ママの話1

「行きたくないって・・・?」あたし

「だってエルフってだけで他種族からやっかまれるし、ホントめんどくさい」ママ

雲の隙間から月が見える。どこかで勘違いゼミがジージー鳴いている。

「じゃあ行かなきゃいいじゃん。問題ないじゃん」あたし

「二つの理由で・・・それは無理」ママは頬杖をついてため息を吐いた。

「ふたつって・・・」

「一つ目。パパの事が好き。大好き。離れてなんか暮らせない。

パパが行くなら、ママも行く」

・・・たぶんあたしの顔にはひきつった笑いが浮かんでいたに違いない。

こんなこっぱずかしいセリフ、30の子持ちがよくもまあ臆面もなくヌケヌケと。

へえへえ、夫婦ラブラブで大変結構なことでございますわね!


「二つ目は?」

「長くなるから・・・カット」

「おい!」

「知りたい?ホントに知りたい?どうしよっかなぁ~?」

・・・いかがですか皆さん?これで30の子持ちですよ?

こんなガキみたいな受け答えするのが、うちのママなのです。


ママ「ルイ。神樹イグドラシルって知ってる?」

あたし「知ってるよ。エルフの守り神でしょ。」

「そう!違うけど!」「どっちすか!?」


ママは人差し指を掲げて「神様ってのは正解。でもエルフだけの、じゃない。

イグドラシルはファンタジアン全ての神、そして全ての魔法の源」


「神樹イグドラシルは、それ自体が一人の強大な魔法使いと言ってもいいかもしれない。

自らに無限の魔力を蓄え、独自の意思を持っている。だけど、樹である以上、動くことも話すこともできない。だから私たちエルフの民を”使いの者”として選んだ。

 ファンタジアンの種族でエルフだけが魔法を使える。それはエルフに魔法の才能があるからじゃない。神樹イグドラシルから魔力を与えられたから、分けてもらったから魔法が出せるのよ。その代償として代々エルフの民は、イグドラシルを守り、寄り添い、時に戦ってきた。その身も、心も、命も、すべてイグドラシルに捧げてきた。なぜならイグドラシルが滅びれば魔法は消える。それはエルフ族はもちろん、この世界、ファンタジアン全ての滅びを意味するから。」


ママはそこで息をついた。ベランダのエアコン室外機の横、あたしとママは並んで座っている。


「そして”憑代の巫女”」

「よりしろのみこ?なにそれ?」

「さっき話したでしょう?強大な魔力を持っていても、心を持っていても、

イグドラシルは樹だから動くことも話すこともできない。

皆に語りかけるためには”器となる体”が必要なの」

「100年に一度、エルフたちは神樹イグドラシルの御心を入れるための

エルフを一人選んで生贄として捧げてきた。それが”憑代の巫女”」

「そんな!神様の心を入れるなんて!じゃ元々あったその人の心はどうなるの?」

「さあ?どっか行っちゃうんじゃない?だから・・・生贄」


ママはまた息をついた。月明かりに照らされるママの横顔は、とてもきれいだ。

ずいぶん長い沈黙の後に、ママは口を開いた。


「・・・・・・ルイ、ママはね」

「・・・」


「ママ・・・その生贄だったの。

エルフの民より神樹イグドラシルに捧げられた”憑代の巫女”」

「!!!!!」


「そして逃げ出した。信也さんと共に。粒子加速器の事故に乗って。日本へ」



あたしは絶句した。言葉が出てこない。「そんな・・・ウソでしょ?」



「・・・本当だよ、ルイ」あたしとママの後ろで声がした。振り向くと

サッシの枠に手をかけてにこにこしながら見下ろしている。






パパだった。






つづく



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る