パパの話8

 落ちてゆく。滑り落ちてゆく!

真っ暗な、パイプのような、滑り台を!

手足を伸ばして踏ん張ろうとしても、

ヌルヌルする液体がそれを許してくれない!

ある時は縦に!ある時は横に!斜めに!

暗闇のせいで上下も左右も感覚がわからない!

だが相当速度が出ている事だけは確かだ!

この果てに何がある?そこが棘なら串刺しだ!

岩壁なら叩きつけられてぺしゃんこだ!だがどうにもできない!

僕はひたすら滑り落ち続けた!そしてとうとう果てはやってきた!

不意に滑っているお尻の感覚がなくなったのだ!

何か広い空洞に放り出されたっぽい!

「う、うあっぁぁぁ~~っ!!」

気が付いた時には、ドブッという音と共に、

僕は何か泥のようなものに腰までめり込んでいた。


 周りは真っ暗。でも自分の叫び声の反響からしてかなり広いよう気がする。

下が柔らかかったせいだろう、怪我はしていないようだ。が、泥のようなものに腰までめり込んで動けない。ヘタに動くと更に沈みそうになる。


そして・・・そして・・・

気にしないようにしていたのだが・・・

あるいは滑り落ちている時は・・・恐怖で忘れていただけなのかもだが、


・・・臭い。

ここ、猛烈に臭い!

それも・・・排泄物的に超臭い!!


ちくしょう、ちくしょう!エルガの野郎!

僕を・・・ 汲 み 取 り 便 所 に突き落としやがった!


つまり、今めり込んでいるこの泥のようなモノは・・・!!!

慌てて動こうとしたら、更にめり込んで腹のあたりまで埋まる!

だ、だめだ!下手に動いたら沈む!


 こ れ に 溺 れ る の だ け は 、絶対だめだ!絶対イヤだ!。

 

クソっ!くそっ!糞だけにくそっ!。

鼻が曲がるほどの臭気と悔しさと情けなさで涙がにじむ。

ここへ来てから何回目だ?。泣いてばかりじゃないか!僕は!。


その時、首のまわりでずるずると動くものがあって思い出した。

”虹の鎖”。

一噛みで僕をあの世へ送ってくれる毒蛇が首に巻き付いている事を。

今こいつをむりやり振りほどけば、楽になりたい自由になりたい

あと臭くなりたくない!という願いは即かなえられるだろう。

このまま力尽きて沈むより、いっそ・・・ここで・・・



「信也さん」


とつぜん脳裏にあの記録更新級の笑顔が浮かんできた。

新緑色の髪に小鹿の尾のようにピンと立った耳、紺碧色の瞳。


そうだ、リピア。エルガは彼女を”辺境の小娘風情”と罵っていた。

彼女は他のエルフとは違う立場なのか?

”憑代の巫女”として尊敬されてるようだったけど、どこか・・・

 虐 げ ら れ て る ようにも見えたんだ。だとしたら、


助けたい。恐ろしい”魔法”が幅を利かせるこの世界で、

勇者でも何でもないただの人間の僕ができる事なんて

皆無かもしれないけど、それでも、彼女の力になりたい。


いや、嘘だ。今のは嘘だ。大嘘だ。

そんなカッコいい理由じゃない。

単純に、会いたい。そう、


 も う 一 度 会 い た い ん だ 。リピアに。


今はそれが僕の生きる動機!

くたばってたまるか!こんなところで!


「だれか!だれかいませんかぁ~っ!助けて!助けてください!」

僕は叫んだ!返事はない。更に胸のあたりまで体が沈む。

あきらめてたまるか!こんなところで!


「だれか来てくれ!たすけてぇ!」僕はまた叫んだ!


すると上方がぼんやり明るくなった。揺らめく炎?

松明のようなものを持った人影が二つ見える。

「お~い!誰かいるのか!?」「生きてるか~?」影が聞いてきた。

「はっはい!でもどんどん沈みそうで!」僕

「待ってろ!今引き上げてやる!」声

投げ込まれた縄梯子を、僕はしっかりつかんだ。




 十何回目かの水がぶっかけられる。すっ裸の僕は、何百回目か忘れたが

体をこすって肌にべったりついていたそれをどうにか洗い落とした。

ここは洞窟。あの広大なまっ暗闇の肥溜めの海から引き揚げてもらった僕は

湧水を使って体と服をひたすら洗っている。


「ホント運がいいよおまいさん。」柄杓を持ったその人は言った。

背丈は100センチほど。とがった耳はエルフのようだが、肌が紫色だ。


「そうそう、上から落ちてくる奴はだいたいアタマから突っ込んで

そのまま溺れちまうからね~」もう一人が桶に突っ込んだ僕の服を

洗濯しながら言う。背格好は人と同じだが、顔が・・・その・・・

豚か猪みたいだ。口から牙が生えている。


「本当に、助かりました。ありがとうございます」僕が言うと

「いいって事よ」紫色

「そうそう、おいらたちお仲間だし」豚顔

「え?」僕

「一目見りゃわかるさ」そういうと紫色は自分の首を指さした。そこにはカラフルな”虹の鎖”が巻き付いている。もう一人にも。なるほど、同じ境遇だ。


「それにしても・・・おまいさん、なにもんだ?ぱっと見エルフっぽいが

耳がとがってないし、黒髪ってのも見たことねえし」首をひねりながら

紫色が聞いてくる。かなり観察眼が鋭い人のようだ。


「僕は上川信也。人間です。こことは違う異世界”日本”から飛ばされて来ました」

「シンヤ?ニンゲン?ニポン?」二人は怪訝な顔をしている。

「信じてもらえないでしょうが、そうなんです」僕は力なく言った。

「ふーん」

「あなた方は・・・」こちらが聞くと


紫色の小人は「俺か?俺はヨモック。ゴブリン族さ」

豚顔の人は「おいらミール。オークだよ」


「ここは最下層。神樹イグドラシルの根っこだよ」

「そして・・・奴隷の生きる場所」

ヨモックとミールは自嘲的に笑いながら、言った。















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