主婦2


 マルカクストアの駐輪場に止めた、電動アシスト自転車。

前後には大きな買い物かごがついている。

私は買い物袋をかごの中に入れた。


 昔は子供用シートが前後についていたっけ。ギブが生まれた時に信也さんが

「絶対便利だから」と買ってくれたんだ。・・・いや、まずジテンシャって何?

私が乗れないんですけど、って届いてから気づいたのよね。二人とも大ボケ。

で河原で猛特訓。あの人に後ろを支えてもらいながら感じた川風の感触は

今でも覚えてる。


 乗れるようになってからは、ホントに便利だった。保育園に連れてく時、

病院に連れてく時、前と後ろにルイとギブを乗せて、いろんなとこ行ったなぁ。

ルイはとにかく出たがりで前に乗りたがる、ギブは物怖じで後ろに乗りたがる、・・・逆の方が運転しやすいんですけど。3人でやっぱり河原の道を走った。

あの時の日差しも、忘れない。


 私の幸せは、ここにある。

 私の人生も、ここにある。

 私は、ニポンに生きるエルフなんだ。

 もう、ファンタジアンのエルフじゃないんだ。






 神樹イグドラシルと共にエルフの民は在る。

 共に生き、共に寄り添い、共に滅ぶ。

 イグドラシルは自らの使いとしてエルフの民を選んだ。

 ゆえにエルフの民にはイグドラシルの使いの証として特別な力が与えられた。

 それを 魔 法 と呼ぶ。

 エルフの身も、心も、命も、すべてはイグドラシルのもの。

 100年に一度、イグドラシルの使いが生まれ変わる時

 エルフの民は憑代の巫女を生贄として捧げなくてはならない。




 時折それは現れる。心のしこりとして。悪夢のように。



 お前は、自らの使命を投げ出して、あのニポンの男と逃げ出した。

 その結果がこれだ。お前はファンタジアンにニポンを呼び入れた。


     災 い の 使 い め !


 あの時お前は!

 その身も、心も、命も!

 イグドラシルに捧げるはずだったのに!


 災い?

 そうかもしれない。


 異世界トンネルは多くの人を交わらせた。ファンタジアンとニポンで。

 でもその先にあるのは成功や幸せばかりじゃない。

 さっきのゴブリンの顔が脳裏をよぎる。

 彼女はなぜニポンに来たのだろう?

 なぜあんな事をするようになってしまったのだろう?

 もし”異世界トンネル”という手段が無かったら、

 異世界ニポンへ行くという選択肢が無かったなら、

 ・・・彼女の人生は狂わなかったのではないか?


 私は逃げ出すことで神樹イグドラシルの力が弱るに任せ、

 信也さんと共に異世界ニポンへの”道”を開いてしまった。

 それは、”災い”以外の言葉で言い表せるものだろうか?



 「信号が変わります!ご注意ください!信号が変わります・・・」

軽いクラクションに、私は我に返った。いけない、横断歩道の真ん中で

ぼんやりしてしまったようだ。慌てて渡る。



 ・・・忘れよう。

 気にしないことだ。

 なんにせよファンタジアンに戻る事はもうないのだから。

 母の事は気がかりだけど、いずれわかってもらえるだろう。

 私には信也さんがいる。ルイがいる。ギブがいる。


「なにが生贄だ!君の人生を歩くんだ!行こう!俺と」


 あの時あの人は言ってくれた。その言葉がずっと私を支えている。

 そう、周りのことなど気にしなくていい。世界がどうなろうと関係ない。

 自らの人生を歩いていけばいいんだ。家族と一緒に。

 ファンタジアンのエルフだったリピアはここにはいない。

 いるのはニポンの上川リピアなのだから。




 その時、自転車のかごに入れた買い物袋が震えた。

中のスマホが唸っているようだ。手に取ると、

見慣れた番号が表示されている。信也さんだ。

何だろう?こんな時間に。

 ”一杯やってから帰る”?

それとも

 ”まーじゃんで遅くなる”かな?





 通話口から聞こえた一言二言が耳に入った後、

私はその場に立ち尽くしてしまった。

周囲を通り過ぎる人が不審がるほどに。






つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る