パパの話4


 蔦だか縄だかわからないものに縛られたまま。僕は”生えた木で構成されたように見える廊下”を追い立てられてゆく。周りはエルフ族の番人と思われる男女に囲まれている。全員細面で、美男美女ぞろいだ。筋肉ムキムキではないが、華奢にも見えない。どのみち僕が飛び掛かったところで、たちどころに返り討ちだろう。あの”撫でられただけで超苦痛の杖”持ってるし。時に突き飛ばされ、時に引きずられながら、僕はよろよろと歩いていった。


 やがて廊下は行き止まった。目の前に、生えた木が隙間なく並ぶ壁がある。番人たちの一人が、口元で何かボソボソ呟いた・・・するとメキメキゴキゴキという音と共に木が動いて向こう側が見えるほどの隙間が開いた。こういう”扉”らしい。

「開けゴマ」の呪文を覚えない限り、出ることも入ることもできないというわけか。大したセキュリティだこと。


 扉の向こうは大広間だった。大学の大教室みたいな雰囲気だ。ただ、中央にあるのは、教壇や黒板ではなく、横たわった巨木。大型トラックを思わせるほどの太さだ。等間隔に木の洞、というか穴が空いている。人が入れるくらいの大きさだ。

でもってまさにそこに人影が見える。

穴は7つ。人も7人。全員エルフで、全員老人。昨夜僕を痛めつけたジジィたちだ。ふいに番人が乱暴に僕を突き飛ばし、僕は木の洞から僕を見下ろす老人たちの前に跪かされた。


 番人たちも、老人たちも、僕も、口をきかない。気まずい沈黙が大広間を支配する。だが、中央の老人がこの静寂を破った。

「これより罪人の審問を始める。審問官長は私、長老王ドエイが務める。」

「他審問官は長老ウェス、コグル、ヒャム、クロル、ウロン、ペラス、

以上の立会いの下で審判は公正かつ迅速に下される」

「公正?これが?」思わず嫌味が出るが無視された。

「異界より潜み入りしディモンよ。汝は憑代の巫女の清めに場に立ち入り、

その命を奪おうと試みた、相違ないな?」


 ・・・・・・今でもこれ夢で、秋葉かどっかのVRシアターで

 ポッドに入ってるんだと思いたいよ。

 ・・・いや、仮にそうだとしても、こんなわけのわからない罪を

 着せられて、魔女裁判よろしく死刑ってか?

 冗談じゃない!たとえ駄目でも・・・抵抗してやる!ゲームオーバーまで!



 「相違あります」僕は言った。

「てか間違いだらけです。まず僕はディモンとやらじゃない。そして巫女?

リピアさんの暗殺なんてとんでもない!」一息ついて「あ、これだけ認めます。

彼女の水浴びの場に立ち入りました。裸を見ちゃいました。ごめんなさい」

「黙れ!」「戯言をぬかすな!」「昨夜貴様は自らディモンだと認めたではないか!」周囲の老人たちが口々に言う。僕は言い返した!

「認めた?拷問で無理やり言わせただけじゃないか!どこの中世国家だよ!?」

もっともわれらが近代国家ニッポンも、

”罪を認めるまで何週間も何か月も取調室から出さない”ってのがあるらしいけどね。それで思い出した「あ、これも認めます。僕は確かにこの世界の者じゃありません。異世界から来た日本人です」


「もういい!判決を言い渡す!」長老王ドエイが怒鳴った。

どうやら申し渡しの結論ははなからできていた模様。

「異界のディモンよ。慈悲深き神樹イグドラシルは汝の罪を許し、

贖罪の機会を得る名誉を汝に与える。ゴルドルの実を食し、

自らこのファンタジアンの地を潤わす人樹の一つとなるがよい」

「なんだよそれ?これが裁判かぐううぅ・・・っつ」僕はうずくまった。まただ。あの”苦痛の杖”が背中に押し付けられたんだ。僕はカブトムシの幼虫みたいな

恰好で床に転がり、体に染み広がる苦痛と吐き気を懸命にこらえた。

目の前に誰か立っている。脂汗がにじむ目で見上げると・・・。


 男だ。それも老人じゃない。僕より少し年上のようだ。尖った耳と

整った顔立ちはエルフの証か。ただ髪は真っ白だ。代わりに服が真っ黒だ。

青白い顔に落ちくぼんだ目つきがぞっとするほど冷たい。長老王ドエイが彼に命じた。「支配官エルガ、後の処置を」


「畏まりました。おい!立て!」エルガと呼ばれた男は、床に転がる僕の髪を

つかみ無理やり立ち上がらせた。「あたたた、抜ける禿げる!」僕は奴の右手に

吊り下げられる形で対峙した。ゆがめた笑顔からのぞく八重歯がやけに目立つ。

・・・ムカつく奴だ。だがその細身に反してずいぶん腕力あるじゃないか。


 左手に何か持っている。金みたいにきらきら光る木の実?

「何かわかるか?」「知・・・るわけないだろ」僕

「ゴルドルの実だ。またの名を”金の生る木”という。これは血によって芽吹き、

肉を吸って育ち、骨に宿りて木となる。成長は早いが、あっという間という程でもない。お前がはらわたを根っこでかき回され、血肉を吸い取られながら

もがき苦しむのを眺める時間はたっぷりある」エルガは薄ら笑いを浮かべながら言った。

「言わなくていいよそんなの」僕

「言うさ!罪人が恐れおののいて泣き喚く様を眺めるのが、

支配官の私への最高のご褒美だからな」性格悪!サイコパスって奴か?

エルガが目配せすると、二人の番人が進み出て僕を羽交い絞めにした。

奴の右肩が揺れ、次の瞬間!「な、何を・・・がっ!」

右ストレートが僕の顎に突き刺さったのだ。

口の中に鉄の味が広がる。こ、この野郎・・・見ると

「血が出ないと芽も出ないのでね・・・おー痛い、拳に唾がついてしまったよ。

汚いなぁもう」「おまえ・・いつか絶対ぶん殴る」怒りで痛みも消える僕に、

「おまえに”いつか”などない!さあ口を開けろ!」いうやエルガは右手で僕の

血まみれの顎を掴んでこじ開け、左手でその”金の生る木”の種を押し込もうとした。


その時!




「待ちなさい!エルガ支配官!」




広間に落ち着いた、しかし逆らい難い威厳を持った声が響き渡った。
















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