている。
「申し訳ありません」「責めているのではないわ。あなたの思いやりに
私はいつも癒されているもの。ただ」逸らしがたい眼差しが私を見つめている。
「理由を知りたいだけ」
「・・・・・・」私は黙っている。言葉を紡げない。
「あの若者の事ね」御使い様は微笑んだ。
すべて見抜かれている。
「リピア、私の裁定に不満が?」御使い様の問いに私は
「あの人に罪がないことを申し上げました。泉の沐浴の場で、あの人が森の奥から現れた時、私は驚きのあまり”気絶の魔法”をあの人にぶつけてしまった。
あの人は倒れ、溺れかかりました。先に狼藉を振るったのは私の方なのだと」
「あなたのような娘があの場で見知らぬ男の接近を受ければ、警戒は当然の事。
誰もがそうしたでしょう。気に病むことはありません」
「ですが・・・」
「それに、私は彼を 罰 し た つ も り は あ り ま せ ん 」
「!!!」
「・・・不思議な人です。ファンタジアンのどの種族でもない。口から飛び出す話は荒唐無稽そのもの。それでも真実を語っている。彼はディモンではない。罪人でもない。告白通り間違いなくこの世界の外からやってきたのですよ」
「わかっておられたのなら、なぜ?」
「彼には知ってもらう必要があるから」
「知る?何をです?」
「ファンタジアンのすべて。神樹イグドラシルを」
「それがあの人を最下層へ追いやった理由だというのですか!」心が熱くなる。
その勢いを見られてしまったのか、御使い様は器を手に私を見つめた。
「リピア、彼の事を気にかけるのは、本当に罪悪感だけですか?」
「・・・・・・」
「好いているのね」
「・・・・・・」
「あなたは”憑代の巫女”。他のエルフのような人生は歩めない。
いずれはその体をイグドラシルに明け渡し、自らは消えゆく運命を受け入れなくてはならない。かつて 私 だ っ た 者 が そ う し た よ う に 」
「・・・・・・わかっています」
「それならいいの」御使い様は器を盆に戻した。
「お茶をご馳走様、下がっていいですよ」
「御使い様、私は」「下がりなさい」
私は空の盆を連れ、部屋を出た。天幕が閉まる衣擦れ音を後に聞きながら。
私はリピア。ファンタジアンのエルフ族。そして”憑代の巫女”
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