パパの話1

 「はぁ・・・はぁ・・・痛っ・・・はぁ」

棘だらけの草むらを、棒でかき分けながら進む。

長袖長ズボンを来ているが、その上から容赦なく棘が突き刺してくる。

いったい何なんだこの草?そもそもどこなんだここ?


どっちだ?出口は?

いや、自分は、どっちから歩いて来た?

北は?東は?南は?西は?

警察や消防に知らせたくても

スマホのナビに映らない、と言うか圏外だ、

そしてさっきとうとうバッテリーも切れてしまった。

県道はどっちだ?空は?ヘリかなんか飛んでないのか?

獣道さえ見当たらない。くそっ。


さっき見たこともない虫に刺された腕が腫れてくる。

アブ?ハチ?それにしては大きかった。


何分、いや何時間さまよっただろう?

この奇妙な森の中を。こんなのおかしい。

 絶 対 お か し い 。

僕は富士山の地下に来ていたはずだ。

それがいきなり、見たこともないような草木だらけの森に放り出された。

 

 僕は 上川信也 21歳 応用理工大学の4年生。


今は令和17年8月7日だ、 だ っ た は ず だ 。


 研究用の実験の為、富士山地下にある「国立粒子加速実験施設」に来た

僕は、規則に従い入所し、手順通り機械を操作して、自分の推論通りの

結果が出るかそうでないかを確かめるために、粒子加速器を起動させた。

そこまでは覚えてる。


だが突然周囲に満ちた閃光と共に、気がついたら僕はここに来ていた。

見たこともない森の中に。最初は噂の”富士の樹海”かと思った。だが、

周囲に生えている草木の感じが違う。 


明 ら か に 日 本 の も の で は な い。


・・・もしかしたら、事故が起きたのか?何か大爆発が起きて、

僕は死んでしまったんじゃないのか?だが、それにしては、

刺された腕、のどの渇き、体の疲労。すべてがリアルすぎる。

くそっ、いったいどうなっているんだ?


草をかき分ける腕が棒のように感じられる。棘に刺された部分が焼けるようだ。

水・・・水が飲みたい。もうこれ以上・・・歩けな・・・い。


その時、耳にかすかに聞こえてくる音があった。

何か、水が跳ねるせせらぎのような・・・そして

・・・誰かの声・・・なにか・・・歌っている。


いる!誰か人がいるんだ!僕はもうろうとする頭と

疲労しきった体を奮い立たせ、棒を杖のようについて

よたよたと音のする方へ向かっていった。

助けて!助けてください!道に迷ったんです。

・・・レスキューか警察・・・へ連絡・・・を


踏みしめる足が水たまりに突っ込んだ。しみ込んで濡れた靴下が

それを教えてくれる。水底まで見通せるほどの透明な水だ。

苔のようなものがびっしりと生え、水はどんどん深くなっていく。

ここは・・・湧き水?・・・泉か?

そしてその先には・・・



泉の中央に、一人の少女がいた。一糸まとわぬ姿で。

泉の水をすくい、艶やかな肌にかけている。

両手でかき上げる髪の毛は、皐月の新緑のような色。

その髪の根元には子鹿の尾のようにピンと立った両耳があった。

弾けるようなみずみずしい素肌の上を水滴が踊り、駆けてゆく。

ふいと彼女が振り向き、呆然と佇む僕と目が合った。

紺碧色の瞳が大きく広がる。驚きと、困惑と、警戒と、恐れ・・・


僕は弁解しようと口を開こうとしたが、そこで意識が途切れてしまった。

力尽きた体が泉へ倒れこみ、口や鼻から水が入ってくるのを感じる。




溺れるかもしれない。


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